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それゆけ、オカルト新聞部!!  作者: 鍼野ひびき


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◇ chapter 05 図書館の埃と、町の古い記憶 ◇

 屋根裏の録音と映像を持ち帰ってから、私たちは三日間、ほとんど寝不足のまま資料漁りに明け暮れた。部室のテーブルは古い新聞の切り抜きと、私たちが集めた写真、そして藤堂先輩が持ち帰った解析結果のプリントで埋め尽くされている。黒川先輩は相変わらず「大スクープだ!」と叫びながら、時折ポテトチップスの袋に手を伸ばしていた。彼のテンションは高いが、どこか以前より慎重になっているのが私にはわかった。


「まずは町の記録を当たろう」と藤堂先輩が言った。彼女は冷静に資料を分類し、私たちに役割を振った。黒川先輩は町の古老に聞き込み、私は図書館で古い新聞や戸籍の断片を探す係。藤堂先輩は写真や録音の技術的解析を続ける。三人で分担すると、作業は驚くほどスムーズに進んだ。


 図書館は思ったよりも静かで、古い新聞の束が棚にぎっしり詰まっていた。司書の小柄な女性は眼鏡の奥で私をじっと見て、「オカルト新聞部さんね、また来たの」と呆れたように笑った。私は「はい、松原邸の件で」と答えると、彼女は小さく頷いて、奥の古い新聞コーナーへ案内してくれた。


 新聞の見出しは時代を映していて、戦後の混乱期の小さな事件や、町の祭りの写真、行方不明者の短い記事が点々と載っていた。私は「松原」「行方不明」「屋根裏」といったキーワードで索引を辿り、古い記事をめくっていった。指先に紙のざらつきが伝わり、ページをめくるたびに時間が遡るような気がした。


 ある昭和二十年代の小さな記事に、私の目は止まった。見出しは目立たない短報で、「近隣にて幼児数名行方不明」とだけ書かれている。記事の文面は簡潔で、当時の混乱と人々の不安が滲んでいた。記事の横には、当時の町の写真と、祭りの様子を写した一枚が小さく載っていた。写真の端に写る家並みを見て、私は胸が締め付けられた。松原邸の外観に似ている家が写っている。


 図書館の古い記録を漁るうちに、町の伝承の断片も見つかった。ある年配の町民が寄稿した随筆には、「戦後、子どもたちが行方不明になり、町は悲しみに包まれた。だが、ある家では『帰ってきたら笑う』という風習が生まれた。帰ってきた者を迎えるために、家族や近所の者が笑顔を作り、悲しみを和らげたのだ」と書かれていた。私はその一節を読み、胸が熱くなった。笑顔で迎えるという行為が、悲しみを癒すための儀式になっていたのだ。


「行方不明」「足音」「屋根裏」とキーワードを絞り込んで資料を漁り続けた。


 図書館を出ると、黒川先輩が待っていた。彼は町の古老、佐伯さえきさんという人に会ってきたらしい。佐伯さんは八十近い男性で、町の歴史をよく知る人物だという。黒川先輩は興奮気味に「昔はね、みんなで笑って悲しみを隠したんだってさ。『笑いで帰りを呼ぶ』って言うんだ」と話した。彼の口調は軽いが、目は真剣だった。


 私たちは翌日、町の古老たちを訪ね歩いた。古老たちは最初、取材に戸惑いながらも、次第に口を開いてくれた。ある人は「昔は子どもが多くて、遊び場も多かった。だが戦後は行方不明が増えて、夜になると家の中が静かになった」と語った。別の人は「松原さんの家は、いつも誰かが来ると笑って迎えた。笑うことで、帰ってきた者が安心するって信じていたんだ」と言った。話を聞くうちに、私はこの町の人々が悲しみを笑いで包み込もうとしてきたことを強く感じた。


 一方で、私たちは技術的な解析も進めていた。藤堂先輩は録音の波形をさらに細かく分析し、声のスペクトルを調べた。彼女は「この囁きの周波数帯は人の声と一致する。だが、声の持つ微妙な揺らぎは、録音環境の反響とも一致している。つまり、声は屋根裏で発せられた可能性が高い」と説明した。黒川先輩は「じゃあ、誰かが屋根裏で囁いたってことか」と目を輝かせたが、藤堂先輩は首を振った。「誰かが意図的にやったなら、箱の埃の付き方や指紋の痕跡がもっとはっきり残るはずだ。だが、箱の縁の油跡は確かに最近のものだ。誰かが触った。でも、それが演出かどうかはまだわからない」


 私たちは次に、松原邸を訪れたときに見つけた箱の指紋や油跡を詳しく調べるため、町の小さな博物館にある保存技術の専門家に相談することにした。専門家は親切に協力してくれて、箱の表面に残った微かな油分を採取してくれた。結果はすぐには出なかったが、専門家は「最近触れた形跡は確かにある」とだけ言った。私たちはその言葉に、少しだけ背筋が冷たくなった。


 調査を進めるうちに、私はある古い日記の断片を見つけた。図書館の寄贈資料の中に、松原家の親戚が残した手帳が混じっていたのだ。手帳は黄ばんでいて、ページの端は虫に食われていた。私は手が震えながらページをめくると、そこに小さな文字で書かれた一節を見つけた。


 > 「夜になると、誰かが来る。帰ってきたら笑う。私たちは笑って待つ。笑いは、帰る道しるべになるのかもしれない。」


 その一節の下には、日付が書かれていた。昭和二十七年の夏。私はその文字を指でなぞり、胸が熱くなった。誰かが長年、帰りを待ち続けてきたのだ。笑いで迎えるという行為は、単なる迷信ではなく、日常の中で育まれた慰めの形だった。


 だが、私たちの調査は同時に別の疑問も浮かび上がらせた。屋根裏に残された最近の痕跡は、町の若者のいたずらの可能性を示唆していた。黒川先輩は「若者の仕業なら、面白い記事になる」と言って笑ったが、藤堂先輩は「もし演出が誰かの善意から来たとしても、それが澄子さんの心を揺さぶったなら問題だ」と静かに言った。私はその言葉にハッとした。取材とは、ただ事実を掘り起こすだけではない。人の心を扱う行為なのだ。


 その夜、部室で私たちは議論を交わした。黒川先輩は「演出でも本物でも、記事にすれば町の記憶が残る」と主張した。藤堂先輩は「記事は人を傷つけることもある。取材の倫理を忘れてはいけない」と反論した。私は二人の間で言葉を探した。どちらの言い分も正しい。だが、私の胸の中には、澄子さんがアルバムをめくりながら見せた笑顔と、夜の屋根裏で聞いた「おかえり」の声が残っていた。


 結局、私たちは次の行動を決めた。まずは町の若者たちに聞き込みをして、いたずらの可能性を探ること。次に、澄子さんの家にもう一度訪れて、屋根裏の箱や人形の由来を詳しく聞くこと。そして、もし誰かが演出を仕掛けていたなら、その意図と背景を確かめること。私たちは記録者として、事実を丁寧に紡ぐ責任がある――そう自分たちに言い聞かせた。


 帰り道、私は夜空を見上げた。星は冷たく瞬き、町の灯りが遠くに揺れている。調査は進んだが、真相はまだ霧の中だ。誰かが屋根裏に触れた痕跡は確かにある。だが、それが悪意なのか、慰めなのか、あるいは単なる好奇心なのかはわからない。私たちは真実に近づくために、もう一歩踏み出す必要がある――そう思いながら、私はポテトチップスの空袋を握りしめた。黒川先輩の「幽霊の好物」説は、まだ私の中で小さな笑いを誘っていた。


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