◇ chapter 04 記録に残ったもの ◇
部室に戻ると、私は録音機と小さなカメラのメモリーカードをテーブルの上に置いた。蛍光灯の下で見ると、機材はいつもより頼もしく見える。藤堂先輩がパソコンを開き、映像と音声を取り込む。黒川先輩は「さあ、再生だ!」と大げさに身を乗り出し、私は思わず笑いそうになったが、胸の奥にはまだ屋根裏で聞いた「おかえり」の余韻が残っていて、笑いはすぐに消えた。
「まずは音声から」と藤堂先輩が言い、録音ファイルを再生した。最初は静かな居間の空気、外の車の音、私たちの小さな囁きが入っている。だが、十数秒後、確かに屋根裏の足音が入ってきた。トントン、トントン、と規則正しいリズム。私の胸がぎゅっとなる。音は近づき、そして遠ざかる。最後に、かすかな子どもの笑い声が混じり、そして――小さく、はっきりと「おかえり」と囁く声が入っていた。
部室は一瞬、静まり返った。黒川先輩が「うおっ」と声を上げ、藤堂先輩は眉を寄せて波形を拡大した。私はイヤホンを片方だけ耳に入れて、もう一度聞いた。囁きは確かに人の声で、機械的なノイズではない。声のトーンは優しく、年齢は判別しにくいが、子どもでも大人でもない、どこか中性的な響きがあった。
「編集で合成したような不自然さはない」と藤堂先輩が冷静に言った。「周波数帯も自然だし、録音環境のノイズと整合している。誰かが後から声を重ねた形跡は見当たらない」黒川先輩は「やっぱり幽霊だ!」と叫びかけたが、藤堂先輩が手で制した。「落ち着け。まずは映像を確認しよう」と彼女は言った。
次に映像を再生した。屋根裏での映像は、懐中電灯の光が揺れる様子と、埃が舞う空気、古い家具や箱が映っている。カメラは私たちが動き回ったために少し揺れている。しばらくは何も起きないように見えたが、再生を進めると、窓の外の暗がりに一瞬、白い影が映り込んだ。ほんの一瞬、窓の向こうに人影のようなものがすっと通り過ぎる。画面を一時停止してコマ送りにすると、その白い影は確かに存在していた。形ははっきりしないが、人の輪郭のようにも見える。
「これ、反射じゃないか?」と黒川先輩が言った。彼は常に希望的観測を先にするタイプだ。藤堂先輩は映像を拡大し、フレームごとに解析を始めた。「反射なら光源の位置や動きと一致するはずだけど、窓の外に光源は見当たらない。しかも影の動きが自然で、風で揺れるカーテンとは違う」彼女の声は冷静だが、どこか震えているのが私にもわかった。
私は自分の手が震えているのを感じた。画面の中の白い影は、確かにそこにいた。だが、それが幽霊なのか、誰かのいたずらなのか、あるいは私たちの見落としなのかはわからない。映像の一コマを拡大すると、窓の外に映る白いものの輪郭が、まるで笑っているようにも見えた。私は思わず背筋が寒くなった。
「録音と映像が一致している」と藤堂先輩が言った。「足音が聞こえたタイミングと、白い影が映ったタイミングが重なっている。さらに、録音の最後に入っている『おかえり』の囁きも、その直後のフレームに対応している」彼女は解析結果を私たちに見せながら、眉間にしわを寄せた。「ただし、ここで重要なのは、これが必ずしも超自然現象だと断定できないこと。人為的な仕掛けや偶然の一致も排除できない」
黒川先輩は「でも、これだけ揃ってれば記事になるだろ!」と興奮気味に言った。彼の目は少年のように輝いている。私はその姿に少し安心した。どんなに不気味なことが起きても、黒川先輩の大げささが場を和ませてくれる。だが藤堂先輩は首を振った。「記事にするなら、事実を正確に伝えなければならない。憶測で煽るのは良くない。まずはもっと証拠を集めよう」
その夜、私たちは録音と映像を何度も再生し、波形やフレームを細かくチェックした。黒川先輩は「幽霊の好物はポテトチップス説」を再び持ち出して、場を和ませようとしたが、私の心はどこか落ち着かなかった。録音の中の囁きは、ただの音声以上のものを含んでいるように思えた。言葉の裏にある感情、切実さ、待ち続けた時間の重さ――そうしたものが、声に滲んでいる気がした。
翌日、私は学校の図書館で松原邸に関する古い新聞記事を探した。藤堂先輩と黒川先輩もそれぞれ別の情報源を当たっている。部室に戻ると、三人で集まって資料を広げた。古い新聞には、戦後まもなくこの町で起きた小さな事件の断片が載っていた。行方不明になった子どもたちのこと、家族が離ればなれになったこと、そして町の人々が互いに助け合った記録。だが、決定的な手がかりは見つからない。
「ここで重要なのは、現象が物理的なものなのか、心理的なものなのかを切り分けることだ」と藤堂先輩が言った。「集合的な記憶や願いが、何らかの形で現象として現れることはある。特に古い家や長年の慣習がある場所では、そうしたことが起きやすい」彼女の言葉は理性的で、私には説得力があった。
黒川先輩は「でも、もし本当に誰かがここに来て『おかえり』って言ってるなら、それはそれでドラマだろ!」とまたもや少年のように目を輝かせる。私はその対比に微笑んだ。藤堂先輩の冷静さと黒川先輩の熱意、その間で私は何を信じるべきかを探している。
その夜、私は家に帰ってからも録音を何度も聞いた。囁きの「おかえり」は、私の胸に小さな火を灯した。怖さと同時に、どうしようもない優しさが混じっている。私はふと、澄子さんが言っていた「帰ってきたら家族が笑う」という言い伝えを思い出した。もしかしたら、この声は誰かの帰還を願う声なのかもしれない。だが、願いが現象を生むとしても、誰かが最近屋根裏に触れた痕跡があるという事実は消えない。
部室での解析は、私たちに新たな問いを投げかけた。映像の白い影は何なのか。録音の囁きは誰の声なのか。誰が箱に触れたのか。そして、私たちの取材はどこまで真実に迫れるのか。答えはまだ遠い。だが、確かなのは、記録に残ったその一瞬が、私たちの心を深く揺さぶったということだった。
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