それぞれの願い事01
「ベッドで眠りたいわ! お風呂に入りたいわ! お腹が空いたわ!」
「暴れないでくださいよ姫様」
ティーナは胡坐をかくジョックスの膝の上で身体をばたつかせた。
「はぁ。まぁ、腹は減りましたねぇ。今何時なんすかね。たぶん、朝は迎えてると思うんですが……」
「知らないわ!」
ぷん、とティーナは頬を膨らませた。
不思議な会合を果たし、牢に戻ってから随分と時間が経ったように思う。蝋燭の橙色の光しかないので朝なのか昼なのか、それとも夜なのかは分からないが、日付は変わったはずだった。
二人は牢の中で目を閉じ、開ける度に適当な話をして、また眠ることを繰り返していた。それに飽いた頃、ティーナが暴れだしたのであった。
「お砂糖たっぷりのケーキが食べたいわ! お野菜たっぷりのスープが飲みたいわ! バターをたっぷり使ったパンが食べたいわ!」
ティーナはぺちぺちとジョックスの頬を叩く。ジョックスは首を伸ばして回避しようとするが、ティーナが足に乗っているので逃げられない。
「だー! 姫様! 暴れないでくださいって! しょうがねぇですよこっから出れねぇんだから! 我慢してください!」
堪らずジョックスは立ち上がり、子どもをあやすように身体を揺らし始めた。
「ほーらほら姫様ー。落ち着いてくださーい」
ゆりかごのように腕を右に左に動かすジョックス。
「わたくしは子どもじゃないわ!」
ティーナは頬を膨らませたままだ。
「じゃ、これはどうっすか。高速回転!」
ジョックスはその場でぐるぐると回りだした。最初は遅かったが、遠心力でどんどん加速していく。
「きゃー!! すごいわジョックス! 面白いわ!」
どうやらお気に召したらしく、ティーナはきゃっきゃと笑ってジョックスの首に腕を回した。気をよくしたジョックスがさらに加速する。
「これはどうっすか! 高速回転&上下運動!」
素早く回りながら手を上げ下げする。ティーナは振り落とされないようにしっかり捕まり、すごいすごいとしきりにジョックスを褒めた。まるで子どもと親のようである。
「楽しそうな声が聞こえると思ったら、随分面白そうなことをしていますね」
ふいにレリアンの声が聞こえ、ジョックスは瞬時に止まった。
あれだけ回ったのに足元がふらついていない。一方ティーナは目が回っており、くったりとジョックスの胸に頭を預けていた。牢の前に立ったレリアンの姿さえも見ることが出来ない。
「お邪魔してしまってすみません。お食事をお持ちいたしましたので召し上がりませんか?」
白い布をかぶせたワゴンにパンとポタージュが乗っていた。ポタージュはまだ湯気が立っている。
レリアンはそれぞれを盆に乗せた状態で床に置いた。床には数センチの空間があり、そこから手を伸ばして器を取ることが出来る。
ジョックスは無言で近づいて器を取り、レリアンを見ながら口をつけた。温かい液体が身体の中を流れていく。
「美味しい?」
「不味いっすね」
「じゃぁいらないわ」
眉を寄せたジョックスに、ティーナは軽く返した。
「お口に合いませんでしたか……」
レリアンはしょんぼりした様子で眉を下げた。その様子にカッとなったジョックスはレリアンを睨みつけた。
「こんな家畜も食わねぇもん出しやがって! てめぇらは姫様を何だと思ってんだ!」
鉄格子がビリリと震えるほど大きな声を出し、ジョックスは器をレリアンに向かって投げつけた。カン、という音を立てて器が鉄格子にぶつかり、中身が上等な服にかかる。しかしレリアンは困ったように笑うだけで怒りはしなかった。代わりに怒ったのは
「あらジョックス! 食べ物を粗末にしてはいけないのよ!」
ティーナだった。ティーナは彼女なりの怒った顔でジョックスを睨んでいる。ジョックスはぎゅっと唇を閉じてから脱力した。
「そりゃそうですけど姫様ぁ」
「どんな理由があっても、わたくしたちは食べ物を粗末にしてはいけないわ。例え食べ物を作った人が粗末に扱っていたとしても、与えられる側のわたくしたちがそうして良い理由にはならないわ」
そうなんですけどねぇ、とジョックスは肩を落とした。ティーナの言いたいことは分かるが、納得できないといった様子であった。
「こちらも下げますね……。今度は美味しいものを持ってこられるようにします」
レリアンはパンの乗った盆を持ち上げ、ワゴンに置いた。そのまま去っていこうとする彼を、ティーナが「ねぇ」と呼び止めた。レリアンは首だけを回して振り向いた。
「ねぇレリアン。お食事はもう良いから、お風呂に入らせてくれないかしら。良いでしょう? お願いよ」
ティーナは顔の横で手を揃えてみせた。分かりやすく可愛らしいポーズだ。童顔のためよく似合っている。
レリアンはうーんと唸ってから「聞いてみます」と言って続けた。
「もう少し待っていてくださいね。あの方の昼夜は逆転しているので、まだ起きていないんですよ」
それでは、とレリアンはワゴンを押して去っていった。
「一応あいつはあの男の指示待ちなんすね」
ジョックスはレリアンの去っていった方を見ている。まだワゴンを押すゴロゴロという音が鳴っているので、ジョックスの声はレリアンに届いたかもしれなかった。
睡眠の合間で、ティーナは一人でルフェールと会っていた時間のことをある程度ジョックスと共有している。とはいっても、ジョックスはあの部屋にいた人物がルフェールという名の白い男であることくらいしか理解できていないが。
「そうみたいね。ルフェールはこのお城の主なんでしょう」
ティーナは自分の爪を見ながら話した。まるで興味がなさそうな態度である。
「そんなことより、わたくしはお風呂に入りたいわ」
この始末。ティーナは男たちがどうこうよりも、自分のことが大事なようであった。
一に自分、二に自分。三四がなくて五に自分。
ティーナのワガママな性格は何があっても直りそうにないな、とジョックスは漠然と思った。
それからティーナは歌を歌ったり、物語を語ったりして過ごした。ジョックスはティーナの歌や物語に耳を傾け、感想を呟き、ティーナがそれに飽きると彼女の要望に応えてぐるぐる回ったり、高く持ち上げたり子どもをあやすようなことをして遊んだ。何もない牢の中ではそれくらいしかやることがなかった。
そんなことをして時間を潰していると、誰かが牢の外からこちらに向かってくる足音がした。今度は足音が聞こえたので、二人は黙ってじっとその人物がやってくるのを待った。
柔らかく笑ったレリアンが牢の前に立った。
「お待たせいたしました。大浴場を使って良いということですので、ご案内します」
「やった! 嬉しいわ!」
牢の鍵が開いた。
「良かったですね姫様」
ジョックスは身を屈めて牢の外に出た。もう三回目になるので必要以上に警戒したり、戸惑ったりすることもない。妙な感覚だった。




