送り火
権藤の葬儀は、しめやかに営まれた。
小さな会場だった。
派手なことを、あの人は、いちばん嫌った。
灯の仲間が、集まった。
桐生さん。相馬さん。沢井さん。
須藤さんたち、埋み火の頭脳。
事故で足を失った息子を持つ、あの母親。
リムさん一家。
佐伯くん。……権藤が、生涯、見下してきたはずの、はみ出し者たち。
その、はみ出し者たちが、こぞって、あの老策士を、見送りに来た。
皮肉な話だ、とあの人なら鼻を鳴らしただろう。
かつて権藤が身を置いた、あの世界からは、誰も来なかった。
長く与党に君臨した、あの重鎮の葬儀にである。
彼が、どれほど深く、あの世界と縁を切っていたか。参列者のいないその現実が、何より雄弁に、語っていた。
祭壇に、聡子が、そっとどら焼きを供えた。
「甘いもの、お好きでしたものね」。それだけ、言った。その一つのどら焼きを見て、こらえていたものが崩れそうになった。
弔辞を、と促された。
けれど、私は立てなかった。
壇上に立てば、言わねばならない。
あの人は、私を庇って死んだ、と。街頭に立つと言い張ったのは私だ。
あの人は、止めなかった。止めても、私が聞かないと知っていたから。……私の、あの一つの意地が、この人を殺した。
その事実の前で、私に、何が語れるだろう。
私は、ただ、深く頭を垂れることしか、できなかった。
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権藤を失って、灯は、目に見えて揺らいだ。
まず、人が動いた。
権藤が、与党から連れてきた、リベラル派の議員。その何人かが、党を去っていった。
彼らが慕っていたのは、灯の理念というより、権藤という、あの老いた重石だったのだ。
重石が消えれば、船は傾く。
一人の議員が、去り際、言いにくそうに言った。「権藤さんが、いたから……私は、この党に、いられたんです」。私は、引き止めなかった。来し方でも、これからの生き方でも、人を縛ることは、できない。
去る者は、静かに送った。
金も、細った。
「灯に関われば、命が危ない」。
あの日の血は、多くの人を怯えさせた。潮が引くように、支援が遠のいていく。
新聞は、書いた。
「権藤なき灯は、もつまい」。
「理念だけの党が、現実の重石を失った。空中分解は、時間の問題だ」。……そのとおりかもしれない、と、私自身が思ってしまうほど、党は鈍く、重く沈んでいた。
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夜、私は、灯里に乳を含ませながら、ぼんやりと考えていた。
私が、もう一歩退いていれば。
街頭になど、立たなければ。
権藤さんは、いまも隣で、あの憎まれ口を、叩いていたはずだ。
……次は、私かもしれない。この子を、残して。
もう、いいのではないか。ここまで、来たのだ。旗は、若い誰かに託して私は、この子と――
そこまで考えて、私は、ぞっとした。
その顔を、聡子は、見ていたのだろう。
「あの晩、灯里を抱きに来たとき」
台所の片づけをしながら、聡子は、静かに言った。
「あの人、分かっていたのよ、絵里香。自分が、次の日、何をしに行くか。分かっていて、あの子の顔を見に来た。……分かっていて、あなたの盾になったの」
私は、言葉を失った。
「あの人のその覚悟を。あなたが無駄にするの?」
聡子の声は、優しかった。けれど、その一言は、私の甘えた迷いを、まっすぐに断ち切った。
「灯を、下ろすなよ」。
あの人の、最期の声が蘇る。
……試されているのは、その言葉だ、と思った。灯は、権藤という背骨を失ってなお立てるのか。一人の、あまりに大きな喪失に、耐えられるのか。
それは、私たちが積み上げてきたものの真価が問われる、ということだった。
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翌朝、事務所へ行った。
沈んでいたのは、私だけでは、なかった。
皆、うつむいていた。
けれど、誰かが、権藤の残した仕事を、すでに、引き継ぎ始めていた。
大河内先生が、揺らぐ議員たちを、一人ずつ、訪ね歩いていた。
「残る者で、やりましょう」と。桐生さんは、権藤が握っていた党内の調整の糸を、須藤さんたちと、手分けして、たぐり直していた。相馬さんは、離れかけた支援者に、頭を下げて回っていた。沢井さんが、若手を束ねていた。
誰も、「次の幹事長は、誰だ」とは、言わなかった。権藤の穴を、一人が埋めるのでは、ない。皆が、少しずつ肩を入れて、その重みを、分け合っていた。
私は、悟った。
権藤は、自分の死をもって、自分の言葉を、証してみせたのだ。
旗は、一人で掲げるものではない。……この党は、彼一人が、支えていたのではなかった。彼がいなくなっても、なお立っていた。
少しずつ傾きながら、それでも皆の肩で。
そして、遠のいたはずの、名もなき人々が、戻ってきた。
事務所には、また、小さな献金と手紙が、届き始めた。「怖くない、と言えば、嘘になります。でも、あの憎悪に、負けたくない」。
「権藤さんの、ぶんも」。……脅せば退くはずの、小さな灯が。
脅されたことで、かえってあちこちで、静かに、燃え始めていた。
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いつか、私はこう考えたことがある。
社会もまた、一つの身体なのだ、と。細胞が、絶えず入れ替わりながら、それでも、同じ「その人」であり続ける。変わることを、恐れなくていい。ただ、どれだけ変わっても、手放してはならないものが、一つだけ、ある。それは、人が、人として、扱われること。
権藤という一つの細胞が消えた。灯里という、新しい細胞が生まれた。
私たちは、変わった。大切なものを失い、新しいものを得た。それでも、灯は、灯のままだった。
旗の根っこにあるものは、何一つ、変わっていなかった。
私は、灯里を抱いて、窓辺に立った。
権藤さん。あなたが遺したこの党は、あなたがいなくても、倒れませんでした。……あなたの言う通りでした。
そう、心の中で話しかけて、私は、少しだけ笑った。泣きながら笑った。
送り火は、燃え尽きた。
けれど、その火は消えたのではない。無数の、小さな灯に移って、この国のあちこちでまたたき始めていた。




