護衛の裏切り、尋問
忽然と現れた新たな刺客。
誰の目にも止まらずに乱入した程の凄腕、それが直接の介入すら果たせずに失神するという異様な惨状に、その場にいる者は敵味方問わず混乱し、思考を暫し停止した。
刺客達は話に聞いていた未知の攻撃を目の当たりにして恐怖し、視線を揺らして身を固めた。
リューネや護衛達も今し方起きた現象の正体が掴めず、第三者による援護か、それとも無差別な攻撃なのか判断出来ずに狼狽えている。
どちらも剣を構えて睨み合うのみで、機を先んじる事が出来ずにいる。
もはや戦いの流れは見事に砕かれてしまった。ただ悪戯に時間が過ぎるのみ。
そして俺としても、間接的にとはいえ能力を見せてしまった以上自重する必要はなくなった。
「ヒイッ!?」
そしてまた一人。
「キャプチャー」と「スタンガン」のコンボにより意識を強制的に切断された。
残りの3人の刺客も同様に、続々と失神させる。手慣れたものだ。
口から涎を垂らして引き攣った無残な表情だが、か細く息を漏らしている事から彼らの生存が確認出来る。
この「スタンガン」、人間を無力化するには非常に効率的なのだが、実は威力調節が意外と難しい。弱くすると気絶しない恐れがあるし、強過ぎると心肺まで停止して死ぬ恐れがある。
安易に乱用していたが先日の暗殺者に対して一度威力を誤って殺しかけてしまい、慌てて心臓マッサージを行なって事無きを得たのは記憶に新しい。
以来、この魔法の精度には最新の注意を払っている。
「一体、何が起きたのだ…」
気付けば敵は全滅。6人の侵入者がピクピクと全身を痙攣させて地に伏している。
散々追い詰められた今までの苦戦から呆気なく解放され、護衛達は漏れなく戸惑っている。
「ええっと、もう安全なのでしょうか…?」
「アル様、クリス様っ!!」
リューネが弾かれたように疑問を振り払い、俺達の元へ走り寄って安全を確かめた。
「るーね、かっこよかったー!」
「えへへ〜ありがとうございます!クリス様も無事で良かったです」
笑い合う少女と幼女。
敵の捕縛も済んでいないというのに目もくれず、幸せそうに抱き合っている。何故か俺も巻き添えを食らう。
すっかり戦闘の張り詰めた空気は霧散し、各々は腑に落ちないながらも勝利に酔い痴れた。
「うぐっ…!?」
「ハッ…なんだ?」
それも束の間、突然場の空気が一変した。魔力の不自然な流れを感じる。
「うぅ…魔力が離れていきます…」
周囲を見るとクリスとリューネの表情が蒼褪め、護衛たちが苦しそうに膝をついていた。唯1人を除き。
「困りますねぇ…。まさかこれを使うことになるとは思いませんでしたよ」
「く、あなた…ドーベルマン!これは一体どういうつもりですかっ!?」
覚束ない身体を起こそうと息を荒げるリューネを冷たく見据えて答えたのは、先程まで護衛として共闘していた筈の壮年の男性、ドーベルマン。
レベルは24と兵士としては中堅どころで、追跡に優れたスキルと堅実な戦い方で功績を示し、長年公爵家に勤めた信頼から今回の子息の護衛に抜擢された人物だった。
「貴方はまさか…っ!」
「やれやれ、本来の予定では私の出番は無かったのですがね。この様な小事に手を出す羽目になるとは誤算でしたよ」
彼は心外そうな被りを見せつつも、悔しげに床に伏した他の護衛を不敵に見下ろした。
「貴様も内通者だったのか…!」
「ええ、それも生え抜きのね。先日捕まった捨て駒…おっと、情けない連中と一緒にしないで頂きたいものです」
間諜を警戒して敢えて戦闘能力に固執せず、信頼できる者の中から慎重を極めて選んだ筈の護衛。
対策が報われず、その中にピンポイントで敵が紛れ込んでしまった事にリューネ達は遺憾の念を抱かずにいられなかった。
「我らを悉く食い止めた謎の罠がこの場で発動するとは思わなかったが…この私の前で作動した事は僥倖といえよう。如何なる魔法も、この魔道具の前では無力なのだからな」
