◇ chapter 01 取材命令と、配られたポテトチップス ◇
高校の入学式の翌週、私はオカルト新聞部の部室で初めて「先輩」と呼ばれる存在に囲まれていた。正確には「囲まれていた」というより、先輩たちが勝手に私を囲んで、勝手に自己紹介を始め、勝手にお菓子を分け合い、勝手に取材ノートを見せつけてきたのだ。私はただ、笑って頷いて、配られたチョコを食べていた。
「佐伯美咲、入部おめでとう!」と、黒川先輩が大げさに拍手をしてくれた。彼は部のムードメーカー兼自称「現場主義のオカルトハンター」で、肩に掛けた古びたカメラバッグと、やたらと大きな懐中電灯がトレードマークだ。第一印象は、テレビの探偵バラエティに出てきそうな人。だけど、笑顔が人懐っこくて、すぐに緊張がほぐれた。
「よろしくお願いします!」と私が言うと、藤堂先輩が静かにカメラのレンズを拭きながら、「機材の扱いは教えるから、まずは取材の基本を覚えてね」と落ち着いた声で言った。藤堂先輩は副部長で、写真担当。いつも冷静で、黒川先輩の暴走を穏やかに受け止める人だ。彼女の存在があるから、この部はなんとか回っているのだろうな、と思った。
部室は二階の端っこにある古い教室を間借りしていて、窓際には埃をかぶった新聞の束が山になっていた。顧問の山下先生が「資料として置いておきなさい」と言ってそのままにしたらしい。壁には過去の号の表紙がピンで留められ、どれも見出しが大げさで、どれも楽しそうだった。私はその光景を見て、胸がちょっと高鳴った。高校生活、悪くないかもしれない。
「で、早速だが、新入部員には初仕事がある」と黒川先輩が言った。彼はノートを広げ、そこに書かれた文字を指差した。そこには「松原邸・夜の足音取材」と走り書きがある。
「松原さん?」と私が訊くと、黒川先輩は得意げに頷いた。「町外れに住む松原澄子さん。夜になると屋根裏で誰かが歩く音がするって噂だ。録音して、写真撮って、記事にしてこい。新人の初仕事にぴったりだ!」
「え、私が?」と私は思わず声が大きくなった。心の中では「怖い」と「やってみたい」が同居していた。オカルトは好きだ。怖い話を読むと夜中に布団を頭まで被って震えながらも、次の日には友達にその話を得意げに話すタイプだ。でも、実際に夜の一軒家で張り込むとなると、心臓が早鐘を打つ。
藤堂先輩が小さく笑って、「最初は先輩二人が同行するから安心して。黒川は口だけ達者だから、実際に頼りになるかは別問題だけど」と言った。黒川先輩は「何だと!」と大げさに憤慨して見せ、部室の隅に置かれた巨大な懐中電灯を誇らしげに掲げた。その姿が滑稽で、私は思わず吹き出してしまった。
「取材は命がけだぞ」と黒川先輩が真顔で言う。すぐに彼はニヤリと笑い、「冗談だ。命がけって言っても、せいぜい肝試しくらいだ」と付け加えた。部員たちは笑いながらも、どこかワクワクしている空気があった。私もその輪に飲み込まれていく自分を感じた。
「持ち物は?」と私が訊くと、藤堂先輩がリストを差し出した。懐中電灯、録音機、予備の電池、温かい飲み物、そして――「お菓子」。私はその最後の項目に救われた気がした。どんなに怖くても、お菓子があれば心は落ち着く。黒川先輩は「非常食」として大袋のポテトチップスを差し出し、私に一袋渡してくれた。私はそれを受け取り、手が震えるのを抑えながら袋を開けた。
「取材の目的は、現象の真偽を確かめることと、記事にすること。だけど、忘れちゃいけないのは人の心に触れることだ」と藤堂先輩が静かに言った。その言葉は、部室のざわめきの中で小さく響いた。私はその言葉を胸に刻む。怖い話の裏には、いつも人の事情や悲しみがある。取材って、ただのスクープ探しじゃないんだ――そんな当たり前のことを、私は改めて思った。
その日の放課後、私たちは簡単な打ち合わせをして、翌週の夜に松原邸へ向かうことに決めた。黒川先輩は「夜の張り込みは青春だ!」と叫び、藤堂先輩は「青春って言い方、古い」と呆れ顔。私はそのやり取りを見て、胸の奥が温かくなった。怖いことが起きるかもしれない。でも、先輩たちと一緒なら、きっと面白い取材になる――そんな予感が、私の中でふわりと膨らんだ。
帰り際、黒川先輩が私に小さなメモを手渡した。そこには「怖がり歓迎。笑い上戸優遇」と書かれていた。私は笑ってそのメモをポケットにしまった。夜の屋根裏から聞こえるという足音は、本当に幽霊の仕業なのか。それとも、誰かのいたずらなのか。あるいは、もっと別の理由があるのか。
その週の末、私はポテトチップスを握りしめて、初めての「現場」へ向かうことになる。胸は高鳴り、足は少しだけ震えていた。
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