呼び水
被災者生活再建支援金のあの法案が通ってしばらく経った頃。
沢井さんが一枚の古びた紙を手に私の部屋を訪ねてきた。
いつか彼が初めて私に経済の話をしてくれたとき。
卓上の紙に簡単な図を描いて聞かせてくれたあの話。手元に残る八円が次の取引を生みお金がぐるぐると回っていく――あの循環の話を、私は思い出していた。
「先生。……前に申し上げたあの法案の“含み”の話です」沢井さんは笑顔で切り出した。
「そろそろ、種明かしをしてもいい頃かと」
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「被災した人の手にまとまったお金が直接渡りました」沢井さんは言った。
「そのお金を、あの人たちはどうすると思いますか」
「……暮らしを立て直すために使う」
「そう。ため込まずに、地元の大工に頼んで家を直す。地元の店で家財を買い直す。近所のディーラーに車を頼む。……そのお金は、被災した人の手から地元の職人や商店の手に移る。すると今度はその職人や商店の主人がそのお金でまた何かを買う。……八円が次の取引を生む。あの話と同じです。渡ったお金はその土地でぐるぐると回り始める」
彼の目が輝いていた。財務省を飛び出したこの男のあの遠くを見る目が。
「これが公共事業だとこうはいかないんです」と、沢井さんは続けた。
「上から大きな工事を発注する。そのお金の多くは、東京の大きなゼネコンや材料代に消えていく。地元に落ちるのはその一部だけです。……けれど、一人ひとりの手に直接渡したお金は、その土地のいちばん細い血管の隅々まで巡っていく。……あの支援金はただの施しじゃない。凍りついた地方の経済に注ぎ込む呼び水――少しの水を注いで涸れかけた井戸から大量の水を汲み上げるあの呼び水だったんです」
私はあの法案の本当の値打ちをようやく理解した。
人を人として扱う。そのいちばん優しい一手が。
同時にこの傷ついた国の経済をいちばん深いところから温め直す賢い一手でもあったのだ。
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「でも沢井さん」私は、聞いた。
「それは復興の話ですよね。復興が一段落して収まったら元通りでは?」
「いいえ先生」沢井さんは、首を横に振った。
「これはこの国の稼ぎ方そのものを建て直す話なんです」
彼はあのいつかの話をもう一度広げてみせた。
長いことこの国は円安に頼り一握りの輸出の大企業に極振りしてきた。
その足元の裾野――町工場や地方の商店は買い叩かれ痩せ細ってきた。
そしてこの災害だ。
輸入に頼りきったその脆さが、原料の高騰となって、いちばん下の鵜飼さんたちを直撃した。
「あの、古い稼ぎ方はもう限界です」沢井さんは言った。
「なら復興をただ元通りにするだけではいけない。……この国の経済を、上からの輸出頼みから下からの循環へ。一人ひとりの手にお金が渡りそれが地元でぐるぐると回る。そういう体質に作り替える。……そのまたとない機会なんです。壊れてしまったからこそ、次はもっと健やかな形に建て直せる」
復興を経済再生の呼び水にする。
それが、沢井さんの描いていた大きな絵図だった。
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けれどその道は、平坦ではなかった。
抵抗のいちばん手強い壁はいつものように、霞が関の奥にあった。
財務省。
「こんな非常時には外国からの財政不安が大きくのしかかる。財政規律を」
「一人ひとりにお金を配るなどばらまきだ。無駄遣いだ」
「復興は実績のある、大きな事業者に任せるのが確実だ」
……そして、いつもの、あの呪文。
「足りない財源は、いずれ増税せざるをえない」。
沢井さんがかつて私に教えてくれた、あの思い込み。
税を上げれば、税収が増えるという幻想。
景気を冷やせば、かえって、税収は、落ちるのに。
……その古い神話が、いまだにこの国の政策のいちばん高いところを縛っていた。
大きな事業者に、大きな工事を。
その方が話が早い。
金の流れも、見えやすい。
そして――そこには、古い政治との貸し借りも絡んでいた。
私たちの法案は集中砲火を浴びだした。
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その机上の論争に一つの生きた答えを出してくれたのは鵜飼さんだった。
あの下請けで買い叩かれてきた町工場の主人。
彼はあの日灰の中で自分の頭で考えた道具を作って配って以来変わっていた。
私たちの後押しした新事業への支援も使い彼は大手に頼りきる、下請けから少しずつ抜け出そうとしていた。
その鵜飼さんの工場に復興の仕事が回り始めた。
被災した町の、人々が支援金を手に地元で住まいや暮らしの品を求め始めたからだ。
鵜飼さんの樹脂の技術は、その細々とした需要のあちこちで必要とされた。
「先生。……うちみたいな、小さな工場にこんなに仕事が来る日が来るとは思いませんでしたよ」電話の向こうで、鵜飼さんの声は少し潤んでいた。
「若い衆の給料も上げてやれた。近所の飯屋もこの頃また賑わってきてね」
一人の手に渡ったお金が鵜飼さんの工場を回し、その工場の稼ぎが、近所の飯屋を賑わせる。
……沢井さんのあの図が、いま下町の現実の中で静かに回り始めていた。
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私たちはその生きた証を掲げて闘った。
沢井さんが数字で財務省の神話に反論を組み立てる。
私が鵜飼さんのような生身の声を委員会で世論に届ける。
そして権藤がキャスティングボートというあのてこを使って予算の盤面を動かしていく。
「上から大きくではありません」
私は訴えた。
「下からあまねくです。一人ひとりの暮らしにお金を巡らせる。……それはいちばん弱い人を助けることであり、同時にこの国の経済をいちばん深いところから温めることです。優しさと賢さはここでは同じ、一つのものなんです」
もちろんすべてが思いどおりには、進まなかった。
大きな公共事業の多くは、依然として古い流れのままに決まっていく。
私たちが動かせたのは、その巨大な予算のほんの一部だった。
けれどその一部で。
この国は初めて上からではない、下からの復興という新しい水路を確かに掘り始めていた。
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その夜私は沢井さんと、二人遅くまで話し込んだ。
「……いつか」沢井さんはぽつりと言った。
「この下からの循環が本流になった日には。この国はもう無理な円安で輸出を絞り出す必要もなくなる。一握りの大企業の機嫌をうかがう必要も。……一人ひとりがまっとうに稼ぎ、まっとうに使う。その当たり前の力で立てる国になる。……僕が財務省で『忘れろ』と言われた絵図です」
私は胸の奥の灯を確かめた。
義父から受け継いだその火はいま、法律となり、予算となり、そして一人ひとりの財布の中を巡る温かいお金となって、この国の細い血管の隅々にまで届こうとしていた。
復興。経済。……そしてその先には、まだいちばん険しい山が待っていた。
外交だ。
傷ついたこの国は、この長い夜のあいだも、世界という非情な舞台のただ中に置かれ続けている。
その荒波と私は向き合わねばならない。
けれど今夜だけは。
私は下町の飯屋に戻り始めたあのささやかな賑わいを思った。
一人の手からまた一人の手へ。
灯は確かに巡り始めていた。