ドーベルマンは懐から拳大の物体を取り出し、得意げに告げた。
「ランクCの魔石を用いた偉大なるアーティファクト。使用者の私を除き、範囲内の空間に存在する魔力を問答無用で奪う…人体からも含めてな。既に身を以て理解しただろうが、君達はこのまま魔力を吸われてすぐに魔力枯渇に至るだろう」
彼が説明する間にも部屋中の人間が変調し、魔力の少ない者から順に意識を失い、続々と床に倒れていった。
「う…何故…、公爵家に牙を向くのです…」
「ほう、メイドの分際でまだ意識を保つとは素晴らしい魔力量だな。理由は単純明快だよリューネ君、私も先代には世話になったがな…敵が余りにも大きすぎた。既にこのブロンベルク家は落ち目なのだよ」
諦観を浮かべて語るドーベルマン。
その発言の真意を確かめる事も出来ずに、リューネは遂に意識を手放した。
「にーちゃ…気持ち悪い…」
発動した魔道具から距離が離れていた為か妹のクリスには影響が比較的弱い。お陰で彼女は最後まで耐えていたが、既に魔力は底を尽きかけていた。
彼女の辛そうな表情に、知れずと俺は拳を握り締めていた。
「…大丈夫だよ、僕に任せて寝てて。目が覚めたら全部元通りになるから」
「うん…」
俺が優しくクリスを撫でると、彼女は少し安心した表情を浮かべて瞼を閉じ、スヤスヤと眠りについた。
敵も味方も倒れ、この場に立つのは二人のみとなった。
「おや…アルフレート様。可笑しいですねえ、貴方は何故倒れないのですか…?」
漸く此方に気付いたドーベルマンは目を見開いたが、すぐに余裕そうな態度を取り戻し疑問を発した。
「何故…ねえ。アンタが裏切り者だと最初から気付いていたからだと言ったらどうする?」
「戯言を…小僧に見抜かれる程耄碌してないよ。しかし…そうか、魔力の少ない子供がこのアーティファクトに抵抗出来る不自然さ。則ち貴方がかの魔道具を隠し持っていた可能性が濃厚だな」
彼がアーティファクトと語る、魔力を奪い取る魔道具。それは俺に対しても例外なく機能しており、現に今も俺の身体から魔力は吸い取られている。
だがその量は余りにも微弱だ。
何らかの魔力抵抗が働いているのか、それとも俺の魔力制御の為せる業か。
何れにしても己の膨大なMPを全て奪うには至らない。それを実現するには丸一日はかかるだろう。
「魔道具なんて持っていない…と言っても信じないんだろうね」
「当然だ、高レベルの人間ですらあっさりと意識を奪う高性能な魔道具…しかもこのアーティファクトの効果から守る効果の魔道具もあるのだろう?これまでの損失を補う為、是が非でも回収させて貰おうか」
彼はアーティファクトを起動させたまま片手剣を抜き直し、ゆっくりと俺の元に歩み寄った。
存在しない魔道具を警戒してか足取りは重いが、その目には明らかに欲の色が滲んでいる。
「護衛の彼らはこの場で殉死して貰うが、貴方とクリスお嬢様は大人しくしていれば生き永らえるでしょう。人質としての価値がある限り、だがね」
「ふうん…さっきから随分と喋っているけど、敵情に詳しいんだね?」
「おや、確かに語り過ぎたかね。まあクリスお嬢様なら兎も角、当主に見放された貴方を生かす価値などないのだが…手早く済ませますか」
目の前まで迫った彼は素早く左腕を伸ばして俺の首を掴み、勢い良く持ち上げた。右手の剣を胸に突きつけ身動きを封じている。
あっさりと宙に浮かび上がった俺の小さな身体は、本来ならこのまま首を絞められて失神するだろう。
「残念ながら、アンタの相手をするのは俺じゃないんだけど…まあ結局は変わらないか」
「何を…!?」
圧倒的なステータス差。
子供と侮ったのもあるだろうが彼の筋力では俺の首の気道を締め上げる事は出来なかったようで、会話する余裕すらある。
嘆息した俺は微動だにせずに「ハンド」を行使し、不可視の腕を伸ばして彼の懐に納められた魔道具を掴んだ。
「おお…?おし、上手くいった」
ガシャーーン!
