第11話 北部の視察。
イリア国境のごたごたが落ち着いたのは、10月も末になる頃。
新設する公爵領をアレクシスが治めるにあたって、文官の募集も行われた。王城の事務官からも何人か希望者を募った。
マティアスが驚いたのはジュスタンに渡されたその希望者リストだ。一人だけ陛下が直々に希望者名に二重線を引き、ハンコまで押してあった…フランソワーズ。
その名前を見つけた時…僕の顔は強張った。
フラン?
そんなに僕といるのが嫌なわけか?
自分で希望を出したのか?それが、フランの希望なのか?
いつものように僕の隣で事務仕事をしているフランをじっと見た。
僕は…なんかそんなにフランが嫌がることした?何が不満なんだ?
腹いせ半分で、アレクシスの領の文官希望者リストをフランの机に放った。
なんてことなくそのリストに目を通していたフランが、チッ、と小さく舌打ちしたのを聞き逃さなかった。
「ご感想は?」
我ながら…言い方が嫌味っぽくなった。
「…適材適所だと思いますね」
眼鏡を持ち上げながらフランがリストに見入っている。
「他に言うことは?」
「そうですね。北部街道の新設が終了したら、東部の、アレクシス殿下の領までの東部街道の改修を急いで検討したほうがよろしいかと。軍用でも使うことになりますから、高規格道路にしませんとね」
「それから?」
「アレクシス殿下の結婚式の時に…アレクシス殿下は正式に新しい公爵に命ぜられますでしょう?その前に……殿下の結婚式を予定すべきですね」
「……」
「……」
執務室で事務官が動かしていたペンの音まで止まる。
静寂。
すうっ、とジェスタンが息を吸う音がする。
「殿下、そろそろ陛下とのお約束の時間でございます」
ジュスタンが僕に声をかけてきた。
僕はガタリと席を立つ。
***
「雪になる前に北部街道の進み具合を確認して来い。お前とフランの発案だったな?」
「…はい」
「そうだなあ…商家の若夫婦、という感じがいいかな?」
いい考えだろう?と言わんばかりに、陛下が楽しそうに笑う。
陛下に呼び出されて早々に、僕らは北に向かって馬車に揺られることになった。王都から出かけて、1週間の予定だ。
陛下に設定まで指定されて…僕とフランは商家の若夫婦役。護衛のアランとアンヌは使用人の設定である。ぎこちないことこの上ない。
僕の向かいに座るフランは、フェルトのつばの狭い帽子をかぶり、上品過ぎないこげ茶色のジャケットに長めのスカート。そこにケープコートを羽織っている。北部に向かうにしたがって、風が冷たくなる。
王都からしばらくは道路幅も広く、変更箇所はない。
要所要所の宿場町に停まる。市が出ていれば市も見学し、人の流れと物の流れも見る。客のふりをして領主のうわさ話も聞く。
「この町は、領地の鉱山からの流れ者がいて、治安がいまいちね」
「そうだな。だが、金も落とすんだろう。景気は良いな」
そんなことを話しながら、初日の宿に着いた。貴族用の宿ではない、つつましい宿。
通されたのは…少しデカメのベッドが一つに机とイスのシンプルな二人部屋。
夫婦の設定だからか…。
ドアを開けて動揺したのは僕だけらしい。フランは荷物を片づけると机に向かって今日見たことを書き出しているようだ。
…仕事、だもんな。
ベッドに横になって、フランの横顔を眺める。
彼女に動揺している様子はない。
こいつはどうせ寝るときは「床で寝ますのでお気遣いなく」と言うんだろうな。
絶対に言う。
結果、僕はアランと寝ることになるのだろう。ツインならよかったのに、セミダブルでアランと寝るのもなあ…。まあ、しょうがないか。
こいつの考えてることなんてだいたいわかる。ずっとそう思っていたけど、このごろは…さっぱりわからない。なんか…むかむかする。
「フラン、ビール飲みに行こう」
「え?」
僕は帽子をかぶると、さっき脱いだ上着を羽織った。フランがかけたコートを取って、まだ机に向かっていたフランの手を取る。有無を言わさず、引っ張るように部屋を出た。




