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リューネの防戦


室内で睨み合う護衛と刺客。


外の喧騒が信じられないくらいに部屋の中だけが静かだ。


手前の廊下には兵が待ち構えていた筈だが、先程気配が消失していた。

僅かに血の匂いがする。

驚く事にあの短時間で全員が殺されたらしい。


仲の良かった騎士もいたのにな…。


刺客達は全員が灰色の外套に身を包んでいる。口元は布で覆われており、その無機質な双眸のみが外気に触れている。


彼らは部屋に足を踏み込む際、ご丁寧に扉の鍵と一緒に罠まで解除したようだ。


しかし二重に張られていた魔道具が作動したようで、突入時に先頭にいた2人に対して催涙スプレーの如く顔に直撃した。


その二人は無表情を保っているが涙目で、体勢がやや崩れている。

筋肉を弛緩する毒がが吹き掛けられた筈だがそれにしては効果が薄い。耐性でもあったのかも知れない。


拮抗した空気の中、刺客達は慎重に位置取りをして立ち回りながら後ろに控える俺とクリスに不躾な視線をぶつける。

少しでも隙が生じれば護衛を無視して襲いかかる算段を立てているに違いない。


クリスは状況を何処まで理解しているのか、怯えつつも俺の上着の裾をギュッと掴み、敵を可愛く睨んでいる。


俺とクリスは先に隠し通路へ逃げる選択肢もあったが、敢えて拒否した。

それではこの場に残るリューネが殺され兼ねない。


だがこの場に居残った事で護衛に負担をかけているので、尚のこと人質に取られないように気を配らなければならない。



まずは戦力分析。『解析』を発動する。


敵は相変わらず全員が斥候系の職業で、暗殺向きのスキルが多い。レベルは20後半あたり。


対して護衛の方は1人が28と高いが、他のの2人は20前半。リューネに至っては19だ。


今までの戦績からして戦闘技術や経験も恐らく向こうの方が格上。

地の利がある事を加味しても、状況はかなり切迫している。


無論俺が全力で戦えば危うげなく倒す自信はあるが…今後の事を考えると得策ではない。


それに護衛対象が自ら片付けてはリューネ達の仕事を奪ってしまう。

危なくなるまでは観察に徹して戦闘を見守ろう。


「…あなた方は何故エリザ様を狙うのですか!?それに、寄りにも寄ってこんな幼い子供を襲うなど恥ずかしくはないのですかっ!」


膠着状態の中、痺れを切らしたリューネが沈黙を破り、声を荒げて刺客に対して問いかけた。


今さら会話の余地があるとは思えないが。メイドなのに言い分が騎士っぽい。


「囀るな小娘。理由など必要ない、命が惜しければ今すぐ退く事だな」


非難された刺客のうちリューネの正面で相対していた1人がしゃがれた抑揚のない声で返した。


答えてくれるんだ。敵役の鑑だね。


「絶対に通しません…アル様達は私が守ります!『ウォーターボール』!!」


リューネは腕を前方に伸ばして巨大な水球を宙に生み出し、会話してくれた敵に対して高速で射出する。


だが相手は意に介した様子はなく、身体を軽く傾けただけで彼女の魔法を華麗に躱した。見切られている。


「詠唱破棄か…威力も大したものだがいかんせん遅い。ふん、雑魚だな」


お喋りな敵は鼻を鳴らしてそう言うと、不意に腰を落として床を蹴り、一足にリューネに近づいて彼女の胸元をナイフで狙う。


「くっ…!」


一瞬で間合いに入られたリューネは間一髪で反応し短剣で受け止めるが、勢いに負けて体勢を崩す。

そのまま連続でナイフを打ち込まれ、みるみるうちに劣勢に追いやられた。


それを皮切りに他の刺客達も次々に護衛達へ襲いかかる。


1番レベルの高いイケメンの護衛には2人が同時に仕掛けた為、最初から防戦一方だ。


高性能の鎧に助けられて急所への攻撃を辛うじて防いでいるものの、手数の多さに翻弄されてなす術もなく守りに入っている。

彼が1番危機的な状況といえるだろう。


他の護衛はなんとか持ち堪えている。

レベルは負けているがどちらも戦士系の職業。真っ向から戦えば僅かに有利なのかも知れない。

とはいえスピードで負けている現状、いざ攻撃に移ったところで避けられてしまう。


