それぞれの願い事05
「ほらジョックス。お腹が空いているでしょう? お食べなさい」
その半分を右隣に立っていたジョックスの口に運んでやる。身を屈めて大きなケーキを口に含んだジョックスはもぐもぐと口を動かして飲み込んだ。
「美味しい?」
「甘いっすね」
「本当、貴方ってだいたいの味しか分からないわね」
ティーナは呆れたように言って自分用に小さく切ったケーキを口にした。途端、ティーナの顔がぱっと輝いた。
「美味しい! とっても口当たりがよくてほどよく甘いわ」
うっとりした顔で二口目を食べるティーナ。
「幸せだわ」
頬に手を当て、満足そうな顔をする。
それからティーナは机の上に乗っているお菓子をひとしきり食べていった。とろとろのリンゴ煮の包まれたパイ、ジャムとクリームをたっぷり乗せたスコーン、サクサクのクッキー、とろけるチョコレート。手にするたび半分以上をジョックスに分けているとはいえ、一度に食べる量を越えているように見えた。
「ネズミじゃなくてオオカミがお腹の中にいるのかもしれない」
ルフェールは興味深そうにティーナを見ながら呟いた。
「それで、貴方の考えはまとまったの? ルフェール」
机の上のお菓子が半分くらいになったところでようやく満足したのか、ティーナはゆっくり紅茶を飲みながら問いかけた。それまでじっとティーナの食べる姿を観察していたルフェールが視線をレリアンに動かした。
「二人で話がしたい。外してくれるかい?」
「かしこまりました」
レリアンは頭を下げ、踵を返す。
「ジョックス、貴方も」
ティーナに言われ、ジョックスは眉を寄せたが大人しく従って二人そろって狭い道を引き返していった。足音が遠くなっていく。
完全に足音が聞こえなくなったところでルフェールが口を開いた。
「貴方に言われて考えてみたよ。私が生き残るために、貴方に何をしてもらうか」
ティーナはカップを置いた。
「私は命を狙われている。会場で私に似た人物が殺されたところを見ただろう。彼は特別に用意した私の影武者だった。私があの舞踏会に参加するという噂を流し、実際にこの城から姿を消して本当に舞踏会に参加するような芝居を打ってみたら彼が殺されたんだ」
物騒な世の中だよね、とルフェールは漏らす。
「私はこの岩の城から出たことがなく、私を知る者は少ない。私を認識しているのはレリアンとキッド、ウィン、ベルだけだ。私を殺そうとしている人物はその中にいるようだ」
ルフェールはどこか他人事のように、淡々と説明する。身近な者に命を狙われているというのに、動揺もなにもしていないようだった。
「まだ今は誰が私の命を狙っているのか分からない。だからその人物を炙り出す策を考えたよ。貴方にはその策に協力してもらう」
赤い瞳がティーナを見る。するとティーナはお茶を一口飲んでから言った。
「ルフェールがわたくしのお願いを聞いてくれるのなら良いわよ」
「お願い?」
「そう。ルフェールだけわたくしにお願いして、わたくしには何の得もないなんてやる気が起きないわ」
「貴方はこの状況で私に願いを叶えさせるつもりなのかい?」
ルフェールは驚いていた。
ここはルフェールの城だ。周りを岩で囲み、人を制限し、光が届かなければ情報も漏れない外から隔離された城である。人が消えても誰にも分からない。そしてその決定権はこの城の王であるルフェールにある。ティーナ、それからジョックスの命はルフェールにかかっている。彼の要求を断れるはずがない。万一ティーナが断ったとしてもルフェールは何も困らない。またティーナのような存在を見つければ良いだけの話だ。そのため交渉はほとんど無意味だった。
圧倒的にルフェールが優勢で何の交渉権もないというのに、ティーナは己の要求を通そうとする。
「そうよ。わたくしがルフェールのお願いを断れないのは百も承知よ。けれど、わたくしだって聞いてもらいたいことが十や二十はあるのよ」
「多くないかい?」
「女の子はワガママな方がかわいいでしょう?」
落ち着いた態度でカップに口をつけてお茶を飲み下すティーナ。
「決めてちょうだい。わたくしのお願いを聞くの? 聞かないの? どっちなの?」
「……また一日待ってくれはしないだろうか」
「もう待たないわ。これくらい即決なさい」
ルフェールは右手を顎に持ってきて目を伏せた。ティーナはカップを置き、じっと見つめて待っていたが、ルフェールが一向に動かないのでクッキーを手に取って食べた。サクサクという音に反応した赤い瞳が上がる。
「よく食べるね」
「美味しいものはたくさん食べられるの」
今度はチョコレートを口に入れたティーナに、ルフェールはふっと微笑んだ。柔らかい笑みだった。
「良いよ。貴方のお願いを聞こう」
ティーナはにっこりと笑って手を合わせた。
「そうこなくっちゃ! それじゃぁ言うわね。一つ目」
人差し指が立つ。
「毎日アフタヌーンティーを用意してちょうだい。温かいお茶が飲みたいの」
「分かった」
中指が立つ。
「二つ目。一日の最後、夕食が終わったら必ずお風呂に入らせて。不潔な人は嫌いでしょう?」
「そうだね。良いよ」
薬指が立つ。
「三つ目。ドレスは毎朝替えたいわ。身体が綺麗になってもドレスが汚れていたら意味がないもの」
「用意させるよ」
小指が立つ。
「四つ目。牢の中にベッドを入れてちょうだい。このままじゃ眠れないわ」
「入れさせよう」
親指が立つ。
「五つ目。わたくしの従者は自由に牢の外を歩かせて。わたくしが牢の中にいれば逃げることはないわ。それにあの方たちを監視させることも出来るし、ルフェールの護衛をさせることも出来る。悪くないでしょう?」
少し間が空いた。
「……私以外の人間が必ず二人以上いる時間帯だけ許しても良いよ。それ以外の時間は貴方とは違う牢の中に入れる。それで良いのなら、貴方のお願いを叶えよう」
「いいわ」
「ではそうしよう。……お願いは五つ?」
首を傾けて上目遣いで聞く。
「まだまだたくさんあるけれど、とりあえずそれだけで良いわ」
顎を上げて返す。




