月下のお茶会03
腕の中のティーナが足をゆらゆらさせた。降ろしてほしいときの合図である。ジョックスが跪くと、ティーナは地面に足をつけた。
鳶色の髪の男が椅子を引く。そこにティーナが座ると、男はティーナの両手を縛っていた縄を解いてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
男が赤くなったティーナの両手首に手を添える。
「あぁ、可哀想に。真白の腕が赤くなってしまっている。痛かったでしょう。後で冷やすものと薬を持ってこさせるよ」
男は労わるような表情で言った。
「そうしてちょうだい。ジョックスも手当してあげて」
「もちろん」
にこりと笑い、そっと手を下ろしてから男はティーナの隣の椅子を引いた。
「大木くんの席も用意してある。こちらに座ってくれないだろうか」
金色の瞳がジョックスに向けられている。座るつもりのなかったジョックスは答えなかった。
「座ってジョックス」
ティーナに促され、ジョックスは素直に男の引いた椅子に座った。こうしてティーナと同じ席に座るのは初めてだった。恐れ多いという気持ちと、少しの高揚感が胸でざわつく。
「今美味しいお茶を用意するよ」
男はジョックスの手首の縄を解いてから優雅な足取りでワゴンまで歩いていった。そうしてティーナとジョックスに背を向け、鼻歌を歌いながらお茶を入れ始めた。
不用心だ。
ジョックスは手首の様子を確かめながら男の背中を睨んだ。先ほどまで牢に入れられていた男を開放して襲われないとでも思っているのだろうか。確かにジョックスはティーナに言われなければ男を襲うつもりはない。それを見透かしているのだろうか。
分からない。今は何もかも、分からない。ジョックスは頭を振った。
「お茶ができたよ。ゆっくりと召し上がれ」
男はティーナの左側から紅茶を出し、同じようにジョックスにも紅茶を出した。それからもう一つ、二人の反対側にも紅茶を用意してワゴンの前に戻った。
反対側にはもう一脚椅子が用意されている。二人が座っているものよりも豪華で、真っ白な椅子である。鳶色の髪の男の分かと思われたが、男が座る気配はない。他の誰かが来るのだろうか。
ジョックスは考えながら紅茶を胃の中に流し込んだ。温かいものが身体の内側を流れていく感覚がして、鼻からさわやかな香りが抜けた。
「どう?」
「あったかいですね」
「貴方はお茶会に出さない方が良いみたいね」
ティーナは呆れたように言って自身もカップを手に取って一口飲んだ。冷えた身体が内側から温かくなっていく。
「良い香りだわ。美味しい」
満足そうに笑い、ティーナは二口目を飲んだ。
「気に入った?」
がたん
突然背後から聞いたことのない男の声がして、ジョックスは思わず席を立とうとした。しかし、その喉に刃を向けられ、中腰の状態で固まった。
「振り向くな。そのまま座っていろ」
あの、青鈍色の髪の男の声だった。腹の中で熱いものが燃え上がったが、何とか耐えてジョックスはゆっくりと椅子に座り直した。
「君も振り向くな。今ここで首を落とされたくはないだろう」
ティーナはカップを置いて微笑んだ。
「あら、貴方もいたの。酔いは醒めた?」
鳶色の髪の男の後ろ、ワゴンの後ろを通って、金と銀の間の髪色の少年……男がティーナの視界に入った。
男はティーナの問いには応えず、口をへの字に曲げるだけだった。
「君がティーナ? ティーナ・メレズディ? 思ったよりも子どもなんだね」
後ろから柔らかい笑い声を含んだ声が聞こえてくる。
「失礼な方ね。来年成人するのよ。子どもじゃないわ」
「成人していなければ子どもだろう?」
「それはそうだけれど、わたくしはれっきとした大人よ。一人で起きられるし、一人で外出だって出来るわ」
「……自分都合で朝昼いつ起きるのか分かんねぇわ、危ないから一人で外出するなって言われてんのに聞かねぇわなんですけどね」
胸を張るティーナの横でジョックスはぼそりと呟いた。
「それは良いことだね。まぁ、君が子どもかどうかはどうでも良いのだけれど、何処の誰かというのは重要だ。君はティーナ・メレズディで間違いないね?」
「えぇ、そうよ。証明しろと言われても歴代のメレズディ家の名を読み上げることしかできないけれど」
「それには及ばないよ。聞いていた特徴と一致しているし、何より、そちらの彼がいることは君がティーナ・メレズディであることを証明してくれている」
ジョックスとティーナは目を合わせた。
「ふふ、目立つでしょう? 腕も立つのよ。剣術だって誰にも負けないわ」
「ウィンと彼、どちらが勝つのか試してみたいものだね」
とりとめもない話が続く。ジョックスは初めこそ口を出したが、それからは口を閉じて聞くことに徹していた。残りの三人の男たちも何をするでもなく、二人の話を聞いている。ただ、ジョックスの後ろに立つ青鈍色の髪の男だけは全く気を緩めていなかった。
「それで、貴方、わたくしをこんなところに閉じ込めて何をするつもりなの? これで用が済むのなら、放してほしいのだけれど」
しびれを切らしたのだろう。会話の切れ目で核心に迫り、ティーナは紅茶を一口飲んだ。隣でジョックスも唾を飲む。
こんなところまで連れてこられ、一体全体何をされると言うのだろう。ジョックスは緊張した。
「何も」
声は言った。
「何かをするのは私ではない。私はされる方なんだよ」
ジョックスは頭の中にいくつも疑問符を浮かべた。
「そう。大変ね」
それだけ言って紅茶を飲む。ジョックスは眉間にしわを寄せてティーナを見た。ティーナは優雅に紅茶を飲んでいるだけで、変わった素振りを見せない。今の会話で何か分かったというのだろうか。
「そうなんだ。私は、何もしない。だから、君に問いたい。君は私に何をしてくれるんだい?」
カチャン
ティーナが珍しく音を立ててカップを置いた。
「まどろっこしい。はっきりしない方は嫌いよ。何かしてほしいのなら、してほしいと言いなさい」
「お前! なんだその口の利き方は!」
大きなピアスをした男が腰に差していた剣に手を添え、ティーナを睨んだ。ティーナはすました顔で大きなピアスの男を見たが何も言わず、紅茶を啜った。大きなピアスをした男はギリギリと奥歯を噛んだ。
「物騒なのはやめよう。ここは愉快で楽しいお茶会の席だよ。あっていいのはティーカップとティーポットにお菓子をいただくシルバーさ。剣を抜くところではないはずだ」
鳶色の髪の男はいつの間に用意したのか、立ったまま紅茶を飲んでいる。大きなピアスをした男はぐ、と堪え、手を後ろに持っていった。
「君は私に何もしてくれないと言うのかい?」
声が静かにティーナの後姿に問いかける。
「貴方が何も望まないならわたくしは何もしないわ」
ティーナは紅茶を飲み干し、カップをソーサーに戻した。すかさず鳶色の髪の男が二杯目を注ごうとしたが、ティーナは掌を向けてそれを断った。
「そうか。それは残念だ。話が出来て良かったよ。もう二度と、話すことはないだろう」
誰かが椅子から立ち、去っていく衣擦れの音がする。
しばらくして何の音も聞こえなくなると、ティーナの隣に鳶色の髪をした男が立った。
「楽しい時間は過ごせましたか? 若草の君」
鳶色の髪の男はにっこりと笑いかけた。
「美味しい紅茶だったわ。今度は暖かい日差しを浴びながら楽しみたいわ」
ティーナもにっこりと笑うのだった。




