第9話 ダンス。
兄がイリア国のアリーチェ王女殿下と踊り始めたのをアレクシスは頬杖を突いてぼんやりと眺めていた。もちろん義理だろう。見え見えで面白い。体を不必要に接触させようとする王女を上手にかわしながら踊っている。真っ赤なドレスから高く盛り上げた胸がこぼれそうだ。ちらりと斜め後ろに立つフランを見る。恐ろしいほど通常営業だ。
さて。一肌脱いでこようかな。
案の定、一曲終わっても兄上の手を放そうとしない王女殿下。顔が必死だ。
兄上は笑ってはいるが…二曲踊ったら婚約者認定されちゃうし、手を振りほどいたら国家問題になりそうだ。
アレクシスは走り出て、兄の手とするりと替わる。
「アリーチェ王女殿下、貴女と踊る光栄を私にも頂けますか?」
そう言ってにっこり笑って彼女の手の甲に口づける。次の曲が始まる。彼女の腰を引き寄せて密着して見つめると、王女殿下は真っ赤になった。
そのまま俺は彼女の手を離さず2曲目に突入。泣きそうな顔の王女殿下の耳元で囁く。
「私になさい、アリーチェ王女殿下。大事にして差し上げますよ?」
この人は今までも何度か折に触れて我が国を訪れては、あの二人に丁寧にもてなされて、おとなしく帰っていった。今回はついに二人が婚約を解消したらしい噂を聞きつけてイリアの国王に送り込まれてきた。今度こそものにしてこい、と。この人の体をまさぐったら、媚薬のたぐいでも出てくるに違いない。
俺が軍部と海外対応部を任されているのは伊達じゃない。
イリア国王の沢山いる子供の中でこの王女は庶子だ。兄上に釣り合う年の子がこの子しかいなかった。扱いは駒。お人形のように育てられた。今回は色仕掛けでもなんでもして兄上を誘惑する任務だった。失敗したら、平民落ちして、あろうことか50歳に近いエクトル侯爵の愛人にさせられる予定だ。侯爵の息子ならまだしもなあ…。
今日だってエクトル侯爵はまるで王女の親戚の叔父さんのような態度だ。もう自分の物だと思っているのかもしれない。俺と踊っているのが許せないらしく、次は替わろうと待ち構えているのが面白い。わざとらしくターンしながら目の前を通り過ぎてあげた。手を離さず3曲目に入る。王女の顔はもう強張っている。かわいい顔なのに。
3曲目に入ると流石にざわざわと外野が騒ぎ出した。いいね、注目してよ。
アレクシス殿下はアリーチェ王女にひとめぼれか?だって?溺愛くらいのことを言ってほしいな。
俺はこれが上手く行ったら自分の公爵領を一つ作る予定だ。父上にも了解を得ている。
アリーチェ王女を駒に使おうとするところは、奴らと一緒かも知れないが、きちんと責任は取るつもり。俺は兄上達みたいな恋愛至上主義者でもないしね。
3曲踊り終わって、王女殿下を抱き上げて控室に向かった。観客のざわめきが聞こえる。
***
「よし。進行表通りですね」
席に戻ったマティアスの後ろでフランがそうつぶやくと、今日は陛下の後ろについていたジュスタンに目配せした。




