それぞれの願い事04
「お似合いです」
「貴方が選んでくれたの?」
ティーナはドレスを少しつまんで持ち上げた。するとレリアンはえぇ、と言って頷いた。
「ありがとう。素敵なドレスよ。趣味が良いわね」
レリアンが「お気に召したようで何よりです」と答えると、ティーナは「ねぇ」と新しく話を振った。
「髪を拭いてくれない? まだ濡れているのよ」
ティーナが手に持っていた布を手渡す。レリアンは微笑みながら喜んで、と呟いて優しくティーナの髪を拭き始めた。
「中で彼を呼んだんですか? 私には聞こえませんでしたよ」
「呼んだわ。あの子は特別耳が良いのよ。わたくしの声ならすぐに反応してくれるわ」
「それはすごいです。犬笛みたいですね」
「笛の音のように美しい声だと受け取っておくわ」
「ふふ。そうしてください」
会話しながら一房一房丁寧に押さえて水気を取っていくレリアン。慣れた手つきのため、普段から誰かの髪を拭いているのかもしれなかった。
きゅう
「……」
突然高い音が聞こえた。
レリアンはきょとんとした顔をして、お腹を押さえるティーナを覗き込んだ。
「……お腹が空きましたか?」
「当たり前じゃないの! 今日一日何も食べていないのよ! もうぺちゃんこよ!」
照れ隠しにティーナは怒った口調で言い返した。顔も赤い。お腹の音を聞かれるのは乙女としてとても恥ずかしいことだった。
「ぺちゃんこ……ちょっと失礼しますね……」
するとレリアンは何を思ったのか、両手でそっとティーナのお腹と背中を挟んだ。
薄い。レリアンが思っていたよりティーナのお腹は薄かった。
「わ! 本当ですね!」
「そうよ。こんなの初めてよ」
「見事にぺちゃんこ……」
ギィィ
「姫様上がりました……」
随分早くジョックスが出てきた。ティーナとレリアン、そしてジョックスの目が合う。
間。
ジョックスがティーナのお腹に手を添えるレリアンに気づくのに二秒くらい間があった。
「てめぇ!! 指一本触れるなって言っただろうが!」
「あいた!」
ゴン、とジョックスの拳が一発レリアンの脳天に突き刺さった。レリアンはチカチカする目を何とかしようと瞬きしながら、割れたのではないかと思うほど痛い頭を両手で押さえて悶絶した。
「お気の毒ね」
我関せずという姿勢のティーナ。ジョックスはふん、と鼻息を鳴らしてティーナを背に庇った。
「確かに私が悪いですが、そんなに強く殴らなくても……」
涙目のレリアン。しかしジョックス曰く「手加減した」らしく、ティーナ曰く「ジョックスが本気になったら首が折れていたわよ」だそうで、これくらいで済んで良かったのかもしれない、と思うのであった。
「いてて……えっと、そうだ。お二人お揃いですので、これからルフェール様のところへお連れします。ささやかですがおもてなしも致します。今度はティーナ様にも気に入っていただけると思います」
まだ痛いのか不自然な笑みを浮かべ、頭をさすりながら、レリアンは先導して歩き始めた。ジョックスが手を出して抱えようかというアピールをしたがティーナは断り、二人は並んでレリアンの後ろについて歩いた。
来た道を戻り、円形の広場に出た後、あの狭い通路に踏み入れた。
レリアン、ティーナ、ジョックスの順で一列になって右、左、右、右、左、真っ直ぐ……と昨日と同じように暗い道を進んでいく。決して短い道のりではなかったが、ティーナは歩みが遅くなろうとも最後まで自分で歩いた。
狭い道が終わる。あの小さな庭から岩肌に銀の光が差しているのが見える。外はすっかり夜のようだった。
「まぁ素敵!」
庭に出るとティーナは嬉々とした声で手を合わせた。
月光の下に用意されたテーブルに椅子。ティーセットの乗ったワゴン。そして白い布のかけられたテーブルの上にはたくさんのお菓子が大きなお皿にこれでもかと山盛りにされていた。ケーキにクッキー、パイにチョコレート、スコーンや色とりどりのジャムにクリーム。瑞々しいフルーツだってある。
「貴方が用意したの? ルフェール」
ティーナはレリアンの引いた椅子に座りながら向かいの人物に問いかけた。
白い男、ルフェール。月の光を反射して光っているように見える。
ジョックスはごくりと唾を飲みこんだ。緊張で喉が渇く。橙色の光に照らされた姿よりも、銀色の光に照らされた姿の方が何倍も人間離れして見える。まだ室内にいられた方がましだった。まだ現実味があった。白い髪に白い肌、整った綺麗な容姿は、外では完全に景色から浮いて見える。自然とは逸脱した存在に思えた。
「そう。貴方はお茶がしたいと言ったから用意したよ。お菓子もたくさん。……機嫌はよくなったかい?」
きゅう
「……」
口ではなく、腹が答えた。
「お腹にネズミでも飼っているの?」
「小さいのを飼っているわ!」
ティーナは真っ赤な顔をしてぷんっと頬を膨らませた。
「まだ機嫌が悪いみたいだね」
小首を傾げ、上目遣いで探るように見つめるルフェール。
「今悪くなったわ!」
「どうして?」
「言いたくないわ!」
「まぁまぁティーナ様。お茶でもどうですか? 落ち着きますよ」
困ったように笑ったレリアンが銀のカップに入った紅茶をティーナの前に出した。紅茶からは湯気が立っている。ティーナはじっと紅茶の水面を見つめてからゆっくりした動作でカップを持ち上げ、口をつけた。
「……美味しいわ」
「ありがとうございます」
レリアンは頭を下げた。
「落ち着いた?」
「そうね。忘れてあげるわ」
「そう、良かった」
ルフェールは笑った。
ジョックスが思わず眉を寄せる。ルフェールの顔に笑みが貼りついた、という印象を受けたのだ。
「お茶もお菓子も貴方のためのものだ。好きなように飲んだり食べたりしてくれて構わないよ」
「そうさせてもらうわ」
ティーナは目の前にあったケーキを自分の皿に取り、銀のフォークで半分に切った。




