第7話 ツー・カー。
「フラン、あれなんだけど…」
「ああ、あれですね、資料まとめておきました。はいどうぞ」
渡された資料に目を通しながら、
「この前言ってた案はどうなった?」
「通りましたよ。今、財務部に試算させています」
ツーと言えばカー。
じいさんたちがよく言うセリフだが、話を振ればすぐに、欲しい意見や同意が返って来る。
なにせ僕たちは10年も机を並べて同じものを見聞きして来た。僕と彼女が21歳になる来年の結婚式に向けて、春から本格的な準備が始まるはずだった。
くそっ……。
マティアスはこの心地よささえ若干頭に来る。
仕事は恐ろしいほど順調だ。
隣の机に座るフランは通常営業。僕に返事を返しながら、他の事務官に指示を飛ばしながらもさくさくと仕事を片づけている。僕の決裁がいる書類が机の箱にたまっていく。珍しくめんどくさそうな顔をして書類をめくっていたフランに声を掛けられた。
「んんん…ねえ、マティ、これは、提出部署に返していいかしら?…あ!申し訳ございません、殿下、返してもよろしいでしょうか?」
僕に敬語を話そうと言い直すのもなんだか頭に来る。
「どれ…」
差し出された書類を取ろうとした僕の指が、フランの指に触れる。
「……」
いや、たまたまだから!わざとじゃないから!!
フランの迷惑そうな一瞬の表情にひどく動揺する。顔には出さないが。
「フラン姉様!もう退勤の時間でしょ?」
ノックもそこそこに、執務室のドアが開く。返事ぐらい待てないのか?
「今日は姉様の就職祝いでご馳走させてよ。ね?明日休みでしょ?」
…は?
自分と似たような顔の、弟だから当たり前だけど…癖っ気の金髪に緑の瞳の、僕と違って愛想のいいアレクシスが、ニコニコして立っていた。
「まあ、アレクシス殿下。光栄でございます」
え?行かないよね?フラン?
フランは室長に目配せして、机の上を片づけ始めた。
…ジュスタン?
「店の予約とっておいたんだ。ビールも美味しいよ。着替えは僕が買ってあげるよ」
「あははっ、それには及びません。少しお待ちいただければ、着替えてまいります」
もう席を立ったフランが、僕に頭を下げて、ジュスタンにも一礼すると、アレクシスと僕の執務室を出ていく。
「お気をつけて。楽しんでいらっしゃいまし」
…ジュスタン???何言ってるの?
何事もなかったかのように仕事を続けるジュスタンを見ながら、咳払いをする。
ゴホンッ、ゴホンッ、
「おや、風邪ですか、殿下?今日はこの後、来月のイリア国の王女殿下ご訪問の打ち合わせでございます」
「…ああ」
「フランちゃんは…親王派の会合でございますよ。むふふっ、ご心配なく。アレクシス様を中心にいつものメンバーです。護衛も付いております。なんらご心配はいりません。いつもの小鳥亭でございますし」
「……でも、あいつ、酒なんて…」
「むふふっ、フランちゃんは結構いける口でございますよ。先日、うちのメンバーでも歓迎会をいたしましたが、美味しそうに飲んでいらっしゃいました。今までは殿下の婚約者でしたので、万が一にも醜態をさらしてはいけないと公の場では飲まなかったそうでございます」
トントンッ、と書類を揃えながら、なんてことないようにジュスタンが言う内容に、僕は正直驚いた。フランのことなら何でも知っていると思っていたのに…。それに君たちいつの間に…歓迎会とか開いてたの?
***
その夜、打ち合わせをさっさと済ませた僕は、平民の服に着替えてフード付きのマントを羽織って城下に出た。もちろん護衛も同じような格好だ。
小鳥亭は郊外の小さな林の中にある。暗闇の中に、店の明かりが漏れている。
アレクシスの護衛が一人、木の上に停まっている。




