銀の宝石箱01
「わたくしは怒っているわ!!」
「本当にすみません……」
ぷんぷん音が聞こえる。
淡黄色のドレスを着たティーナは食事をしている。今日のメニューは焼き野菜と白身魚のポワレ、ジャガイモのスープ、バターたっぷりのパンである。
「反省してんですかあの男は? まるで悪いと思ってねぇみたいでしたけど」
ジョックスは腕を組んで眉を寄せ、鋭い目つきでレリアンを睨んでいる。レリアンは首を下げて身体を丸め、申し訳なさそうな様子だ。
「反省していると思いますけど……たぶん。いや本当に……こればかりは弁明のしようもありません……」
「反省とは?」
低い声がして、レリアンとジョックスは振り返った。
ウィンが鉄格子の扉の前に立っていた。どうやら尋問の時間になったらしい。初日はベルがゆっくり食事をするティーナを待つ時間があったため、それを考慮したレリアンが以降は尋問の時間を遅らせて調節してくれたのだが、今日は間に合わなかったようだった。ティーナの皿にはまだパンと魚が半分くらい残っている。
「すみませんウィン様。ティーナ様はお食事中ですので少し待っていただけますか?」
レリアンが断りを入れる。ジョックスは何も言わずウィンを睨むだけだ。
今にも殴りかかりそうな殺意のこもった目で。
ウィンの尋問の時にティーナが泣かされたことが大きな原因だった。あの舞踏会の夜、二人を捕らえたのが彼ということにジョックスが気づいたということもある。ジョックスが彼に飛びかからないのは、彼には隙が無いと分かっているからだった。
それはウィンも分かっている。だからウィンは剣に手を添えたまま気を抜かないし、ジョックスに話しかけもしない。ウィンはジョックスを一瞥しただけですぐに視線を外した。目が合えば殺し合いになることが分かっているからである。
「それは、待つ。しかし反省とは何だ。何かあったのか?」
「えっと……」
レリアンは言い淀んだ。言うべきか言わざるべきか迷っているレリアンに、ウィンは珍しいなと思った。他に情報がないか探して動かした目に不機嫌そうな顔でもぐもぐ口を動かしているティーナが映ったので、ウィンは彼女が関係しているのだろうなと予想を立てた。
「言う必要がないのなら言わずとも良い。それより、これを。あの方からの依頼で買ってきた物だ」
ウィンが左手に持っていた箱を差し出した。
掌に収まる大きさの、凝った装飾の施された銀の箱だった。ところどころに赤色の石がついていて、蓋には一際大きなものがついている。
「あら、綺麗ね」
ティーナが思わず嬉々とした声を出す。
「貴方に買ってくるよう言われたのだ」
灰色の目をティーナに向け、銀の箱をレリアンに手渡した。レリアンはウィンから箱を受け取り、鉄格子の隙間からティーナの手に箱を置いた。ティーナの小さな手には少し余るくらいの大きさだ。
「何かしら」
蓋を開けるティーナ。
「……可愛いわ。宝石箱ね」
中には砂糖菓子が詰まっていた。白、桜色、淡藤、鳥の子、白緑。花の形をした色とりどりの砂糖菓子。
ティーナは目をキラキラさせてその一つをつまんで口に運んだ。
舌の上に乗せ、ゆっくりと溶かす。
「上品な甘さね……。とっても美味しいわ」
ほろ、と笑顔が零れた。
今まで申し訳なさそうな顔をして恐縮していたレリアンはやっと安堵した。
「やっと笑顔が見られましたぁ」
「誰の所為でこうなったと思ってんだ」
ジョックスはじと、とレリアンを睨む。レリアンはあははと力なく笑った。
「やぁ紳士淑女の皆さん。ご機嫌麗しゅう。それはルフェールからの詫びの品かな?」
抑揚のある声に似合う大げさな登場文句。
セロがいつの間にかウィンの隣に立っていた。気配に気づかなかった男たちはそれぞれに驚いてセロを見た。
「セロ様!? 今日は貴方が来る予定では無いですよね?」
「気配を消して隣に立つな」
大きな声を出したレリアンの裏で、ウィンが眉を少しだけ寄せて抗議する。セロはウィンの肩を叩いてからレリアンとジョックスの間に立った。
「いやぁ、面白いものが見られるのではないかと思ってね。うん、さすがルフェールだ。彼にはやはり審美眼があるね。素晴らしく素敵なお詫びの品だ」
見事の装飾のされた銀の箱に入った可愛らしい砂糖菓子を観察して感想を述べるセロ。ジョックスは「こんなもんもらっても昨日のことは帳消しにならねぇからな」と不機嫌そうな声を出した。
「お前たち、先ほどから何だ。反省や詫びなどと口にして。昨日、何かあったのか?」
ついにウィンは分かりやすく眉間にしわを寄せた。この場で昨日のことを知らないのはウィンだけだ。一人だけ蚊帳の外にされて気分がよくないのだろう。
しかしレリアンとジョックスは顔を見合わせて沈黙し、ティーナは口をきゅっと結んで開こうとしなかった。
恥ずかしさと情けなさで口にできないティーナ。さんざんティーナに教え込まれた乙女の気持ちを察して口を閉ざすジョックス。レリアンがルフェールの失態を話せるわけもない。不自然な沈黙が降りた。
「……気になるならルフェールに聞いてみると良い。彼が昨日の物語のメインキャストだからね」
黙っていても埒が明かないと思ったのか、セロが笑顔でウィンを振り返った。ウィンは訝しげな顔をして「分かった」と踵を返した。どうやら本当にルフェールのところへ事情を聞きに行くことにしたらしい。気配が遠のいていく。
「ウィンって真面目よね」
彼が完全に去ったタイミングでティーナは魚をほぐしながら呟いた。
「そうだね。真面目すぎる、融通の利かない男だよ彼は。けれどそこが良い。楽しい会話は出来なくても、彼の行動は時々面白いよ」
それだけ言ってセロは何かを思い出したような顔をして「これを」とティーナに分厚い本を差し出した。赤褐色の革の表紙には白い文字が彫られている。
「まぁ! ありがとう!」
魚を飲み込んでから本を手に取った。
「デヴォンの短編集だ。今の君にはピッタリかと思ってね」
「嬉しいわ! デヴォンに短編集があったなんて知らなかったわ」
「あまり出回っていないからね。この世に十冊とない貴重な本だよ。読んで気に入ったらあげるよ。私はもう一冊持っているからね」
「えっそんな貴重な本を姫様にあげちまっていいんですか?」
ジョックスがセロの頭の上からティーナを覗き込む。セロは平均的な身長だが、ジョックスと並ぶと小さく見えた。
「構わないとも。本は読まれるためにあるのさ。私の書庫に置いてあるだけでは勿体ない。良ければ君も読むと良い」
「遠慮します。俺には本は難しすぎる」
ジョックスは苦い顔をして首を振った。




