暗殺者の意地?
事件から3日経った。
間諜が一斉に摘発された事で流石に慎重になったのか、今のところ敵に動きはない。
尤も今までみたいに侵入補助なんて出来ないのだから、今後はそう易々と攻められないだろう。
普通なら公爵という権力者相手に連日で襲って来れた事が異常だったのだ。
「あぁ〜ん♪」
クリスの頬っぺたをムニムニしながらリズミカルに魔力を注いでやる。
最近は俺も成長したのか、他人に触れる事でその人の体内魔力の流れが繊細に感じ取れるようになった。
魔力が溜まり易い箇所を俺の魔力で強めに刺激してやるとツボを押すように解れていき、魔力循環を活性化出来る。
まだクリスとリューネにしか使っていないが、これがメチャクチャ気持ち良いらしい。
俺は「魔力マッサージ」と呼んでいる。
「あぅぅ…にーちゃ、しゅごいの…♡」
「いいなぁ…クリス様とっても気持ち良さそう。ねぇねぇアル様、この後私にもやってくれません?」
耳元で何か聴こえるが無視だ。
背中を俺に預けたクリスはブルリと震えては弛緩するを何度も繰り返している。後ろからは見えないがきっとだらし無く緩んだ顔をしている事だろう。
反応がヤク中みたいで妹の将来が心配になる。
その間に平行して、無属性魔法「ハンド」を周囲に2本伸ばして触手のようにウネウネと動かす。
器用に紅茶を啜るクルトンと眠りから覚めたクルルが勢い良く飛び出し、その魔力の先端を嬉々として追いかける。
暫くピョンピョン、バサバサと室内を動き回った末にパクっと捕まえてしゃぶりついた。
普通なら感知できない筈だが俺の魔力には何故か反応出来るようなので、それを利用して偶にこうして猫じゃらし宜しく遊んでやっている。
エサの時間外サービスなので喜び様がすごい。
クルトンは吸収スピードが早いが、俺の魔力量からすれば大した消費ではない。寧ろこっちが何もしなくても勝手に吸い取ってくれる分楽である。
妹に魔力を流しながら魔法を行使するのはしんどいが、これも鍛錬だ。
何故昼下がりにこんな真似をしているかというと、今俺は身動き出来ない状況にあって暇だからだ。
というのも、俺の体は現在進行形でリューネに抱き抱えられている。
彼女の膝に乗せられた俺に便乗して、クリスも二重に乗っかっている状態だ。
ハァ、と溜息を吐き、俺は首を後ろを振り向かせた。
「リューネ…それは兎も角、いい加減に離して欲しいんだけど」
「ダメです〜!アル様は私が守るのですから、くっ付いてないとっ」
「いや、くっ付く必要ないって」
「じゃあ、私にもマッサージしてくれたらちょっとだけ離してあげます!」
脅迫すんなよ。
因みに彼女は、魔力を流したマッサージなんて事実は知らない。謎に気持ち良すぎるマッサージという事で疑問にすら感じていない。
魔力量の多いエルフの血が入ってるらしいが、そんなに鈍感でいいのだろうか。
先日に多発した襲撃事件…実際には襲撃前に俺が片付けたのだが、敵がいつ再び現れるか分からない状況だ。屋敷内の治安は今も脅かされている。
暗殺対象にされた母上の身は常に警戒され、周りを過剰な程に腕利きの護衛で固められている。
彼女自身も高価な防具を常時身につけるように言い含められているので、もはや敵が彼女に危害を与える事は叶わないだろう。
しかし彼女を直接殺せないからといって敵が素直に諦めるとは限らず、むしろ攻め方を変えて絡め手を使って来る可能性が高い。
その際人質として有効な俺ら子供達が狙われる危険を孕んで来るのだ。
その為ここ数日は俺とクリスの付近でもベテランの兵士が護衛に当たっている。
リューネも一応戦えるメイドだったらしく、緊急時には側で守るように厳命されているらしい。
フリードは知らない。
リューネはそれをどう曲解したのか、護衛として俺をずっと抱き締めていないといけないと頑なに主張している。
尤もこれには俺にも非があり、昨日家をコッソリ外出した事で彼女を心配させてしまったというのが大きいが。
俺ら公爵子息に対して、邸内の安全が確保されるまで当分の間は今までの様に屋敷を抜け出す事は厳禁とされていた。
軟禁状態に逆戻りした上に人目も増えた事で以前のように訓練が出来なくなってしまい、俺も少なからず鬱憤が溜まっていたのだ。