高出力の魔力を強引に供給された事により、魔道具に備わっていた筈の防御効果は不安定に。
最終的に「ハンド」の圧力に耐えきれなくなった魔道具は魔石と共に砕かれ、室内に魔力が散乱した。
有用そうなアイテムだったので、少し勿体無いと思ってしまった。
だがこれで空間内の魔力が復活したので、クリス達の安全は一先ず保たれただろう。
「馬鹿な…何をした!?」
「あー余所見してていいのかな…?やれ、クルトン!」
虎の子の魔道具が破壊された事が受け入れられずにドーベルマンが茫然自失となった刹那、背後から1匹のスライムが飛び込み、彼の頭をヌルヌルと包み込んだ。
クルトンの体表から吐き出された酸により、彼の顔は焼き爛れていく。
「グワアァァッ!!」
眼球を中心に強烈な痛みが走り、耳の奥まで溶かされる。
離せと叫びたいが、口元までスライムに覆われていて言葉を発する事が出来ない。意図的なのか鼻の穴までは塞がれていない為、窒息する心配はなさそうだが。
苦しみ悶えるドーベルマンは同時に、身体から力を奪われていく嫌な感覚に襲われた。
あるべきものが奪われていく。身に力が入らず、意識が朦朧としていく。
その様は正しく先程のリューネ達の状態と似通っていた。
「アンタご自慢の魔道具ではないけど、魔力を奪われる感覚はどうだい。クルル、彼を拘束して」
「クルルルッ」
俺の言葉に反応してクリスのフードの中から金色の小鳥が飛び出し、羽毛に光を帯びる。
「グガァッ、やめろ〜ッ!!」
「クリスを害した事でうちのペット達がご立腹でね。
アンタを捕まえるのは彼らに譲る事にしたんだ」
謎の光を全身に浴び、彼の四肢が、内臓が捻れる。バキボキと骨が砕かれる音がした。
「当然、一番怒っているのは俺だよ。妹、ついでにリューネを苦しませた落とし前をつけてもらう…あ、クルトン!そろそろコイツ気絶しそうだから《吸収》は止めてね」
「ハァ…ハァ…!」
この子供は誰だ。
ドーベルマンは自分の認識を疑わずにはいられなかった。
これ程まで嬲り痛めつけられた自分を見据えて、尚も柔和な表情を崩さない。まるで世間話でもするようなトーンで語りかける。
思えば違和感があった。
自分達の戦闘中も、仲間が倒れたときもこの少年は楽しげな表情を崩さなかった。
人の痛みを理解していないのではないか。
いや…子供特有の世間知らずな悪辣さとは一線を画している。
双眸の奥に映る、死んだ魚の様に濁った灰色の瞳孔。
どうして幼児がこれ程に成熟し切った顔を浮かべられるのだ。
様々な人間の末路を見て来た自分だから解る。あれは存分に絶望し、人生に疲れ、苦しみを知った者の目だ。
苦痛を日常として受け入れただけでなく、それを当たり前の様に他者に対しても強要出来る異常性。
悪魔。
「さて、尋問を始めようか」
*
「思ったより吐くのが早かったな。もっと色々拷問方法を用意していたんだけど…」
聴取を開始してから僅か十数分しか経っていない。
手始めに爪を剥がしたり、指を逆さに折り曲げたりした段階でドーベルマンの心は折れていた。
二体の魔物による事前の拷問に堪えていた面もあるが、それ以上に齢5才の少年に怯えてしまっているように見える。
不敵に見下していた表情は見る影も無く、少しでも恐怖から逃れようと必死だ。
「ひぃぃもう、わらしの知っている事はじぇんぶ言った…!許ひてくれ…!」
「うーん、ドーベルマン。先程も言ったように、君が敵対的な存在である事は最初から把握していたんだよ。それが潜在的なものか、それとも既に裏切っているのか…確信がなかったから見送っていたに過ぎないんだ」
邸内の間諜が一斉捕縛されてからというもの、俺はリューネ達に見張られる中で他にも紛れ込んだ敵がいないか捜索に当たっていた。
といっても別館の一部の使用人としか接点のない自分の力では、表情の不自然さ、魔力や気配の乱れからなんとなく怪しむくらいの行動しかとれない。
そこで役立ったのが我が妹、クリスだ。
彼女の人見知りは生来のものかも知れないが、その性格がユニークスキル《生命感知》の影響を受けているだろう事は早期から予測していた。
改めて聞けば、彼女は常日頃から周りの人間が放つ感情に反応し、怯えていたらしい。
