それぞれの願い事06
ルフェールは頷いた。
「そう。それでは私のお願いを話そう。貴方にはレリアンとキッド、ウィン、ベルと仲良くなって彼らから一定の信用を得てほしい。貴方が彼らの信用を得られたと判断したら、次のお願いをするよ。私のお願いはその二つだけだ」
ティーナは考える素振りを見せずに頷いた。
「分かったわ。それじゃぁまた二つ目のお願いの時に、わたくしもルフェールに新しいお願いをするわ」
「どんなお願いをされるのか楽しみだな」
ルフェールの顔ににっこりとした笑みが貼りついた。ティーナは目を細め、楽しみにしていてちょうだいと返した。
「お話はそれだけね。わたくしは戻るわ」
これで話は終わりだと判断したティーナは席を立って踵を返した。ルフェールは座ったままティーナを見送るだけで何も言おうとしないので実際そうなのだろう。
「ねぇルフェール」
ティーナが通路の入り口で立ち止まって振り返った。ルフェールは何だい、と問いかける。
「わたくしこの迷路がどうなっているのか分からないの。このままじゃ戻れないわ。牢まで案内してくれない?」
首を傾げて可愛らしくお願いするティーナ。
ルフェールは動かずティーナを見つめていた。まるでよくできた彫刻のようだった。
数秒後、ルフェールは至極ゆっくりとした動作で立ち上がってティーナの傍まで来た。線は細いがティーナより頭二つ分くらい大きい。
「レリアンがいるところまで案内しよう」
「そうして。前を歩いてちょうだい。わたくしは後をついて行くから」
そうしよう、と頷いて先を歩き始める。ティーナは三歩の距離を開けて後ろをついていった。
ルフェールは床を滑るように歩いた。体幹が良いのか身体も揺れないので、幽霊が歩いているようだった。不思議なことに足音も鳴らない。コツコツと響くのはティーナの足音だけのように思えた。
来た時のように右に左に何度か曲がって進んでいく。動きがゆっくりだからか、行きは疲れを感じたティーナだったが、帰りは感じなかった。体力のないティーナを気遣ってのことではなく、もともと動きが遅いのだろう。
「姫様!」
前方で足音を聞きつけたジョックスが右からひょこりと顔を出した。左側からはレリアンが顔を出している。
「ルフェール様もいらっしゃったんですか?」
二人の立っていた狭い道の終わり、円形の広場にルフェールとティーナが出てくるとレリアンは驚いた声で言った。
「戻れないと言うから案内しただけだよ」
ルフェールはちらとティーナを振り返る。ティーナはジョックスに安否を確認する声をかけられ、大丈夫だと笑って返していた。
「呼んでくだされば良かったのに……」
「彼女を一人にできないだろう。それにレリアンがここにいたのなら、私が声を張り上げても届かなかったよ」
「申し訳ありません。お声の届くところにいるべきでした」
「いや、聞こえないところにいて欲しかったから謝る必要はない」
「ということは話した内容は教えてくださらないんですね」
レリアンはしゅんとした顔をした。
「一部は話すよ。そうしないといけない理由があるからね」
「そうよ。ルフェールだけが知っていても仕方ないことがあるの」
少し離れたところでティーナが口を挟む。ジョックスはティーナを見て眉を寄せ、レリアンはルフェールを見て首を傾げた。
「五つのお願いを聞くことにした」「五つのお願いをしたのよ」
二人は同時にそれぞれの従者に説明した。一つ目のお願いから五つ目のお願いまで。そして五つ目のお願いを叶えるにあたってルフェールが出した条件も。
「姫様そんなこと言ったんですか?」
ティーナの五つのお願いを聞き終えたジョックスはほとんど呆れた声で眉を寄せ、
「はぁ。さすがティーナ様ですね」
レリアンは気の抜けた返事をした。ルフェールはそう、と頷いて続けた。
「早速ベッドを牢の中へ入れてあげて。上の部屋にある物を持っていけば良いよ」
「えっ上の、ですか? ベッドを持って階段を下まで降りるんですか!?」
「うん」
ビックリした声を出すレリアンに対し、ルフェールは落ち着いた声だった。
「今すぐじゃないといけないんですか!? もう少し人手のある時では……」
「だめよ。今すぐ運んでちょうだい。そうしないとわたくしが眠れないわ」
ティーナがすぐに否定した。ルフェールは「だって」とだけ付け加える。まるで他人事である。
「そもそもどのベッドも大きいから入るかどうかも分からないんですが」
「入れるのよ」
「入れるそうだよ」
「無茶言いますね!」
レリアンはうー、と唸ったが結局折れた。
「わ、分かりました。何とかします……」
断ることは出来ない。ルフェールの辞書にもティーナの辞書にも不可能という文字はないらしい。自ずと使用人の立場にあるレリアンにも不可能という文字はなくなる。二人の願いを聞くしかない。
レリアンは肩を落とし、とぼとぼと階段に向かっていった。可哀想な後姿だった。
「ジョックス手伝ってあげなさい。貴方がいれば運んでくることくらいは出来るでしょう?」
「出来ますが、姫様はその間どうするんです? あの白いやつと二人きりになるんだったら拒否しますよ」
ジョックスはあからさまな態度でルフェールを睨んだ。それにルフェールがにこりと笑みを貼りつけて返すものだから、さらにジョックスの表情は険しくなった。
「約束したばかりだから当分は大丈夫よ。行ってちょうだい。わたくし眠いのよ。レリアンを手伝って、早くわたくしを休ませてちょうだい」
確かに。
慣れない生活で消耗したティーナを早く休ませてあげたいとジョックスは思った。路上育ちのジョックスにはまだ序の口でも、温室育ちのティーナはとうに限界がきているはずだった。
ジョックスはティーナとルフェールを交互に見てからため息を吐いた。
「分かりました。早く済ませます」
それだけ言って走ってレリアンを追った。ジョックスの大きな影はあっという間に階段を登っていたレリアンに追いつき、肩を叩く姿が橙色の光に照らされた。
「……」
「……」
残された二人は二メートルくらいの距離を開け、無言で立っていた。ティーナはじっと見つめているルフェールの視線に気づきながらも口を開けず、また、目も向けなかった。
「……」
ルフェールの影が揺れ、ティーナに近づいた。するとティーナはルフェールが距離を詰めたぶん離れた。
「……」
もう一度ルフェールが一歩を踏み出すと、再びティーナは横にずれた。