ちょっとくらいならバレないだろうとトイレに行ったフリをして護衛を撒いたのだが考えが甘かったようで、1時間程で部屋に戻った頃には大騒ぎになっていた。
それからというものリューネが今の様にベッタリになり、他の護衛からも目を離すと消えてしまうイタズラ小僧としてマークされてしまった。
軟禁状態からリューネによる拘束状態に移行されたので不自由この上なく、こうしてバレない様に魔力訓練をするくらいしか出来ないのだ。つらい。
早いところ騒動が落ち着いてくれるのを願うしかないな。
間者が取り締まられた以上は敵も慎重になって尻尾を引っ込めるの筈だが。
あの襲撃の焦り様から、このまま素直に退いてくれるかどうか…。
いざという時の為に準備を整えて置こう。
こうも見張られては動けないが、それでも出来る事はある。
俺はクリスの後頭部を眺めながら思考を巡らせた。
その日は護衛も交えて皆でポーカーをして遊んだ。
トランプは異世界転移者に広められた代表的な遊びで、身分を問わず広く親しまれていたのだった。
*
予想が当たってしまい、1週間が経った頃に性懲りもなく敵が攻めて来た。
夜中に知らない気配がウジャウジャと接近して来れば嫌でも分かるというものだ。
気配が多い。ざっと50人以上はいる。それが一斉に門の方向へと殺到した。
正門は警備を固めていたにも関わらず、数の暴力によりあっさりと敵の侵入を許してしまった。
今までと違い、本格的な侵攻だ。
やはり暗殺を諦める訳にはいかなかったのか、それとも向こうにも面子としてやられっぱなしではいられず意地になっているのだろうか。
とはいえ邸内の防衛体制は過剰な程整えてある。
間者の手引きがない中で正面から向き合えば、圧倒的に分があるのは此方の方だ。
門を超えた先では敵の数を上回る兵士達が待機しており、門を超えてすぐに察知された侵入者は彼らから集中砲火を受けた。
ウィーンウィーン
伝令の魔道具が発動したようで、別館内にサイレンの音が響き渡る。
「侵入者発見!侵入者発見!!直ちに避難体制に移行して下さい!」
「ハッ!?…アル様、クリス様!早く向こうの客室へ行きましょう!」
「急ぎましょう!」
眠りかけていたクリスを抱いたリューネと護衛達に連れられ、俺は慌ただしく奥の部屋へと移動を始めた。
一見して何の変哲もない部屋なのだが、撃退用魔道具の仕掛けや避難通路への直行が出来る為、緊急時の避難室として機能しているらしい。
廊下に出ると幾人もの使用人や兵士が走り回っていた。動揺しながらもすぐに行動に移せるあたりが流石公爵家の人間だ。
歩きながら外の気配に意識を配ると、敵も粘ってはいるが此方との戦力差は大きく、逃げ惑って徐々に数を減らしている。
最初の時点で勝負は決していた気がする。
ただ不思議な事に、敷地外へ逃げたのは数人のみで他は敷地内に留まったまま各方向へ散回してしまい、兵がそれを追いかけて掃討に向かっているようだ。
この不利な状況で何故撤退しない…?
どんな任務を受けたか知らないが、成功する見込みはない筈だ。
気配だけでは動きを捉え辛いので部屋に着いた俺は南面の窓から外を覗き込み、『感覚強化』で視力を底上げする。
2階だが位置取りが良く、それなりに広範囲が見渡せる。
遠くからでも爆音が響き、各地で魔法や武器が飛び交っていた。
侵入者は全員が黒装束を纏っていたので、個人の特定は難しいが逆に敵の把握としては分かりやすい。
こうも黒いと、今の暗い時間では俺みたいにスキルを使わない限り発見しづらいのかも知れない。
しかし彼らをよく見ると、意外にも直接の戦闘は殆どない。兵士と正面から戦う事は避け、稀に奇襲をかける程度だ。むしろ逃げる事に徹している。
さらに観察する。
敵はあまりにもバラバラで動いていて、行動に一貫性が見られない。
建物に火を付けて放火しようとしたり、盗みを働いたり、メイドに乱暴を働こうとしていたり。
三下同然の山賊紛いの行為で、とても暗殺に繋がるとは思えない。
それでいて兵が追いついた段階でそれまでの行為を中止し、迅速に逃げる。まるで執着心がない。
暫くして兵を撒いたら、懲りずに再び似たような行動をとっている…。
わざわざ公爵家に攻め込んでまで盗賊行為を働く理由はなんだ?
目的が見えない。巫山戯ているとしか思えない。
これでは只の嫌がらせ… そうか、錯乱か!
