第5話 隣にいる人。
「殿下、先にお話ししました通り、本日の昼食はご会食でございます」
昼前に室長が殿下の耳元で囁く。もっとデカい声で言ってあげればいいのに、とフランが耳だけそっちに向けて、目は今日の殿下のスケジュール表を追う。
【本日 昼食会 モルガン公爵家ご夫妻及び令嬢ロズリーヌ様】
【本日 歓迎晩さん会 隣国スウェン国王女殿下アン゠カルロッテ様】
…なるほど。さっそく婚活中ってわけね?それで私は室長に気を使われたってわけだ。
オアシス様は…私が家に引きこもっている間…もう家ごとないのかもな。
「ああ。わかった」
短く返事を返した殿下が、ついッと私に先ほどから見ていた陳情書を手渡してきた。
「フラン、これを君も一度目を通して、どう見たか教えて」
「はい」
渡された分厚い書類の束を受け取った。もう、条件反射みたいなもんだ。
「北部の再開発が滞って、領民の生活に…え?」
そこまで言った殿下が、私を二度見している。びっくり眼、ってこういうのだわ。整った顔のびっくり眼も新鮮だわ。
「え?…フラン?」
「はい」
「……え?今日来る新人の事務官て…フラン?」
「ええ、殿下。先ほど自己紹介も致しましたが。今日付けでこちらに配属されたフランソワーズでございます。以後お見知りおきを」
私がそう挨拶すると、急におたおたし出した殿下に話しかけられる。
「か…髪、切ったんだ」
「はい。もういりませんから」
「き…綺麗な髪だったのに…」
「は?仕事とは関係のないお話ですよね?」
「くっ……」
「殿下。今11時45分です。会食は12時半から第三ダイニングですから、お着替えして向かわれた方がよろしいかと。袖口にインクが付いておりますよ」
フランは黙り込んだ殿下をせかす。
「え?…ああ…」
殿下は振り返り振り返り執務室を出て行ったが、当のフランは殿下に渡された陳情書をもう読み始めていた。
***
僕がつまらない昼食会を早々と切り上げて執務室に帰ったときには、フランはもう北部の陳情書の問題点と、その解決案を用意して待っていた。
「北部の再開発の問題点はズバリ、建設予定の北部主要街道が現在使われている道路から、2キロほど東に外して新設工事することにありますよね?」
「続けて」
「今までの街道筋の宿場や商店は2キロも道を外されたら商売が成り立たなくなって困る。現在の道は狭いので今主流の大きな荷馬車がすれ違い通行できずに交通渋滞を起こす。物流面では非常に不自由だ。それでそもそも、街道の作り替えが予定されているわけで。この街道は北に接しているスウェン国との交易道でもありますし」
「うん。そうだね」
フランが大きな机に北部の地図を広げる。もうすでにそこには新しい街道の建設予定ルートが書き込まれている。そこに、フランが何か所かピンを刺した。
「計画は変更いたしません。元々近隣の住民の家は点在していますから2キロぐらいではお買い物が〈ものすごく〉不便になったりはしないでしょう?と、いうことは問題は旅客相手の商売をしている商店ですよね?」
「ああ」
「ここと、ここ。行程は馬車で半日のところです。土地は国で用意して、条件を決めて補助金を出しませんか?今ある店だって、そうそう新しいものはなさそうですし、ただ引っ越せ、土地は用意する、と言っても納得できないでしょうから。あとは…低利の貸付金も準備したほうがよさそうです」
「…うーん」
「それと、下に下ったここには、商業組合を作って、組合で運用させましょう。ここで、南からの荷と北からの荷が東西に分かれますから、市も作れそうですし」
「なるほど」
「しかもここは丁度、耕作地に適さない荒野です。土地、使いたい放題ですしね。気付かれる前に早めに押さえましょう」
くふふっ、と楽しそうにフランが笑った。
「ザクッと試算して…5年で回収できるかと」
…あ、フランだ。
本当にフランが僕の隣にいる。
「じゃあ、それで行こう。各部署に指示書出して」
「了解いたしました!」
僕はフランが各部署の担当者を集める指示書を手慣れた様子で書き出すのを眺める。
いつものペンの動き。ページをめくる音。
本当に…はちみつ色の綺麗な長い髪だったのに…修道女より短い。
青い海のような瞳もふちが太くて、やぼったい眼鏡でよく見えない。
でも…フランだ。




