脱獄計画01
夜。それも深夜に近い。時を告げるものがなくても、大浴場から戻って来ていくらか経つのでそれくらいのことは分かった。
朝にドレスを替え、昼食を食べ、尋問され、お茶をして、夕食を食べ、風呂に入る。これを何日か繰り返したことで狂いかけたティーナの体内時計も正常に動くようになった。
そしてこの時間帯は誰も牢に寄りつかないことも分かっていた。セロ、ガーウィン、ベルの三人はティーナが風呂から上がって牢に入れられるとこの建物からいなくなる。レリアンは常駐しているようだが、彼の行動はほとんどルーティンになっており、見回りも決まった時にしか来なかった。
「ララ、よくここまで来たわ。信じていたわよ」
にっこり、ティーナはベッドの上から向かいの牢にいるララに笑いかけた。
ララの牢は初めと違ってティーナの向かいの牢になった。レリアンにティーナがお願いしたのである。ちなみにベッドも入れてある。ジョックスはまだしも女の子を岩の上で寝かせるなんてどういうことなの、とティーナが抗議したからである。
「ありがとうございますティーナ様……。ティーナ様がご無事で良かったです……。ジョックス、貴方も無事で良かったです」
ララはうるうると目を潤ませていたが、ジョックスの名を呼んだ途端に涙を引っ込ませた。声色で何となく察したジョックスは「どーも」とだけ返した。
「合流が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
気を取り直したララが頭を下げて謝ると、ティーナは首を振った。
「いいのよ。大変だったでしょう」
「いいえ。ティーナ様が導いてくださったので苦労しませんでした。……香料の強い青紫色の花……ラベンダーを好む人はまだ多くありませんから」
ララが口の端を上げると、ティーナはにっこりと笑った。
「ふふ。ララなら気づいてくれると思っていたわ。さ、これまでにあったことを聞かせてちょうだい」
はい、と言ってからララは続けた。
「舞踏会での事件はあの場にいた方々以外にほとんど広まることなくすでに沈静化しています。何か大きな力が働いたのでしょう」
「そう」
「このことを報告し、指示を仰ごうと直接的な表現は控えてお屋敷に手紙を出しましたが、ラルク様からは『安心して王都を楽しんできなさい』との返事しか来ませんでした」
「お兄様は?」
「ローレンス様は『体に気をつけて帰って来るように』と。ちなみに我が兄は『遅いようなら王都の外まで迎えに行きます』と」
「へぇ、心配性のローレンス様が珍しい」
思わずジョックスが感想を述べる。ティーナの兄ローレンスは妹であるティーナを溺愛しており、ラルクの次にこの旅行に渋った人物である。結局ローレンスは必ず手紙のやり取りをすることを条件に承諾したが、護衛役のジョックスには傷一つつけるなという指示を出していた。
「そういうことね。はぁーあ。お祖父様にしては珍しいと思ったのだけれど、嬉しくてまんまと騙されてしまったわ」
「私も気づきませんでした」
ため息を吐いてベッドに転がるティーナ。白い寝巻の裾がふわりと宙に舞う。それと同じくため息を吐いたララ。しかしジョックスにはなぜ二人がため息を吐くのか分からなかった。
「どういうことですか?」
眉間にしわを寄せて質問する。するとティーナが両手で顎を支えながら答えた。
「全てお祖父様の思惑通りということよ」
「ラルク様の? この件にはラルク様が関わってるんですか? 一体どこで、どうして」
「お祖父様とその古いお友達の計画でしょうね。ルフェールもそれらしいことを言っていたし、わたくしがこんなにもピンチなのにそんなお手紙しか寄越さないのだから確実だわ。ローレンスお兄様も、トトも知っているのでしょうね。知らなかったのはわたくしたちだけよ。まぁ最初はお祖父様もお兄様も渋っていたから、もしかしたら協力するつもりはなかったのかもしれないけれど」
酷いお祖父様だわ! と足をばたつかせて枕に顔を埋めるティーナ。トトというのはララの兄の名で、ローレンスについて宰相をしている男である。
「あのラルク様が姫様をこんな目に合わせるなんて……」
ジョックスは納得がいかない様子で呟いた。ジョックスから見たラルクは聡明で厳しいが温厚で、とにかく孫娘のティーナには甘い人物だった。そんなラルクがティーナを危ない目に合うかもしれないことに協力させるとは考えられなかったのである。
「あら。お祖父様はそういう人よ。ある程度家族は大事にする人だけれど、使い物にならなければ切り捨てる人だわ。とっても厳しいのは貴方も知っているでしょう、ジョックス。お祖父様がわたくしに厳しくしているように見えないのは、わたくしがお祖父様の良しとする水準に達しているからにすぎないわ」
「あー、そうか。なるほど」
思い当たる節があったのか、ジョックスは今度こそ納得した。
「ラルク様はどこまで把握されているのでしょうか」
「さぁ。分からないわ。どうせお祖父様のことだから全部知っているでしょう。独自で情報を集めているはずよ」
つんとした態度で言い返すティーナ。ララはそうですね、と頷いた。
「お祖父様が何をどうお考えなのかは無視よ。お祖父様は手出ししないと思うから。……わたくしを出したのはそういうことよ。わたくしでこの件を解決せよとお祖父様は言っているんだわ。何よ。ちょっと羽根を伸ばせると思ったらとんだ向かい風だわ。翼が折れて落ちて死んでしまったらどうしてくれるのよっ。酷いわっ! お祖父様もお兄様もトトも! ……落ちてやるつもりはないけれど」
文句を言って少しすっきりしたティーナはふぅ、と息を吐いてベッドに座った。
「ララ、どのくらい分かっているの?」
薄い茶色の目がララを見た。ジョックスは珍しくティーナが真剣な顔をしていると思った。
「三人の男性の素性は分かります。レリアンという方はここにずっと仕えているのですか?」
「ルフェールの召使いね。ルフェールが何も出来なさそうだから、たぶんここを離れていないと思うわ。そうよね、ジョックス」
「そうっすね。ずっとここにいるみたいですよ。朝は鍵のかかった部屋のうち、どこにあいつがいるのか調べることから始まってそれからは二時間おきに見回りだとか。必要物資はあいつらが持ってきてくれるって言ってましたし。なんかガキの頃から召使いだとか何とかも言ってました」
ジョックスは記憶を辿ってみたがいまいち詳しく思い出せず、それらしいことを答えた。
「ルフェールという方は?」
「お砂糖みたいな真白な男の方よ。ここの主。三人にわたくしの尋問を命じたみたい。とにかく世間知らずでけだものなの!」
頬を膨らませて怒るティーナ。ララは何かを察してジョックスのいる牢の方を見た。ジョックスもララが情報を求めていることを察し、あー……と言うのを躊躇ったが結局ティーナが怒っている経緯を話した。するとララも「なんて無礼な人なんですか!」と目を吊り上げて怒ったのであった。
「その男を見たことはありますか?」
その男呼ばわりである。
「ないわ」
「なるほど、分かりました。とんでもないものに巻き込まれてしまったようですね」
「その通りだわ」
またしても二人でため息を吐く。やはりジョックスには二人のこの会話だけでは分からず、あのーと言って詳しい内容を求めた。




