それぞれの従者03
「あの娘はここまで来る間に様々なことをしただろうが、俺だけでは追えないだろう。お前も手伝えセロ。ベルもだ」
「私を動かすのは高くつくよ」
「お言葉ですが、ウィンさん」
セロは微笑んで冗談めかしく言ったが、隣のベルは眉を寄せていた。
「そんな回りくどいことをしなくとも、直接あの女に聞いた方が早いと思うのですが……」
「話さないよ」
前を行くウィンの背中に言ったが、答えたのはセロだった。
「あのレディは拷問したって話さないだろう。話すくらいなら舌を噛み切って死ぬぐらいはしそうだよ」
はははと笑いながら答えるセロにベルは訝しげな顔をした。
「あの女は成人していませんよね? そんな子どもが……成人していたとしても、拷問に耐えられるとは思いません。それにどうして自害するかもしれないと考えるのですか? 誰だって自分の身がかわいいでしょう。酷い目に合わされるくらいなら吐きますよ」
ちっちっちっち、とセロはわざとらしく舌を鳴らして一本だけ立てた人差し指を振ってみせた。
「やはり君はまだまだ青葉も良いところだ。若いね。歳にしては若すぎるくらいだ。世の中をもっと知った方が良いよベルくん」
ベルは眉間にしわを寄せて「どういうことですか」と鬱陶しそうに言った。
「この世には、自分よりも大切な存在のある人間が少なからずいるんだよ。あのレディや大木くんがそれだ。あの二人は自分よりもティーナが大切なんだろう。大木くんは感情に左右されやすく、すぐに私たちに牙を剥くけれど、ティーナの言うことには絶対服従だ。ティーナが止めろと言えば、納得していなくても彼は止める。覚えがあるだろう?」
言い返してやろうと開いた口が閉じる。ベルには確かに覚えがあった。
ジョックスは相手が貴族でもお構いなしにすぐ手を出す人物だ。ベルは襟を掴まれている。ジョックスが手を放したのはティーナの一言があったからだ。それがなければ彼は手を離さなかっただろう。自分たちへの態度こそ横柄だが、ティーナに対しては身を弁えているように見えた。
「彼はティーナを己の主と認め、その身を捧げるつもりなんだろうね。素晴らしい騎士道だよ。騎士の形はしていないけれど。それはきっとあのレディもそうだ。彼女はティーナの姿をその目で見るまで何も話さなかった。というより、目の前でティーナをどうとでも出来るという脅しをかけなければ口を割らなかった。素晴らしいよ二人とも。よく調教されている」
ベルは口を開け、時間をかけて喉に詰まった言葉を吐いた。
「……そんな人間がいるのでしょうか。人は、誰しも自分が一番です。その身を挺して守れるのは精々血縁者くらいでしょう。……血縁者でも、難しいのに……。赤の他人にそれだけの価値を見出せるものなのでしょうか」
空色の瞳は純粋な色を持ってセロを見ていた。セロは肩をすくめてみせた。
「少なくともあの二人は見出したんじゃないかな。現に彼らはそういう形をしているからね。ティーナがあの二人に何をしてそうなったのかは分からない。興味深いから聞いてみたいけれどね。私たちには一生かかっても分からないことかもしれないよ。ねぇ、レリアン」
セロが後ろを歩くレリアンを振り返った。にっこり笑うセロに、レリアンは困ったような笑みを向けるだけで何も言わなかった。セロの金色の目が細くなる。
「いずれにしろ、彼らから直接情報を仕入れるのは難しいだろう。セロならまだしも俺には何も話さない。ティーナもあの男もあの娘も」
脇に逸れ、廊下を進みながらガーウィンは言った。
「私にも話してくれないよ。大木くんは口を滑らせるだろうけれど、彼は何も知らないからね」
やれやれという様子でセロは首を振る。
「だろうな。だが、やつはあれで役目を果たしている。やつがいる以上、俺は気を抜けない。一つのことに集中できないのだ」
一点集中型のウィンには効果覿面だろうね、とセロは面白そうな顔をした。
ウィンは立ち止まり、セロを振り返って彼にしては呆れたような表情をしたが一瞬で無表情に戻ってしまった。
「各々持っている情報を共有するぞ。娘一人と侮っていたが、思ったより手強い。一対一では後手に回る」
「共同戦線か。いいね。それも面白そうだ。今まで個々で行動し、交わることのなかった私たちが手を取り合うことになるとはね」
「やむを得ない。今や向こうは三人だ。気を抜くとこちらが情報を引き出されるだろう。もう、彼女らは俺たちの素性を知っている。キッドと呼ばれていた男をセロと呼び、ウィンと呼ばれていた俺をガーウィンと呼んだ。ベル。お前も悟られているだろう」
「俺も、ですか?」
ベルは目を大きくして驚いた顔をした。確かにガーウィンの屋敷に潜入し、ここまで辿りついてみせたララというあの娘は優秀だと思うが、彼にとってのティーナはただのワガママ姫なのである。間違っても素性を隠した己のことを言い当てるような娘ではない。ましてやセロやガーウィンのように目立つ特徴もない自分である。田舎貴族のワガママ姫が己のことを当てようはずもないとベルは思った。
「あぁ。気を抜くなよ。相手を侮ると一本取られるぞ。お前の悪いところだ」
しかしガーウィンは言う。ベルは腑に落ちていない表情で小さく首を傾げた。
ガーウィンはそれ以上何も言わず、目の前の扉をノックした。
「ガーウィンです」
しばらくして鍵の開く音がして、ガーウィンは扉を押し開けた。セロが微笑んでベルの表情を見てからガーウィンの後に続いて部屋に入っていく。ベルも眉間にしわを寄せ、思案しながらそれに続いた。ずっと黙って聞いていたレリアンも三人に続いて部屋に入って扉を閉めた。
バタン、と扉の閉まる音が廊下にこだまする。




