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それゆけ、オカルト新聞部!!  作者: 鍼野ひびき


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◇ chapter 02 夕暮れの松原邸と、老婦人の語り ◇

 夕暮れの町外れは、昼間の顔とはまるで別人だった。傾きかけた陽の光がまばらに落ち、家々の影が長く伸びる。私の胸はまだ少し高鳴っていて、ポテトチップスの袋をぎゅっと握りしめると、指先に油の匂いが残った。先輩たちは私の前を歩き、黒川先輩は懐中電灯を振り回して「現場はここだ!」と大げさに宣言する。藤堂先輩は静かに後ろからついてきて、カメラバッグのチャックを確かめていた。松原邸に着く頃には、すっかり日が暮れていた。


 松原邸は、古い瓦屋根と白い漆喰の壁が特徴の一軒家だった。庭には背の高い柊の木が一本、風にざわついている。門をくぐると、家の中から柔らかい明かりが漏れていて、窓辺にはレースのカーテンが揺れていた。黒川先輩は「いい雰囲気だ、幽霊が出てもおかしくない」と言って、また私を笑わせる。私は笑いながらも、心のどこかで緊張を感じていた。


 玄関の戸を開けると、そこにいたのは松原澄子さんという、七十代くらいの老婦人だった。白髪をきちんとまとめ、和服を着ている。顔には深い皺が刻まれているが、目は澄んでいて、どこか優しい光をたたえていた。彼女は私たちを見て、にっこりと笑った。


「よく来てくれましたね。夜遅くにすみませんねえ」と澄子さんは言った。声は思ったよりも若々しく、驚くほどはっきりしていた。黒川先輩が「取材させてください」と名乗ると、澄子さんは「どうぞ、どうぞ。お茶でも飲んでいって」と言って、私たちを居間へ招き入れた。


 居間は古いが手入れが行き届いていて、畳の匂いとお線香のような、懐かしい匂いが混じっていた。壁には古い家族写真が額に入れて飾られている。若い頃の澄子さん、子どもたちの笑顔、戦前の風景写真――どれも色あせているが、大切にされているのが伝わってきた。私はその写真に目を留め、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。


「夜になると屋根裏で誰かが歩く音がするんです」と澄子さんは静かに話し始めた。話し方は淡々としているが、言葉の端々に寂しさが滲んでいた。「最初は風のせいかと思ったんですけど、歩く音は人の足音に似ていて。子どもの小さな足音、というか……」彼女はそこで言葉を切り、窓の外を見た。


 黒川先輩はすぐにメモを取り出し、誇らしげに「なるほど、足音の正体を突き止める、と。録音も写真も任せてください」と宣言した。藤堂先輩は機材を取り出しながら、「まずは状況を詳しく聞かせてください」と穏やかに促した。私はそのやり取りを見て、先輩たちの手際の良さに少し安心した。


 澄子さんはお茶を淹れながら、ぽつりぽつりと昔の話を始めた。戦後の混乱期、家族が離ればなれになったこと。子どもたちが行方不明になったこと。町の人たちが互いに助け合いながらも、どこか言葉にしない痛みを抱えていたこと。話は重いはずなのに、澄子さんは時折、昔の流行歌の一節を口ずさんだり、急に笑って昔話の小さな失敗談を披露したりして、場の空気を和ませた。そのギャップが、私は妙に心地よかった。


「夜になるとね、屋根裏から子どもの笑い声が聞こえることがあるの」と澄子さんは言った。「でもね、その笑い声は怖いというより、どこか温かいのよ。まるで誰かが帰ってきたみたいに、家の中がふっと明るくなるの」彼女の目が少し潤んだ。私はその言葉に胸が締め付けられるのを感じた。怖い話の裏にある、誰かの願い――それがここにあるのだと、直感的にわかった。


 そのとき、澄子さんはふと立ち上がり、棚の奥から小さな人形を取り出した。木製の古い人形で、顔は少し剥げているが、どこか愛嬌がある。澄子さんは人形を膝に置き、優しく撫でながら、「これはね、昔、子どもが遊んでいた人形なの。行方不明になった子のものかもしれない」と言った。私はその人形を見て、胸がぎゅっとなった。人形の目が、私をじっと見返しているように感じた。


 黒川先輩は冗談めかして「幽霊も人形も、インタビューに応じてくれれば記事になるんだけどな」と言い、場の緊張をほぐそうとした。藤堂先輩は苦笑いを浮かべながらも、カメラを構えて人形の写真を撮った。私もつられて笑ったが、心の奥では澄子さんの言葉が反芻されていた。笑い声が「帰ってきたら笑う」という行為と結びついているという話は、どこか儀式めいていて、そしてとても人間らしかった。


 そのとき、黒川先輩がふと席を外した。「ちょっとトイレ」と言い残して廊下へ消えたが、戻ってきた彼の靴底には、庭の砂がわずかについていた。私は気にも留めなかった。あの頃の私には、先輩が庭で何をしていたのかを想像する理由がなかった。


 取材の最中、澄子さんはふと立ち上がり、台所の方へ歩いて行った。戻ってきた彼女の手には、古いアルバムがあった。ページをめくると、そこには白黒の写真がぎっしりと貼られていて、子どもたちの笑顔や、祭りの風景、古い家族の集合写真が並んでいた。写真の一枚一枚に、澄子さんは短い説明を添えた。「これはお兄ちゃん」「これは隣の家の子」「この日は祭りでね」――その説明は、写真に写る人々を生き生きと蘇らせた。


 私はアルバムの中の一枚に目を奪われた。そこには、幼い子どもが数人、手をつないで笑っている写真があった。写真の端には、若い頃の澄子さんが写っていて、彼女はその写真を指差して、「この子たちがね、ある日、いなくなったの」と静かに言った。言葉は短かったが、その重みは深かった。


 その夜の取材は、ただの怪談話の収集ではないと私は感じた。澄子さんの語りは、町の記憶と個人の悲しみが混ざり合ったものだった。私たちは記録者として、その声をどう伝えるべきかを考えなければならない。黒川先輩の軽口は場を和ませるが、藤堂先輩の言葉はいつも冷静で、取材の責任を忘れない。私はその二人の間で、自分がどんな記者になりたいのかを少しだけ考えた。


 帰り際、澄子さんは玄関で私たちを見送ってくれた。「夜になったら、屋根裏の方を気にしていてくださいね」と彼女は言った。「でも、怖がらないで。あの子たちは、悪さをするわけじゃないから」その言葉に、私は少し救われた気がした。怖いものを怖がるだけではなく、そこにある人の気持ちを想像すること――それが取材の本質なのかもしれない。


 夜の空気は冷たく、私の息が白くなった。先輩たちと別れて、私は家路につく。ポテトチップスの袋は空になっていたが、手の中には澄子さんのアルバムの一枚が、心の中に残っている。屋根裏の足音は、本当に子どものものなのだろうか。それとも、誰かが作り出した音なのだろうか。答えはまだ見えない。だが、私は翌週の夜に再び松原邸へ向かうことを、心のどこかで決めていた。


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