足腰
前の党首討論で私は「足場」の道すじを示した。
若い人の賃金を上げ、暮らしの土台を組み直す。自画自賛だが、それ自体はペラペラの紙の上で給付金の数字をいじるより現実的で良い仕組みだと思う。
他方で、桐生さんが並べた現実は冷たかった。
「先生。あの道すじを本気で通すなら数が要ります」
議員立法を出すことはできる。すでに私たちは五七人の議員を抱えている。
しかし、確実に通すためには衆議院だけでなく、参議院でも味方が要る。
「いまの『灯』には、参議院に議員が一人もいません。地方議会にも足がかりがない。……看板の大きさに、足腰がまるで追いついていません」
こういうときには権藤幹事長だ。
「新党の弱点はそこだ。知名度で議席は取れる。だが、地方の隅々に張った根と、参院の議席は、一朝一夕には生えん。…『灯』は大木の形をした根なし草だ」
理想を語るだけでは佐伯くんの足場は組めない。理想を、足腰に乗せなければ。
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その足腰を、どこから借りるか。
最初に名を挙げたのは、意外にも大河内先生だった。
「……公和党は、どうかしら」
公和党。生活者を守り、弱い立場の人に目を配ることを、長く掲げてきた党である。
福祉と、平和。派手さはないが、生活者の味方をする党だと知られていた。かつては与党と連立を組んでいたこともある。政策ではかなり重なる・・・だが、問題もある。
「あの党は」と、桐生さんが資料を繰った。
「参議院に、確かな議席を持っています。そして何より地方議員の数が桁違いです。全国の市議会、町議会の隅々にまで人がいる。……灯に、いちばん足りないものをそっくり持っている党です」
「政策も近い」と、私は言った。
生活者を守る。弱い人を見捨てない。
公和党が掲げてきたものは、私の物差しとかなりの部分が重なっていた。
「ただ、知ってのとおりあそこにはあそこの事情がある」
権藤が湯呑みを置いた。
公和党の背には和成会という大きな信仰の団体がある。
そして、長くその会を率い、その宗教団体と党を実質的につくりあげた創始者――大峯名誉会長が数年前に世を去った。
「大黒柱が抜けた。以来、あの党は守りに入っとる。支持者は年を取り、票は、この二十年で目に見えて細ってきた。かつての勢いはない。与党からも外れ……いまのあの党は、生き残ることで精一杯だ」
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会談は、やはり権藤が繋いだ。
権藤は、まさに公和党が与党で連立を組み始めたときの幹事長である。
今の与党執行部が公和党の組織票を使うだけ使って袂を分かったことも、苦々しく思っていた。
里見さん。
公和党の幹事長である。
白髪の実直そうな人だった。
物腰は柔らかいが、国会でも鋭い質問や皮肉の効いたコメントをする人だ。
しかし、目の奥には隠しきれない疲れがにじんでいた。
長く続く党の退潮を誰よりもその身で感じている人の目だった。
まずは政策の話から入った。
賃金の底上げ。
労務費を末端まで届ける仕組み。立ち直った人への就労の支え。
私が「足場」と呼んできたものは、里見さんの党が半世紀掲げてきたものと、それらはほとんど地続きだった。
「正直に申し上げます」と里見さんは言った。
「あなたのような、華やかな方がこういう地味な生活者の話をなさるとは思っていませんでした」
「地味ですか」
「ええ。……私どもが、ずっと地味だと言われ続けてきた話です」
彼は少しだけ笑った。
その笑いには自嘲とかすかな懐かしさが混じっていた。
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個別の政策については、予想通り、かなり順調に進んだ。
しかし、その先には越えられない一線があった。
「合流という形は、取れません」
そう言ったのは、私のほうだった。
公和党の背には一つの信仰がある。
その信仰は今は矛を弱めたとは言え一時期はかなり排外的だった。
私の旗はどんな信仰の人も信仰を持たない人も、等しく「人として扱う」というそこに立っている。
一つの信仰に、党を委ねてしまえばその普遍が、揺らぐ。
それは私にはできない。
「政教分離ですな」と里見さんが静かに引き取った。
※政治と宗教が、深く関わりすぎないようにするという憲法にもとづく考え方である。
長年、宗教を背にする公和党が問われ続けてきた点でもあった。
「私どもにも」と里見さんは言った。
「信仰の自由と党のまとまりを守る責任があります。……ですからそちらに丸ごと呑み込まれるわけにもいかないのです」
少し場の空気が張り詰めた。
互いが、互いの譲れない一線を正確に言い当てた。
静かな緊張だった。
私は、思い切って聞いてみた。
「里見さんの党は、なぜ生まれたんですか」
彼は一瞬虚を突かれた顔をした。それからゆっくりと答えた。
「……声の小さい人のためです。どこにも届かない人の声を政治に届けるため。創始者は、そう言ってこの党を興しました」
「それは」と、私は言った。
「いまも、変わっていないはずです」
里見さんは、長いあいだ黙っていた。
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私たちが選んだのは、合流ではなく、政策ごとの協力だった。
信仰の話には互いに踏み込まない。
生活者を守り、弱い人の足場を組む。
その一点で、法案に、共に名を連ねる。
選挙区では、無用な同士討ちを避け譲り合う。
灯は、公和党の分厚い足腰を借りて、参議院と地方へ細い一歩を踏み出す。
公和党は、灯の新しい風を受ける。
二つの灯は、隣り合う。
けれど混じらない。
それが、私たちの選んだ形だった。
帰り際、里見さんは私の手を両手で握った。
「……久しぶりに党を興したときの話をしました。あの頃の灯がまだ消えていなかったと気づかされましたよ」
その目の奥の疲れは、少しだけ和らいでいた。
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事務所に戻ると、権藤が話しかけてきた。
「うまくやったな」
私は、きょとんとした。正直、何のことだか分からなかった。
「ふん」権藤は、鼻を鳴らした。
「あそこで、公和党の成り立ちを話すとは、おまえも意外と策士だな」
私は笑った。自分には毛頭そういうつもりはなかった。
私は、窓の外を見た。
私たちの「灯」。その隣にもう一つ、古い灯がともった。
理想を、足腰に乗せる。その光が一歩長く伸びた。