リューネも水魔法を駆使して壁をつくり攻撃を防いでいるが、死角を狙った敵の鋭い剣戟に対応出来ていない。


このままでは誰かが敗れるのも時間の問題だ。


「うぅ。るーねとみんな、いじめられてる…?」


「そうだねー」


手も足も出せずに裂傷を負っていくリューネ達から堪えきれず目を背け、クリスは目をウルウルと潤ませた。


護衛と比べて数が一人多いのに俺達を直接狙わないのは、簡易結界が張られている所為もあるだろうが、後回しにしても害がないと判断したからだろう。


子供の足では逃げ切れないだろうし、いざ逃げてから追っても確実に間に合う。

何せ人質をとりにいく素振りをしただけで護衛達に対してフェイントをかけられるのだ。むしろ居てくれるだけで敵にとっては有難いのだろう。


その慢心、あとで後悔しないといいがね。


「…よし、こういう時こそ応援しようか。リューネ〜、頑張って〜〜!!ほら、クリスも一緒に」


「う、うん…!るーねっ、がんばれー!!」


「護衛の皆さんも頑張って下さ〜い!」


不謹慎ながら観客気分だった俺は、クリスと共にリューネ達にエールを贈った。


オドオドと両手を振りながら何度も声を張る妹が可愛らしい。


「チッ…調子の狂うガキ共だ。状況が分かってねえのか?」


「アル様、クリス様まで…!声援を頂いているのに無様な姿を見せる訳には参りません!」


俺達の声を聞いて戦意を漲らせたリューネは力を振り絞って敵の刃を弾き、体術を駆使して猛攻に出た。


流れるように捌き、拭き掃除をするかのように剣を振るう。

傍目には攻撃に見えない、あまりにも変則的な型。


「ぐっ…なんだこの動きは!?」


「フフ、よくぞ聞きました。これぞメイド長直伝のメイド流護身術…!奉仕とは戦いなのですっ」


「訳が分かんねえ、よっ!」


あのメイド長、怖いんだよなぁ。

確か彼女は本館を守っているんだったか。向こうは安心だ。


戦う前から緊張して体が強張っていたリューネだが、漸く本来の戦い方を思い出したようだ。


それでも敵にダメージを与えるには至らないが、これでそう簡単には負けないだろう。


ヒュンッ


おっと、また吹き矢が飛んで来た。

すかさず「ボード」で弾く。


さっきから隙を見ては敵が暗器を飛ばして来る。

太めの針に細い矢、小型のナイフ等。


俺とクリスがいる場所には簡易結界が張られている。

安全のように思えるが、この結界は人の侵入を阻む効果しかなく、物体は普通にすり抜けてしまうのだ。


市販されているオーソドックスなタイプなのだが敵も当然その性質を理解しているようで、こうして飛び道具を投げて来る。

それを俺が全部防いでいる。


俺達だけでなくリューネに対しても他の刺客が隠れて攻撃していたので、全部「ボード」を障壁にして弾いてあげた。


一度衝撃を防ぐ程度の魔法であれば、敵の攻撃が届く前に一瞬で構築出来る。


いつも空中走行で発動するのに慣れているからね。片手間といっていい。


暗器を防がれた敵は余程自信があったのか、攻撃が失敗した度に口をあんぐりと開け呆然とする。


「何故…」「どうやって…!?」と無防備に呟いている隙に護衛から攻撃を受けていた。

ご愁傷様だ。


動揺した上に傷を負った事で刺客のスピードは衰え、お陰で押されていた護衛達も徐々に余裕を戻し、戦況は拮抗して来た。


うん、この辺が攻め時だな。


「クリス、応援はもういいよ。ここからは皆が戦うのを手伝ってあげようか?」


「えー、クリスもたたかっていいの!?こーるどうぃんどなの?」


人に向けて魔法を打たないように自制していたクリスは、それが解禁されたのかとキラキラと目を輝かせた。


「あはは、それも良いんだけどリューネ達にも魔法が当たってしまうから止めて置こうか。あ、落ち込まないで…。代わりにこのボタン押していいから」


立ち待ちショボンとするクリスの頭を撫でて、俺はすぐ脇に設置された装置を指差した。


「僕が合図を出したら、この黄色いボタンを押してね。そうしたら魔法が発動してリューネが勝てるようになるから」


「わ、わかった…!」


クリスはコクッと頷いた後、真剣に、それでいて興味津々な表情をしてボタンに手を乗せた。

フライングしないでね?


