第4話 上司。
許可を得て殿下の執務室に入室して、室長に紹介を受ける。
「この度、光栄なことに第一王子殿下の秘書室に任命されましたフランソワーズと申します。長いので、フラン、とお呼びください」
棒読みの様にそう言って、フランはスカートを引いて頭を下げる。
「ああ」
と言ったきり、殿下は書類から頭も上げなかった。聞いてもいねえな?机の上は決裁書類の山である。
「じゃあ、フランちゃんはここの机を使ってね」
室長にコの字に配置された執務用の机の…私がかつて使っていた机を使うように促される。殿下のデカい机のすぐ隣だ。
「…はあ」
…はあ。本当に、はあ?である。
でも、逃げ出して家をつぶすわけにもいかない。兄上夫婦には今度子供も生まれるし。いっそ、貴族籍を抜いてもらって海外逃亡?…そしたら消しやすくなるだけよネ。私はまだ死にたくはない。修道院で窮屈に生きるのも向いてなさそう。
灯台下暗し、みたいな感じで、ひっそりと事務官をやって過ごそうと思っていたのに。
席に着くと、3人いる事務官のみんながほっとしたような表情で私を見つめる。
端っこに座ったニコラが、にこにこして席を立つ。
「お茶を出しますね?」
ニコラ!お願いだ。新人にお茶を出したりしないでよ!
「あ…いえ…先輩。じゃあ私が」
そう言って座った私が腰をあげようとすると、懇願するような目で見つめられた。
「え…では…お言葉に甘えて…お願いいたします」
「はいっ!」
「仕事道具は用意しておきました。さっそく始めていただいても?」
フランソワーズはいろいろと諦めて、室長が机に積んだ書類をさばき始めた。
「ジュスタン…室長、この裏付けは?あ、ありますか?」
「はい。お待ちください」
「室長、この書類は不備ね。元の部署に戻して。…おいていただけますか?」
「了解いたしました」
不備の場所を書き込んだメモを添えて、室長に戻す。
呼び方は、室長呼びが一番ぼろが出なさそうだ。
いろいろと試行錯誤しながら、フランソワーズはサクサクと山積みの書類をさばいていく。殿下の決裁印が貰えれば通る書類を殿下の机の箱に入れていく。
「あ…レオンス…様?これもう一度検算し直しして。…下さい」
「はい」
「ニコラ、様…これ、なんか変。印鑑の照合して。…ください」
やりづらっ。
そう思ったが、仕事自体は3か月もお休みした割には体が覚えているもんだ。と、我ながら感心した。呼び方も言葉使いもそのうち慣れるに違いない。
王妃陛下に午前のお茶だの午後のお茶だの呼ばれないだけ、仕事がはかどりそうだ。
まあ…嫌いではなかったが。陛下にはたくさんかわいがってもらったなあ。ご挨拶も出来なかった。呆れられただろうな。
書類の山を片づけながら、ちらりと殿下をみた。
眉間にしわを寄せて先ほどから分厚い書類に目を通している。目の下に隈があるわねぇ…ちゃんと寝ればいいのに。あの厚さだと…陳情書かな?
「ああ…いつも張りつめた緊張感の中にいる僕に、潤いをくれる君はまるでオアシスのようだ」
ふと、そんなセリフを思い出してしまって、目をそらす。
私は私なりのやり方で、あなたを支えてきたつもりだったのになあ…。
こいつの欲しかったのは、効率の良い仕事の補佐ではなくて…オアシス、だったのな。振りだとはわかっているけれど、思ってもいないことは口に出ないもんだと思うから。
いや、まあ…考えようによっては、やりなれた仕事で給金が発生する今の方が幸せに違いない。そう思い直したフランは、物凄い速さで仕事を再開した。




