第8話 小鳥亭。
マティアスは小鳥亭に入ると、フードを目深にかぶったまま、店のオヤジにビールを2杯頼む。護衛のアランとビールを飲みながら、店の奥の団体さんをちらりと見る。見知った顔ばかりだ。
フランは…シャツにカーキーのスラックス。ぱっと見はその辺の少年みたいに見える。デカいジョッキで本当に美味しそうにビールを飲んでいる。ぴったりと隣に座っているアレクシスにちょっとイラッとする。もう少し離れろ、と念を送っておいた。
あいつがあんな風に楽しそうに笑っている顔を見るのは…何年ぶりだろう。小さい頃は良くあんな風に笑っていた。いつから?
僕といても税金が上手に使われた時しか笑わなくなった。
ビールぐらいであんなに喜ぶんだったら、いつだって連れて行ってやったのに。
「ねえ、殿下?何か食べるもの頼んでもいいですか?俺、晩飯食いそびれたんですけど」
「……」
…アラン、うるさい。
僕は真剣にメニュー表に見入っているアランを睨みつけた。
***
「フランちゃん、はい、これ、今日の歓迎舞踏会の進行表ね」
ジェスタンにボードにクリップで挟み込まれた進行表を手渡されたフランは、今日はいつもの紺色のひだスカートの代わりにスラックスを履いてきた。この髪だし…ばれはしないと思うが、今日の主賓のイリア国のアリーチェ王女殿下とは面識がある。
フランは重くてずり落ちてしまう眼鏡を右手で持ち上げて、進行表を確認する。
本来ならジェスタンの仕事だが、彼は今日、別の仕事をする。
イリア国はなかなかに好戦的な国である。年がら年中どこかの国にケンカを売っている。困ったことに、イリア国に領地を接しているエクトル侯爵家が親イリア国派なのがやっかいだ。甘い汁でも吸わせて貰っているのだろう。殿下をけしかけるのにも丁度いい年頃の令嬢がいなかったのが残念だ。
うちの国フールはできれば無駄な戦争は回避したい。国内は落ち着いているし。
そう言った意味でアリーチェ様はマティアス殿下の結婚相手としては申し分ない。ただ…御子が生まれた時に面倒なイリア国王が外祖父になってしまう。それはそれで発言力が大きくなって厄介そうだ。
…御子、か。
あんなこととか、そんなこととかしたら子ができる、というのは王子妃教育でも習った。マティは…あの甘い表情で彼女を見つめるのか…。
そこまで夢想して、フランは空いていた左手でバシッと自分の頬を打った。ジュスタンがびくりと驚いている。
「了解いたしました。室長、今日は超過勤務手当が出ますね?」
そう言ってフランは笑った。
歓迎晩さん会の招待客が揃ったころ、現在、パートナーがいないマティアス殿下がアリーチェ王女殿下をエスコートして現れる。イリアの王族に多い、黒髪に濃紺の瞳。胸がこぼれそうな煽情的な真っ赤なドレスをお召だ。
殿下は…今日はオニキスを使うようにばあやさんに言っておいたのに、いつものサファイアのタイピンを使っている。この人は…社交を何だと思っているんだろう?
それぞれの席に着席して、歓迎の祝辞を聞く。一段高いところに陛下と王妃陛下。フランは殿下の席の後ろに護衛騎士と立って進行を見守る。お隣の席はアレクシス殿下。