リューネと護衛達も一瞬こちらをチラッと見たので、意図は伝わった筈だ。


正直いつ押してもいいんだけど、なるべく危機を助けるタイミングにしたい。


「…よし、今だ!押しちゃって!!」


「うやぁぁっ!」


ピカーッッ


俺の指示に従ってクリスがボタンを押した瞬間、床の中央から閃光が発生した。


魔道具に込められた光魔法「ライト」を遠隔起動したのだ。


「ぐわっ」

「…!?」

「うっ…!」


部屋を埋め尽くす強烈な光に刺客達は目をやられてしまい、前後不覚となった。


「今ですっ!!」


魔道具の内容を知っており合図に合わせて目を閉じていたリューネ達。


動けない敵に容赦なく剣を浴びせた。


「何故…、力が…っ!?」


護衛と戦っていた1人の刺客は未知の罠に混乱している。

それもそうだろう。


魔道具に込められた魔法はただの「ライト」。

それをカモフラージュに、敵の一人を『鎖』で縛ったのだ。


最近よく使うし、いちいち鎖で縛るって言うのもアレだな。

よし、これからは「キャプチャー」と呼ぼう。


「キャプチャー」で弱体化した敵は狼狽し、自分より弱い筈の護衛に攻め立てられる。


一時的だが戦力差は逆転した。


「よーし、いいぞクリス!その調子でボタンを押しちゃって!」


「あうー…」


ふとクリスを見ると、彼女は目をギュッと瞑ってフラフラと体を揺らしていた。倒れないように俺の腰にしがみ付いている。


どうやら敵と一緒に光をモロに見てしまったようだ。


事前説明があったとはいえ彼女はまだ幼児。魔道具の効果なんて忘れていて当然だった。

妹よ、済まない。


「うー、まぶしかったー」


「ごめんごめん、次は眩しくないのにするから。クリスのおかげで皆んな勝てそうになったんだよ?」


「ほんと!?クリスすごいー?」


「とってもすごいよ!」


褒められて気分を良くしたクリスがランダムでボタンを押し、連動して次々に魔道具が作動する。


火の玉、デバフ、風矢等の魔法が床や天井から飛来。


「ばーん!ばーん!」


当然標準を定めている訳ではないので、このままだと敵に当たるどころか味方を巻き込み兼ねない。


俺はそれをクリスがボタンを押す度に、高出力の「ハンド」で魔法を覆い操作して、少しだけ方向を誘導。


かなり集中力を要求されるが、ぶっつけ本番にしては上出来だ。

強引に敵の方向に見舞ってやった。


「ぐあ〜ッ!」


「そんな馬鹿なっ…!」


軌道から外れた、または避けた筈の魔法が自分を追尾した事に驚愕し、ギリギリで身を捻るも刺客達は負傷を負った。


「な、なにが…?」


その間に攻撃すればいいのに、護衛達も動揺してしまったのか攻め込むのを躊躇っていた。


「…ハッ!?今です皆さん!」


早々に復帰したリューネが再び敵へ斬り込むが、なお実力差は大きく受け流されてしまう。

しかし彼女は戦意を緩めず、短剣を敵の頭部に投擲した。


「チッ…!」


敵はやや意表を突かれたものの咄嗟に腕を引き込んで籠手で剣を弾く。


無手となった彼女はその隙に身体を滑り込ませて敵に接近した。

相手の肩を引き寄せて背後へと回り込み、後ろから組みついて羽交い絞めにする。


腕を固めている為敵の攻め手は封じられたが、同時にこの状態では彼女も動けない。


「この程度で如何にかなるとでもっ」


「いえ、これで終わりです…!」


数秒経過すると、それまで拘束から抜け出そうと足掻いていた刺客の様相に変化が起こった。


口を咳き込み、彼の顔からは血の気が引いていた。

体を震わせて苦しそうにしている。


「なんだ…!?息が…かはっ」


「貴方の顔周りの空気は既に掌握しています。呼吸をするほど、口の中の水分は喪われます」



彼女のユニークスキル《脱水》。


あらゆる物を干からびさせる規格外のスキルだが、生物に対しては身体の表面にしか効果が及ばないらしい。

人相手に使ったとして、せいぜい乾燥肌にする程度。


スライムの様な粘体や表面がヌメヌメした蛙系の魔物等には特攻となり得るが、通常の戦闘には流用出来ないというのが彼女の見解だった。


しかしその話を聞いた俺が「もしかして、空気を乾燥させれば最強じゃん?」と呟いた事を切っ掛けに認識が変わる。


この世界の常識では、空気中に水分が含まれるという概念自体が一般的ではなかったらしい。


万物は魔素で構成されているなんて考えられているくらいだ。気化した水分はそのまま魔素に還るものだと捉えている人が多い。


これを知っただけで彼女の能力は飛躍的に成長した。


今まで直接触れた物を脱水させるしか使い道のなかったスキルだが、範囲内の空気を乾燥させるという手段を得た事で応用性が激増する。

