第12話 泣き上戸。
「ああ、ビールをジョッキで2つと、おすすめ料理を5つぐらいおまかせでお願いしたい」
私の手を引いて宿屋の並びの居酒屋に着くと、隅っこのベンチ型の椅子の奥に私を追いやって真横に座ったマティが、注文を聞きにやってきた店員にそう言った。
「いやいやいや、で…マティ?仕事中ですから」
そう言った私に彼は店の脂ぎった壁に掛けてある大きな壁時計を指さして、
「もう6時過ぎた。終業時間だろ?」
そう言った。なるほど、6時か。
外はもうすっかり暗いが、それぞれの店から漏れる灯りや街灯の下でまだまだたくさんの人々が行き来している。もう酔っぱらって上機嫌の人も、買い物帰りで家路につく人も、お土産屋さんを冷かして歩く旅行客も…。
ほどなくどんっ、とビアジョッキが二つテーブルに置かれる。泡がタプンッ、と揺れる。
「はい」
マティの手で私の前に置かれ直したジョッキ。
もう…いっか。長旅だったし、喉渇いたし、この人何考えてるのかわかんないし。
そう思ってフランはマティとジョッキを合わせると、ぐいっ、といった。
「ぷはああっ、美味しいですねぇ」
渇いていた喉と空いたお腹に染みわたっていく。どうしたことか…マティは飲みながら私を見ている。
もう…もういいや、本当に。
この人に早く結婚しろと言ってから…私はろくに口をきいてもらえなかった。だって、冷静に客観的に判断したら合理的な正論ですよね???
この視察旅行中だって、ほぼ仕事の会話だし。この人が何を思って私を飲みに誘ったのかとんと見当がつかない。
「お替わり下さい!」
料理を運んできてくれた店員さんに、ビールをお替りする。出てきた料理も遠慮なく食べる。お腹空いてるし。黙々と食べて、飲んだ。
***
主の真後ろの席に背中合わせのように座った俺とアンヌ。
ビールか…いいな。そうは思ったが、主に勧められてもいないのに飲むわけにもいかないので、お水を貰って、晩飯に定食を二つ頼んだ。
そんなに大きな店でもないが、席はまだ空いている。これから混んでくるのかもな。
アンヌと定食をつつきながら、耳を背中側に集中する。
「…だ・か・ら!私が何か間違ったことを言いましたか?」
「さっさと誰かと結婚しろとか言うか?お前が言うか?」
「な、なんでよ?あんたの方が弟より先に結婚したほうが収まりがいいのよ?わかるでしょ?」
「誰とだよ」
「だ…」
後ろのテーブルは、大きなジョッキ3杯目あたりから、雲行きが怪しい。
「大体な、なんだよオアシス様とお幸せに、って。意味わかんないんだけど?あの家、潰したけど」
「お…オアシスって…」
「僕はお前に言われた通りやってただけだろう?それを…」
「お…」
「なななななっ、なんで泣くんだよ?フラン?泣きたいのはこっちだ!」
「だ…だってあんたが…あの子のことオアシスって、言うから」
「お、お、おう。褒めれるところを褒めろって言ってただろう?褒めるところが無かったら、癒しだとか、優しいだとか感情に訴えろって…おい…」
…ああ。あれか。温室で殿下がしどろもどろでふっくらしたご令嬢を口説いてた時な。聞いてたんだ、フランソワーズ様。
「ああ、あれね」
アンヌが、小さくうなずく。
フランソワーズ様が店員に手をあげて、もう一杯ビールを頼むらしい。
「飲み過ぎだぞ」
「仕事の時間終わったから飲んでいいって、あんたが言った。さっき言った」
「まあ…そうだけどさ」
運ばれてきたビールを、またしてもグイッと飲んだようだ。ごとんっ、とテーブルにジョッキを戻す音がする。
「あたしなんかね、あたしなんかね…あんたともう10年も一緒にいるのに、何も言ってもらったことない…マティなんか大嫌い」
「え?」
ぐずぐずっと鼻をすする音。
なんにも言ってなかったんだ…殿下。そりゃあ…きっついわ。
「あたしなんか、抱き心地も悪いから、あんたにあんな風に抱きしめられたこともない。髪だって…髪だって…触ってもらったこともない!!!」
「…え?そんなことで切ったのか?髪」
「そんなこと?そんなことですって?あんな、あの子の髪を指に巻いて…見つめあっちゃって…オアシス?けっ、ふざけんじゃないわよ!!!」
ドンッ、とグラスを置く音がして、フランソワーズ様が店員にお替りを頼んでいる。
「…フラン?」
「…あたしじゃ…癒しになんない。あたし、仕事しかできないし、喧嘩ばっかりだし…あんたはさ…こう、もっと、優しい人と…穏やかに暮らしたいんでしょ??でも、わ、私だって一生懸命、あんたの役に立とうと思って…」
フランソワーズ様がすすり泣きになった。おいおいおいおい、どうすんだ殿下?
「だけどイザとなったら、あんたの選んだ誰かと会いたくないから…一緒に仕事もしんどそうだし、遠くに行こうと思って…それで…遠くに…わーん…」
「ふ…フラン?」
あーあ。
**
「ねえ、アラン?」
耳元でアンヌが囁く。
「お、おう。なんだ?」
「私、この二人がよりを戻すに、1万ガルド賭けるわ」
真顔で何を言い出すのかと思えばこの人は…。
「いや…賭けるまでもなくね?」




