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ワガママ姫の優雅な獄中生活  作者: あまがみ


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暗闇の中の声01

「あの声だけの男は何だったんでしょうねぇ」


「さぁ。聞いたことのない声だったわ」


 あれから牢に戻された二人は約束通り怪我の手当てをされ、その後、放置された。仕方なくジョックスはティーナを抱えたまま壁に寄りかかって胡坐をかき、近くに人の気配を感じなくなってから話し始めたのだった。


「あいつらのボスっぽい感じでしたが、いまいちよく分かんなかったっすね。姫様としたあの会話で何か分かったんですか?」


「それなりに」


「へぇすげぇ。さすが姫様ですね」


 これは何の含みもないただの称賛である。


「どうなんですか? 俺たち、こっから出られるんですかね?」


 ティーナは膝を抱えた。もちろん、尻の下にはジョックスを敷いている。


「それはどうか分からないけれど、じきに何をさせられるのかは分かると思うわ」


 ジョックスはふぅんと興味があるのかないのか分からない返事をした。


 ティーナの言葉はよく分からないことが多い。言っていることがジョックスには難しいということもあれば、比喩が独特で理解できないときもあり、理屈が分からないことも頻繁にあった。こういうとき、ジョックスはなんとなく時の流れに身を任せるのであった。そうすると不思議といつも状況が好転するのだ。ごくまれにさらに酷いことになることもあるが、その時はジョックスだけが貧乏くじを引く。


「そういやぁ姫様。ローレンス様に手紙の返事書きましたか?」


「まだよ。舞踏会が終わったら書こうと思っていたの」


「あー……そうか。こりゃまた大げさに心配しそうですねぇ……」


「お兄様がわたくしのことを大好きなのは当たり前だけれど、心配性なのは困ったものね」


 他愛のない話を始めて何十分、もしくは数時間経った頃。


「……誰か来るみたいですよ」


 ジョックスはそれまで話していた内容を打ち切り、牢の外を睨んだ。


 遠くからコツコツと岩肌を叩く足音が聞こえる。最初はジョックスにしか聞こえなかったが、次第にティーナにも聞こえるようになり、遂に足音は鉄格子の向こうに立った。


「お二人とも今晩は。私はレリアンと申します。何も言わず、私について来てくれないでしょうか」


 左手にランプを持ち、困ったように笑うのは、首の後ろで長い金髪を結び、右目に薄い紫のモノクルをかけた男だった。金と銀の間の髪色の男をベルと呼んだ男であることをティーナは覚えていた。


「悪いようにはしない……と思います」


 はっきりしない物言いにジョックスは口を開きかけたが、ティーナの指が唇を押さえたので口を閉じた。代わりにゆっくりと立ち上がり、金髪の男の前に立った。


 男は柔和に笑い、手に持っていた鍵で牢を開けた。


「こちらです」


 レリアンは先導して歩いていく。ジョックスはティーナを抱え直し、コツコツと音を立てて歩いていく男の影を追った。


 鳶色の髪の男よりも無防備に思える。よく知らない人物を背後に置くなど、ジョックスには出来ない。


 鉄格子の扉をくぐった。円形の開いた場所に出たはずだが、暗くて見えない。ところどころ蝋燭の火がついていたのが消えていた。ジョックスの目であってもほとんど何も見えない真っ暗闇だ。レリアンの灯す小さなランプの光だけが頼りだった。


 レリアンは丸い壁沿いに作られた階段を登っていった。ジョックスも階段に足をつけて、気づく。ここまで来る時に降りた階段だ。確信を持って言える。もしかしたらこのまま階段を登っていけば逃げられるかもしれない。ジョックスはティーナに目を合わせた。ティーナはジョックスを見たが、ふるふると首を振り、レリアンの背に向き直った。ジョックスは肩を落とし、大人しくついていくことにした。


 階段の途中には扉のない出入り口がいくつかあった。レリアンが三階分ほど階段を登ったところで扉のない出入り口の奥へ進んでいったので、ジョックスもそうした。


 鉄格子の壁の奥にはもう一枚、岩の壁があった。レリアンは薄暗い岩の壁に沿って進んでいき、四つ目の扉の前で止まった。


「ティーナ様。貴方に会いたいという方が、こちらにいらっしゃいます」


 レリアンが扉を叩くと中から鍵の開く音がした。


 少し時間をおいてからレリアンは扉を押した。ティーナはジョックスの腕の中から床に降り、部屋の前に立った。


 室内は真っ暗だった。月明かりのような、薄い銀の光がかろうじて家具の輪郭を映している。


 誰が何処にいるのかまるで分からない。音もないのだ。何かがいる気配がまるでない。部屋は闇を閉じ込め、しん、と静まり返っている。


 恐怖さえ感じる、音のない暗闇。


 しかしティーナは臆することなく足を踏み出した。


 暗い。真っ暗だ。何も見えない。闇に塗り潰されたような感覚がした。


「ティーナ? 貴方がティーナ・メレズディ?」


 男の声だ。茶会の席で後ろから聞こえてきた声が暗闇の中から呼びかけた。


「えぇそうよ。貴方は鳳声の方ね」


「鳳声か。貴方は何をどこまで知っているのだろう」


 レリアンとジョックスが静かに部屋に入る。するとレリアンの持っていたランプが部屋を灯し、暗闇の中から足が生えて見えた。


「二人で話がしたい。外してくれるかな」


「かしこまりました」


 レリアンは頭を下げて部屋を出たが、ジョックスは眉間にしわを寄せた。


「そんなの聞けるわけがねぇ。てめぇの姿も見せねぇやつが何をするかも分かんねぇのに、大切な主を置いていけるわけがねぇだろ!」


 ジョックスは一歩を踏み出そうとした。しかし、背に気配を感じて振り返ると、そこには腰の剣に手を添えたレリアンがいた。


「すみません」


 そう、申し訳なさそうな顔をしてレリアンはゆっくりと剣を抜く。ジョックスは身構えようとした。


「彼を止めてくれるかな? このままだと貴方か彼が死ぬことになる」


「分かったわ」


 闇の中から聞こえてくる声に、ティーナは考える間もなく答えた。


「姫様!」


「大丈夫よ。外で待っていなさい」


 かろうじて廊下の橙色の光が照らし出すティーナの首元に、闇の中から生えた剣の切っ先が突きつけられている。ジョックスはやはりティーナを一人にすることはできないと思ったが、ここで引き下がらなければティーナを助けられないことが分かった。ジョックスが少しでも動いたら、剣はティーナの細い首を貫く。


「不審な音が聞こえたら問答無用で飛び込んでくるからな」


 仕方なく、ジョックスは部屋を出た。


「それでは、ごゆるりと」


ギィ バタン

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