空気中の水分を集めると水魔法の威力が高まったのはいい誤算だった。


そして、今の様に生物の口元を乾燥し切った空気で覆い続けると、強制的に呼吸困難に陥らせる。


「ケフッ…カ…」


口内の水分を徹底的に奪われた刺客の唇は既に接カサカサにひび割れており、見るに耐えない。


最終的に肺の奥まで干からびてしまい、血の巡りが悪化した事でついに彼は気絶してしまった。


「ふー、これで1人は倒しましたっ!!」


失神を確認したリューネは能力を解除し、やり切った顔で勝鬨を上げた。


彼女の勝利が追い風になり、士気を増した護衛が果敢に剣を振るう。


失神した敵の捕縛が完了したリューネも加勢に向かおうと、二人の刺客を相手にしていた護衛の元へ飛び入るタイミングを見計らっていた。



形勢は逆転したかのように思えたまさにこの時、誰もが油断していた。


だから彼らの意識の外から、一人の男が人知れず部屋に忍び込んだ事に気がつかなかった。

仮に気付いたとしても、出だしから既に間に合わなかっただろう。


音も無く影が揺らめく。


男は目にも止まらぬ速度でリューネの背中に肉薄し、禍々しく尖ったナイフを彼女の首に突き立てた。


無駄な動きを省いた、殺しに特化した技。

必殺の一撃。


シャァンッ


だが、そのナイフが彼女の首に到達する寸前、硬い壁に当たったように弾かれた。


「な、何者ですか…!?」


漸く彼の存在に気がついたリューネが慌ててその場から飛び退いた。


格好から敵だと察しはつくが、背後に迫られたにも関わらず攻撃を受けた様子もない。

困惑した視線を相手に投げかけるが、男はそれどころではないようだった。


「嘘だ…あり得ない…」


彼は喉を震わせて狼狽し、武器を構える事も忘れて立ち竦んでいた。

可哀想なくらいに取り乱している。


周りの刺客達もそんな彼の醜態を見て、「そんな、6人目が…」「おい、どうするんだよ…」と大袈裟なくらいに狼狽えている。


確かにコイツは断トツで強かったけどね。


初めから一人だけ部屋に入らず、隠れて外に待機していた事には当然気付いていた。


というのも脇から飛んで来た暗器の半分以上はコイツの仕業だったりする。

俺達が目の前の敵に集中している隙に一人ずつ暗殺する腹積もりだったのだろう。


今は何故か混乱しているようだけど、もし立ち直ったらリューネ達だけでは勝てないかも知れない。


今更の乱入は認めていない。万全を期して俺が予め処理しておくべきだ。


全員が呆然として空気が弛緩したのも構わず、その刺客を「キャプチャー」で拘束し、お馴染みの「スタンガン」でササッと意識を奪った。



*


男の職業は【暗殺者】。

レベルが30を超え、斥候系上位の職業を持つに至った生粋の刺客である。


彼はユニークスキル《不意打ち》を授かった事で暗殺業に身を染め、依頼された数々の暗殺をすべて成功させてきた。

周囲の人間に認知されない限り、対象を確実に仕留める事が出来るという凶悪に過ぎるスキルだ。


今回も5人の同業者が戦っている間自分は身を潜め、このスキルで一人ずつ仕留める。それだけの簡単な仕事の筈だった。


だがおかしい。


何度暗器を放っても直前で攻撃が弾かれる。見えない壁に当たったかのように。


スキルの効果によって防具は勿論、障壁すら貫通する。今まで防がれた試しすらなかった。


もしあり得るとすれば、誰かが自分の存在に気付き攻撃を食い止めているか…だが対象者は全員が目の前の戦闘に夢中だ。


子供は呑気そうにしているが、どうでもいい。

幼女の緩んだ顔に苛立って毒針を投げつけるが、やはり弾かれてしまう。


こんな事は認められない。


躍起になって何度もスキルを使って暗器を飛ばすが、どれ一つとして通らない。

これだけ部屋に暗器が散乱しても自分の存在に気付かれなかったのは幸運だったのかも知れない。


やがて同業者が一人倒されてしまった。


もはや猶予はない。

飛び道具じゃなく直接攻撃であれば、スキルの効果が増す。確実に殺せる筈。


全霊を込めて同業者を倒した女へとナイフを突き立てるが、腕に返って来たのは肉を貫く感触ではなく、武器が弾かれた反動による衝撃だった。


う、嘘だ…。


絶対の自信を砕かれ、茫然自失となったのも束の間、不意に身体の力が奪われたと同時に全身に衝撃が走った。



意識を失う直前、最後に瞼に映ったのは、己を冷たく見据えて年齢に似合わぬ笑みを浮かべる少年の姿だった。





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