ベルの尋問02
ベルはため息を吐き、鍵を使って牢を開けた。ティーナがベッドから降り、開いた扉の前に立つ。しかし、なかなか出てこなかった。
「何をしている?」
ベルが眉を曲げて問いかけると、ティーナは言った。
「床が汚れているから歩きたくないわ」
「は? 君は何を言っているんだ」
「床が汚れているから歩きたくないと言ったのよ。貴方、わたくしを抱えてくれない?」
ティーナは両手をベルに伸ばした。
「なっ!? どうして俺が君を抱えなきゃいけないんだっ!」
ベルはあからさまにうろたえた。頬も赤い。どうやらあまり女性の扱いには慣れていないようだ。
一方、男女問わずよくしてもらうことに慣れているティーナは頬を膨らませていた。
「こういう時は二つ返事で『はい』なのよ」
「こういう時もどういう時もない!」
「あら。貴方、雨上がりの日に女の子がドレスの裾を汚しそうになったらどうするつもりなの? まさかそのまま歩かせるつもりじゃないでしょうね? 避けて通れないのなら、抱えるくらいしてほしいものだわ」
う、と言葉に詰まるベル。ベルが言葉に詰まっている隙にジョックスが二人の間に大きな身体を割り込ませた。
「俺が抱えますよ姫様」
「さすがジョックスね」
ティーナは身を屈めたジョックスの腕の中に収まった。ティーナを抱えたジョックスが上からベルを見下ろし、にやりと笑う。ベルは怒りで顔が熱くなるのを感じた。
「こっちだ! こっちに来い!」
カッカッと足を鳴らし、ベルは先を歩いていった。ジョックスは目を細めてからその背を追った。
ベルが案内したのは、牢と円形の広場を仕切る鉄格子の扉の左隣にある部屋だった。木でできた扉を開けると、明るい光が目を焼いた。鉄格子の窓から陽の光が入っていて、部屋を照らしているのである。そして、部屋には二つの椅子が向かい合わせで置かれていた。
「久しぶりに陽の光を見たわ」
部屋に入ったティーナが嬉しそうに呟いた。ジョックスもそうっすね、などと口の端を上げて返す。
「君はその椅子に座るんだ。そしてお前は出ていけ」
ベルはティーナに奥の椅子に座るよう指示し、次にジョックスを睨みつけて追い立てた。ジョックスは眉を寄せて嫌そうな顔をしたが、ティーナがにこにこと手を振っていたので仕方なく部屋を出た。
ふぅ、と息を吐くベル。
「ようやく尋問が始められるな」
そう言ってティーナに向き直った。
ティーナは椅子の傍に立っている。
「座れ」
もう一度指示する。するとティーナはむすっとした顔をした。
「もっと優しく言ってちょうだい。わたくしは容疑者のようだけれど、犯罪者ではないのよ」
ベルはう、と口をへの字に曲げてからため息交じりに言った。
「座るんだ」
「もっと優しく」
「……座ってほしい」
「いいわ」
ティーナは椅子にちょこんと座って手と足を揃えた。こういうところはさすが、貴族の生まれである。
「……まず、状況を整理しよう」
言いながらベルは向かいの椅子に座った。
「舞踏会で男が殺された。その男が死ぬ直前にダンスをしていた相手は君に間違いないな?」
「そうよ」
「それで君は容疑者となり、ここに連れてこられた」
「そうみたいね」
「俺は君を尋問し、情報を集め、君が人を殺したという罪を犯したのかそうでないのか適切な判断を下す役を命じられた」
「それってすごいことよね。貴方、すごい人なのね」
ティーナは大きな目をキラキラさせた。
「えっ。ま、まぁ……この役は俺を合わせて三人しか命じられていないからな」
ベルが少し言葉に詰まる。ティーナはふふんと笑い、人差し指を顔の横で立てた。
「当ててあげるわ。あのお茶会にいた方たちでしょう? 鳶色の髪の方と、青鈍色の髪の方よ」
「そうだ。彼らと俺で君を尋問する」
「そうなの。見たことのある方で良かったわ。あの場では自己紹介できなかったから、今しましょう。わたくしはティーナ・レイラ・メレズディ。ティーナと呼んで。貴方は?」
「俺はベルナ……ベルだ。ベルと呼んでくれれば良い」
ベルは一度言葉を切り、気を取り直して名前を言った。
「そう、ベル。よろしくね」
ティーナが右手を出す。ベルは差し出された手とにっこり笑うティーナの顔を交互に見て悩んでいる様子を見せたが、結局握手をした。好意的に握手を求める手を無下には出来なかったのである。
「……よろしく」
ぼそり、とベルは呟いた。
「それで、ベルは何が聞きたいの?」
ティーナは小首を傾げた。するとベルは少しだけ目を反らした。
「君が」
「ティーナと呼んで」
「……ティーナが、あの男を殺したかどうか。俺はそれが聞きたい」
視線を戻すとティーナが真剣な顔をしていたので、ベルもじっとティーナを見た。
「わたくしはあの方とダンスをしただけよ。それ以外は何もしていないわ。お話さえも。あの方が亡くなって一番驚いたのは目の前にいたわたくしよ」
ティーナは大きな胸を右手で押さえた。
「君の……ティーナの話をそのまま鵜呑みにすることはできない。やってないという証拠があれば良いが、ないだろう。ティーナは彼が死ぬ直前に傍にいて、彼の手を握っていたのだから」
「やったという証拠もないでしょう」
「それは、そうだが」
「そもそもわたくしは彼の死因を知らないわ。だって彼は綺麗に亡くなっていたんだもの。大きな傷を負ったようではなかったし、毒を飲んだわけでもなさそうだったわ。踊り終わったら、本当に、突然倒れてきたのよ。じわじわと身体を蝕む毒でも飲んだのかしら。それともいつの間にか小さな傷をたくさん負っていたのかしら」
唇に人差し指を当て、目を伏せて考えるティーナ。
「……毒だ」
ティーナは目を上げた。
「彼は毒で死んだんだ」
ベルは床を見つめた状態で呟いた。
「飲まされたの?」
ティーナが前のめりになる。




