ベルの尋問01
香り立つ温かいお茶とバターたっぷりのパン。赤ワインで煮た子牛のフィレに、デザートは甘くとろけるチーズケーキ。
「……良いご身分だな」
鉄格子の中である。
牢獄にそぐわない白いシーツの大きなベッドに座り、サイドテーブルの上に乗ったそれらを食べる淡い青のドレスの少女に向かって少年……いや、男が嫌みたらしく言った。
「食べたいのなら少しあげても良いわよ」
ティーナはにっこりと笑った。
「誰が食べたいと言ったんだ。俺は囚人の分際でどうしてこんな厚遇を受けているのかと詰ったんだ」
金と銀の間の髪色の男、ベルは眉を曲げて不機嫌そうな顔をする。
「てめぇ。姫様を詰るとは良い度胸じゃねぇか」
ベルの後ろでジョックスが青い目を光らせる。ベルが振り返ると、大きなピアスが音を立てて揺れた。
「従者がこのレベルだ。主の底も知れているな」
「姫様を悪く言うんじゃねぇ!」
「まぁまぁお二人とも。落ち着いてください。お茶でも飲みますか?」
困ったように笑うレリアンが二人の間に入って仲裁をする。
「もう一杯入れてくれるかしら」
「はい、ただいま~」
しかしティーナに呼ばれ、お茶を入れに離れてしまった。また喧嘩が勃発するかと思いきや、ベルもジョックスも呆れた顔をしてティーナを見ていた。
「君は俺の話を聞いていないのか」
「姫様ぁ。お茶はまぁ良いとして、そんな不味いもん食わねぇでくださいよ……」
ティーナはレリアンが入れてくれたお茶を口に運ぶ。テーブルの上の料理は全てなくなっていた。
「聞いているわよ。取るに足らないことだったから流しただけよ。もっと楽しいお話をしましょう。それからジョックス。美味しいわよこのお料理」
「美味しいですか!? 良かった~! 今度は美味しいと言ってもらえるように頑張ったんですよ!」
何かを言おうと口を開いたベルとジョックスだったが、レリアンが間髪入れずに嬉しそうな声を上げたので言えなかった。
「レリアンが作っているの? すごいわね!」
「ありがとうございます~。褒めてくださったのはティーナ様が初めてです」
照れたように笑い、レリアンは頬を掻いた。
「何でも作れるの?」
「そうですね。食べたことがあるものなら作れると思いますよ。……たぶん」
「それじゃぁお夕食はお野菜がたっぷり入ったスープを飲みたいわ! それからバターたっぷりのパン!」
「ティーナ様はお野菜もお好きなんですね。貴族にしては珍しいです」
「あら。お野菜も美味しいわよ。食わず嫌いをして美味しいものを美味しいと言えないなんて、気の毒だわ」
レリアンはふふ、と笑った。
「そうですね。では、野菜たっぷりのスープとバターたっぷりのパン。それから子牛のフィレステーキをご用意いたしますね。デザートにチェリーパイはいかがですか?」
「食べたいわ! ありがとうレリアン! 嬉しいわ!」
ティーナは手を叩いて喜んだ。目の前で大げさに喜んでくれるティーナを見て、レリアンはにこにこ嬉しそうに笑っている。
ため息が聞こえた。ジョックスのものより少し高いので、それがベルのものだというのはすぐに分かった。
「君たちはお気楽だな」
ベルの言う通りである。牢の中の人物と牢の外の人物が直接する話の内容、雰囲気ではない。
「まぁいい。そうしていられるのも今の内だけだ。君、もう食べ終わったな? だったら行くぞ。君はこれから俺の尋問を受けるんだ」
「尋問?」
ジョックスが何を言っているんだという声でベルのつむじを睨みつけた。ベルはジョックスの視線に気づいていたが無視し、ジョックスの問いに対する答えをティーナに返した。
「君たちは舞踏会の場で人を殺したかもしれない容疑者だ。この城の主はそれを憂い、俺たちに君を尋問するよう命じた。これから毎日、疑いが晴れるまで俺たちが交代で君を尋問する」
ティーナはこくりと紅茶を飲み下す。その薄い茶色の瞳がじっとベルを見つめていた。ベルはむ、とした顔をした。
「君は……ぐぇっ」
言葉が喉に詰まった。後ろから強い力で襟を引っ張られ、首が締まったからだった。
「容疑者だと!? 姫様は無実だ! そんな扱い、俺が許さねぇ!」
言わずもがな、犯人はジョックスである。ジョックスはベルの襟に指を引っ掛け、引っ張り上げたのである。
「くっお、いっ! 放せっ!」
ベルが暴れる。しかしまるで意味のない抵抗だった。第一に体格が違い過ぎる。ジョックスとベルとでは身体が二回りも三回りも違う。そして力の差も歴然としていた。ジョックスは片手でベルの踵を浮き上がらせているが、ベルはジョックスの手を外せないでいるのである。
「ジョックス、いいのよ。放してあげなさい」
カップをソーサーに戻したティーナがたしなめるとジョックスは放り出すようにベルを開放した。ベルはげほげほと咳き込み、ジョックスの胸ぐらを掴んで引っ張った。右手には長剣を持ち、ジョックスの首に突き付けている。
「お前! 使用人の癖に俺にたてつくとは何事だ! 串刺しにしてやろうか!?」
「やってみろよ。てめぇの剣じゃ俺の身体は貫けねぇぞ」
ジョックスは素手でぐっと長剣を掴み、力を込めた。
「!」
剣が押し返される。指の腹で掴んで力を込めているだけなのに力負けする。
どんな馬鹿力だ、とベルは心の中でジョックスを詰った。
「お二人ともやめてくださいよ~。大怪我してもここでは十分な治療ができませんからね。自己責任ですよ!」
「弟分ができて嬉しいのは分かるけれど、やりすぎてはいけないわよジョックス。ほどほどになさい」
「嬉しくないっすよ!」「誰が弟分だ!」
二人そろってティーナに抗議した。
「あら。綺麗に揃ったわね」
ティーナがふふ、と笑う。
ベルが空色の目を動かす。ジョックスが青い目を動かす。それが合うと、二人はそれぞれ舌打ちして顔をそらした。それも揃っていたのでティーナはくすくすと笑った。
ベルは目を閉じて眉間に指を当て、心を落ち着けようとした。ジョックスは手を組んで手を出さないように自制することにした。
「……君を別の部屋へ連れていき、尋問する。お前はその間レリアンから離れるな」
「てめぇの指図は受けねぇ」
ベルの眉がピクリと動く。
「レリアンを手伝ってあげてジョックス」
「……姫様がそう言うのなら」
ジョックスは素直に頷いた。