拙い言葉を読解すると人の魂のような見え方がする中で大まかな感情が色として現れ、黒に近い色程嫌な感じがして近寄らないようにしていたとの事。
ちなみに俺の魂の色を聞いてみたのだが「すきー!」と言われた。分からん。
そして、屋敷には薄暗い魂の人が何人も居たそうだ。
最近は少なくなった事から、その暗い魂の持ち主達こそが間諜だったのだろう。
この事実をもっと早く知っていれば事前に間諜を見つけられたかも知れないが、過ぎた事だ。
ともかくも彼女に協力を取り付けてこのスキルを利用し、「悪いモノ探し」を行ったわけだ。
ただ、この事を知人や家族に公表するわけにはいかなかった。
人の内面を読み取るなんて規格外なスキル…政治利用されたらどれ程恐ろしいか。それこそ明るみになった時点で、次は彼女が暗殺対象になる事間違いない無しだ。
父マグナスを信頼していないわけではないが、今回の騒動のように何処から情報が漏れるか分からない現状は可能な限り秘匿すべきだと判断し、クリスにも口止めをした。
「二人だけの秘密」と言ったら頰を紅潮させ、殊の外喜んでいた。フフフ、やはり子供は隠し事が好きだもんな。
そんな経緯で、このドーベルマンという男をクリスが嫌っている…つまり敵である事も初めから把握していた。
だから外から侵入して来る敵より、俺はむしろ彼だけを警戒し続けていたくらいだ。
「君が何も行動に移さず護衛に徹すれば、俺からは何も手を下すつもりはなかった。だが、あろう事が君はクリスの魔力を奪い枯渇させた…加えて人質に取ろうとした」
「もうしらいっ!にろとしません!!」
ドーベルマンの口元は自殺防止として未だクルトンに舌を覆わせていた為、呂律が回っていない。
言いたい事は分かるが聞き苦しいな。
「安心して。もう苦しむ必要はないよ」
「そんりゃ…ペグッ」
短剣で心臓を一突き。
彼は絶望した表情で息を引き取った。
死体を「ポケット」で亜空間に収納し、血で汚れた床と剣の刃先を「クリーン」で清掃。
未だ倒れている6人の刺客を縄で縛り上げた。
リューネとクリスの身体を楽な体勢で寝かせ、毛布を被せる…後始末としてはこんなところかな。
「ふー」
作業を終えて、一度大きく嘆息する。
初めて人を殺した。
顔を見られた。他の刺客と違って俺の能力を怪しまれた以上、彼を生かして帰す訳にはいかなかった。
感慨は少ない。相手が非情な敵だったからか、魔物を初めて殺したときの方が罪悪感が大きかったくらいだ。
元日本人としての倫理観から人殺しに抵抗を感じていたが、こうして一度線を踏み外してしまえば呆気ない。
「闇ギルドか…」
高性能な魔道具を保有し、計画の中枢を担っているかのような語り口だったドーベルマン。
だが尋問の結果実際には彼も雇われに過ぎず、闇ギルドとしか繋がっていない事が判明した。
ただ支離滅裂ではあったものの、彼の人脈による情報から依頼した敵は上位家族ーーしかも複数。
そしてそよ敵対派閥は間違いなく闇ギルドを挟んでいるというのは確定したし、大まかなアジトの場所も聞き出した。
ドーベルマンがリューネ達を気絶させてくれたのはある意味で助かった。
今なら誰にも気付かれずに動く事が出来る。
3階の気配を探ると、母上の部屋に向かった敵も無事制圧されたようだ。
事態が収束すればこの部屋に来るだろうか…?その時に俺が居ないと心配させてしまうし、せめて書き置きを残して置くか。
「クルトン、少し出掛けて来るからこの場を任せたよ。クルルも、クリスをよろしくね」
2匹のペットはピョンピョン、バサバサと肯定の意を伝えてくる。
ふと気になって本館の方の気配を探った。
この場にいない家族が心配だったが、どうやらマリアナさんとフリードも無事だったようだ。
ここ最近は別館に戦力を固めた分、相対的に本館の警備が薄くなっている。
俺が敵ならクリスや俺を狙うより、本館を攻めてフリードを人質に取ると思うが。嫡男の彼の方が価値が明らかに高いのだから。
マリアナさんやフリードを狙えない理由でもあったのか…?
僅かな疑問を脇に、俺は亜空間から仮面を取り出して窓から上空へと跳躍した。




