それぞれの従者01
「ここは本当に牢獄か?」
ベルは片眉を上げた。
岩に囲まれた室内に鉄格子。橙色の蝋燭が灯っているだけで小窓の類はない。紛れもなく牢獄である。しかしベルがそう言うのも仕方がなかった。
鉄格子の向こうには白いシーツの大きなベッドがあり、床には上等なラグが敷かれている。そればかりでなく、細長い机も用意され、赤褐色の革の背表紙の本や鮮やかな青紫色の花がある。そして桃色のドレスに身を包んだティーナは、クッションを背に挟んでベッドの上で読書をしているのだった。少し見ないうちに牢が小部屋に様変わりしていた。
「ベルたちがわたくしをここに閉じ込めているのよ。ここがどこだか、貴方たちが一番よく知っているはずでしょう」
ティーナはページをめくりながら言った。
ベルはピクリと眉を動かし、声を荒げようとしたが寸でのところで留まった。代わりに、じとっとした目を横に流した。
「それからどうして貴方がいるんですか。しかもなぜ牢に入っているんですか」
ティーナのいる牢の隣の牢。
牢の中には厚手のソファと机が置かれていて、ソファに足を組んだセロが座っていた。片手に本を持っている。扉には鍵をかけておらず、開けっ放しにしてあるとはいえ、牢でくつろいでいるなどベルには考えられないことだった。
「物事は常に変化しているんだよベル」
本から目を上げるとベルは口をへの字に曲げた。セロは肩を落とし、足を組み替えた。
「私が自由に使って良い部屋を用意してもらっただけさ。上の部屋はルフェールが日替わりで使っていて私たちは使えないだろう? だからティーナの部屋の隣に用意してもらったんだ」
「部屋って……ここは牢獄ですよ」
「いいじゃない。お話する相手が増えてわたくしは嬉しいわ」
「ありがとうティーナ。私も嬉しいよ。隣からは可愛らしい声が聞こえてくるし、この滅多に経験できない環境は創作意欲を掻きたてる。君もどうだい?」
「あらセロ。もしかしてお話を自作しているの?」
ティーナが振り返った。振り返ったところは壁だが、彼女は壁の向こうのセロを見ている。
「実はそうなんだ。いや、お恥ずかしい。まだまだ納得のいく作品は出来ていないのだけれどね」
「すごいわ! 是非わたくしに読ませてちょうだい!」
「ありがとう。完成したら真っ先に君に見せるよティーナ」
「はぁー」
ベルは大きなため息を吐いて眉間を揉んだ。これから尋問を始めるというのにこれでは緊張感も何もない。そもそもここはもはや牢獄でもなくなってしまっているではないか。
「どうしてこんなことに……」
「姫様がそう望んだからに決まってんだろうが」
棘のある低い声に視線を上げる。
ジョックスが腕を組んで睨んでいた。
ベルは眉をピクリと動かす。この従者の態度もまるで変わっていない。頭の痛い案件が日増しに山積みになっていく。
「お前の主はワガママすぎる。一体全体どういう教育をされたらそうなるんだ。親はどういう教育をしたんだ」
青い瞳の棘が増した。それを感じ取ったベルは「何だ」と訝し気な顔をした。しかしジョックスは「別に」とだけ返して顔を背けた。ベルは心の中でいくつか疑問符を浮かべたが、特別聞くものでもないと思ってティーナに向き直った。
「レリアンから食事は終えていると聞いた」
ベルはここまで来る間にワゴンを押すレリアンとすれ違っている。「今日は食事の量が少なくてすぐ終わったんですよ~」などとへらへら笑いながら去っていったレリアンのことを思い出し、彼も彼だなと思いながらベルは話を続けた。
「これから尋問を行う。出てこい」
言ってベルは牢の扉に鍵を刺した。ティーナは読んでいた本をサイドテーブルに置き、ゆっくりと身体を起こした。
「待て」
それを低い声が止めた。
すっかり開けっ放しになっている鉄格子の扉の前にウィンが立っていた。ジョックスが眼光を鋭くする。ベルは目を大きくして驚いた顔をし、声を聞きつけたセロが牢から出てきた。
「貴方まで、どうしたんですか?」
心底驚いた声を出すベル。しかしウィンはベルには答えず、顔をティーナのいる牢の中へ向けた。
「どういうことか説明してもらおう」
言ってウィンは後ろに回していた手を前に出した。手には鎖が握られており、その鎖の先には細い手首が括られていた。
鎖に引っ張られ、つんのめくように一人の少女が姿を現した。赤毛に猫のような緑色の目。メイド姿で背筋を伸ばし、胸を張ってすました顔をしている。
「ララ!」
「ララ!?」
ティーナとジョックスが同時に驚いた声を上げた。
ティーナは鉄格子に貼りつき、ジョックスは思わず前に出ようと一歩を踏み出す。しかしさりげなくセロが現れそれを制した。
「新しい登場人物だね。可愛らしいお嬢さんだ。私はセロ。貴方の名前を聞かせてくれないか?」
柔らかい笑みを浮かべ、セロは歩み寄った。ララは目を動かして牢の中にいるティーナの姿を確認し、少しだけ目を潤ませた。
感情を表したのはその一瞬だけだった。ララはすぐに涙を引っ込めると、一言だけ言った。
「黙秘します」
空気が静まり返る。
「お前、それはどういうことだ」
ベルが低い声を出す。それでもララはすました顔で「黙秘します」としか言わない。ララの態度に苛ついたベルが剣を抜こうと右手を添える。しかし抜くことはなかった。ベルとララの間にセロが入って来たからである。
「ウィン」
「……俺の屋敷にいつの間にか潜入していたのだ。そして今日、あろうことか俺のところへ直談判しにきた。『ティーナ様のところへ連れて行ってください』と。経緯や何を企んでいるのか聞いても『黙秘します』としか言わないので連れてきた」
再び空気が静まり返る。
「なるほど」
短い沈黙を破ったのはセロだった。
「なかなか骨のあるお嬢さんだ。さすがはティーナの従者だね。一筋縄ではいかないということかな。いいね。そういう女性は好きだよ」
そこまで言ってから、セロはウィンとベルを交互に見た。
「ねぇウィン、ベル。今日は私たち三人で尋問をしないか? 三対一は不公平だから、ティーナとジョックス、それからそこの彼女も入れて三対三で行うのはどうだろう」
全員がセロを見た。
「俺たちがあの方に頼まれたのはティーナの尋問だけですよ。そこの女とこいつを尋問しろとは言われていないじゃないですか」
ベルは片眉を上げて抗議する。




