銀の宝石箱02
「ありがとうセロ。ジョックスも読んでみなさい。短編集なら読みやすいわよ」
「文字は一行読むのがやっとです。それ以上は無理っす。頭に入らねぇし理解できねぇ。話を聞くと面白いとは思うんすけどね。俺は姫様に読み聞かせてもらうので十分だ」
「それは贅沢だなぁ。ティーナの小鳥のような声で極上の物語を読み聞かせてもらえるなんて、君はなんて運がいいんだ」
「そうですかね? まぁ運はいいと思うが。……レリアン。てめぇはどうなんだ? 本は読むのか?」
レリアンは頷いた。
「読みますよ。教育の一環で一通り読みましたし、今もその習慣は残っているので時々手にします」
「それは初耳だ。レリアン、水臭いじゃないか。言ってくれれば良かったのに。私が無類の物語好きだと君は知っているだろう? 何故隠していたんだ?」
分かりやすく驚いた顔をするセロ。レリアンは困ったように笑って頬を掻いた。
「セロ様ほど熱を上げているわけでもないですし、好きだと思うこともあるんですがほとんど頭の体操のような感覚で読んでいるので……。何だか申し訳なくて」
「はぁ。頭の体操ねぇ」
「好きの度合いは人それぞれよ。少しでも好きなら堂々と好きだと言って良いのよ」
ティーナはパンを頬張った。すでに魚は食べ終わっており、今持っているパンを食べてしまえば食事が終わる。
「ティーナの言う通りだ。物語はマニアのためにあるんじゃない。不特定多数のこの世の皆を喜ばすためにあるんだ。少しでも好きだと、面白いと、興味を持つのなら手を伸ばすべきだよ」
「そういうもんなんすかねぇ」
「そういうものさ」
それからも四人は他愛のない話を続けた。冗談めかしく語るセロに笑ったり、ティーナが尤もなことを言ったり、レリアンが時々辛辣なことを言ったり。ジョックスは会話に参加しながら、意識の半分は別のところに向けていた。ウィンが帰ってくる気配を探っていたのである。
いくらか時間が経ったころ、ジョックスは気配を感じ取って開けっ放しの鉄格子の扉の方に視線を向けた。足音はほとんど聞こえないが、どうやら二人分の気配が近づいてきているようだった。
ジョックスの変化に気づいたレリアン、そして、セロもティーナとの会話を続けながらそちらに視線を動かした。
「え!?」
「なっ!?」
「おっと」
突然男三人が驚きの声を上げた。ティーナも「どうしたの?」と不思議そうな顔をして男たちの視線の先を追い、目を大きくしてから細めた。
「あら……ルフェール」
白い男、ルフェールがそこにいた。白い長髪、白い肌、白い衣装に真っ赤な目。どこからどう見てもルフェールである。
ルフェールの隣にはウィンが立っている。ウィンは彼にしては怒った顔をしているようだった。
「どうしたんですかルフェール様!? お部屋から出て来るなんて……」
レリアンは信じられない、という様子で何度も瞬いてルフェールに近寄った。
ルフェールは基本的に部屋に閉じこもっていて会いに行かなければ姿を見ることが出来ない。昨日のあの時でさえ珍しいことだったのに、ウィンと共に部屋を出てくるなど今までの彼にはなかったことだった。ウィンだって閉じこもっているルフェールを外に出すような人物ではなかった。
「ウィンが謝れと言うから来た」
赤い目をウィンに向けるルフェール。ウィンは灰色の目で睨み返した。
「当然です。たとえ貴方であっても許されない行為です。レディに非礼を詫びなさい」
ルフェールとウィンの背は同じだが、鍛えられている分ついた筋肉のおかげでウィンの方が大きく見えた。
「……私は謝るべきなんだろうか」
「レディが怒っているのですよ。怒っていなくとも、女性の入浴中に断りもなく侵入するのは紳士としてあるまじき行為です。反省なさい」
ウィンがルフェールを窘める。これではどちらが主か分からない。ウィンの方が大きく見えるのは体躯の所為だけではないかもしれなかった。
「謝るの?」
「謝ってください」
威圧するウィン。
「ティーナ……。なんだか分からないけれど私は貴方に謝らなくてはならないようだ。……ごめんなさい」
余計な言葉はあったが、ルフェールは素直に謝った。
レリアンは驚いて目をぱちくりさせ、ジョックスはそれでも許せないという顔をして睨んだ。当のティーナはというと、両手に銀の箱を乗せて小首を傾げていた。
「これは貴方がくれたの? ルフェール」
「うん」
ルフェールはこくりと頷いた。
「昨日の貴方はすごく怒っていた……。貴方はいつも私に怒るから、また私が貴方を怒らせたんだろうと思って用意したんだ。……甘いものを食べたときのティーナはとても可愛らしく笑うから……笑ってもらいたくて……」
ぽつりぽつりとルフェールは語った。
ルフェールは悪いことをしたとは全く思っていない。言動一つをとっても反省しているようには見えない。謝ったのもウィンに言われたからだ。けれど彼は、心の底からティーナに笑ってもらいたいと思っているようだった。
美しい、銀の箱。銀細工は値が張る。小さな箱一つで家が建つ。おまけに中に入っていたのは砂糖菓子だ。砂糖のカタマリはまだまだ貴重な代物で、物によっては銀にも引けをとらない。そんな高価なものを、ティーナのためだけにルフェールは用意したのである。
「そう」
ティーナは銀の箱を開け、砂糖菓子を一つつまんで口に入れた。砂糖菓子は口の中でほろほろと崩れ、溶けていく。口の中いっぱいに広がる優しい甘さにティーナは思わず笑顔になった。
「ありがとうルフェール。昨日のことはなかったことには出来ないけれど、許してあげるわ」
優しい笑顔だった。ルフェールも安堵した様子で微笑んだ。
「貴方こそ、砂糖のようだ。笑顔は柔らかいし、何より身体が柔らかい」
「……」
ティーナが真顔になった。
「色も白くて、良い香もした。今までに感じたことのない気持ちになったよ。もう一度その気持ちを味わってみたいから、また一緒にお風呂に入って貴方の身体を触ってみたい」
ティーナは銀の箱を閉めてサイドテーブルに乗せ、そっとベッドに寝転がって頭から布を被ってしまった。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわ! けだもの! 貴方は天使の皮を被ったけだものよ!」
布の中から怒号が響く。ルフェールは小首を傾げた。
「どうして怒るんだろう……」
はぁ。ジョックスは大きなため息を吐いて腕を組んだ。ここまでくると怒りを通り越して呆れる。どうやらレリアンも同じことを思ったようで、困ったような顔で曖昧に笑っていた。
「……私が教育しておきます、レディ」
ウィンでさえもため息交じりだった。ただ一人、
「ふふっあっはっはっは!!」
セロだけが大きな声を上げて笑った。
「いやぁこんなに面白いものが見られるとは! 失礼ティーナ。君には申し訳ないけれど、可笑しくってね!」
大きな口を開けて腹を抱え、楽しそうに笑うセロ。
「ふん! 好きなだけ笑えばいいわ!」
ティーナは鼻を鳴らし、
「そんなに大きな声で笑うセロを初めて見た」
セロの笑い声が響く中でルフェールはぽつりと呟いたのだった。