最初に堂々と突撃を掛けてきた時点で不自然に感じていた。
露骨に意味のない行動となれば、これは陽動だとしか思えない。本命は別にあるのだろう。
情報が錯綜している今、兵の指揮系統も乱れているように感じる。
単体で見れば違和感は少ない為、俺みたいに全体を見渡せないとすぐには気づき辛いかも知れない。
『気配察知』の有効範囲を広げる。
…いた!門から少し離れた地点から今にも侵入しようとしている別働隊の気配を捉えた。
気配を抑えている事から少なくとも手練れ。此方が本命だと分かる。
今までは必ず正門から侵入されていたが、考えてみれば敢えて門を通る暗殺者等間抜けもいい所だ。
当然門以外から侵入するルートは確保してあり、これまで敢えて門を使って来たのはカモフラージュだったのかも知れない。
その15人で構成された別働隊は表の部隊の様に騒がず、慎重に別館へと向かって来る。
正門側に応援に駆けつけて兵がいなくなった隙間を的確に選んでいるようで、誰にも見つかる事はなかった。
陽動からの暗殺。今までの短絡的な襲撃に比べれば随分と周到だ。
とはいえ別館の警備はこれまでにない程厳重だ。あの人数でなんとかなるとは思えないが…。
「アル様、顔を出してはいけません!見つかってしまいます」
リューネに窓から離されてしまった。
気になる所だったが、どのみち屋敷に侵入されてしまえば視界には入らない。再び気配察知にシフトしよう。
敵が別館に近づくにつれて兵士に発見される事も何度かあったが、騒ぐ暇すら与えずに処理してしまった。
屋敷の裏口でも相当数の兵士に接触したが、兵士全員の気配が突然絶たれた。
瞬殺されたという事だ。想定以上に敵は凄腕らしい。
だが気配を薄めたとはいえ、これだけ大人数で攻め込んでバレない訳がない。
ジリリリリ!!
すぐに気づいたロバートが敵に接触した。タイミング的に彼が侵入を告げるベルを鳴らしたようだ。
周りの兵と共に敵に立ちはだかったロバートは、劣勢ながらも果敢に戦闘を始めた。
頑張れロバート!
だが少しして敵は時間を惜しんだのか、彼らを何らかの方法で静止させた隙に、2人をその場に残して奥へと通過してしまった。
それにしても新設された魔道具の罠に誰も引っかかっていない。
流石は暗殺者なのか、それとも未だに身内に手引きがあり情報が漏れているのか…。
侵入を果たした敵はその先で二手に分かれた。
片方は気配を殺して客室や寝室を縫う様に移動している。
使用人から悲鳴が上がっても御構いなしで次に進む。何かを探しているようだ。
もう片方の部隊は接触した兵を不意打ちして殺しながら、真っ直ぐに階段を駆け上がって3階へ移動した。
恐らく後者の方は母上が狙いだろう。
これだけ実力が高いと護衛だけでは敵に敗れる危険もあるが…そちらの方は心配していない。
ドガァァンッ!!
2階にも大きく響き渡る轟音。
敵の1人の気配が一瞬で奥の壁にぶち当たり、程なくして消滅した。
「ここを通すと思ったかぁぁッ!!!」
我らが父上、マグナスだ。
彼は指揮官を代理の者に任せ、自分は直接母上を守るという選択をした。
今まで何度も敵の侵入を許し、駆けつける事も出来ずに彼女を危機に晒した事が余程歯痒かったのだろう。
母上をつけ狙う憎き敵が目の前に現れた事で、今まで聞いた事もない声を発して激昂している。
こうなった彼を止められる人間はいない。
敵は回避に集中しているが、音に反応して他の護衛も合流して来ている。既に袋の鼠だ。
向こうは大丈夫だろう。
問題は今も動いている敵のもう片方の部隊だ。
彼らは1階を調べ尽くしたのか2階の調査を始め、ゆっくりと俺達のいる部屋へと近づいている。
予感はしていたが…やはり目的は俺か、クリスか。
エリザの殺害が不可能な以上、俺達を人質に取って来るに違いない。
いや、僅かに此方の部隊の方が気配の濃度が高い事から、元々俺らの方が本命だったか。
時間にして数秒、思考する。
襲撃パターンをいくつか想定し、対処策を練る。
大人の前で大っぴらに俺が戦う訳にもいかない為、最低限出方を伺う必要がありそうだ。
「誰かこっちに向かって来ているみたいだよ」
頭を整理し、俺はそれとなく周りに接敵を伝えた。
護衛達はビクッと反応したが、すぐに訝しげな顔をした。
耳を澄ましてもまだ足音も聞こえないのだから、幻聴か子供の戯言だと切り捨てたのだろう。
「むむ、皆さん警戒して下さい!クリス様はアル様から離れないようにお願いしますっ」
だがリューネはすぐに俺の言葉を信じてくれたようで、扉側を睨み付けたまま短剣を構えて身構えた。
俺も彼女に合わせて苦無を構える。
俺の日頃の訓練から剣の腕がある事は承知しているので、事前の打ち合わせで戦闘時に妨げになる妹の護りについては任せてもらっている。
クリスは彼女の言う事を聞くや否や俺の胸に飛び込み、ガシッとしがみ付く。
その顔に悲壮感は見られない。
グリグリと満足気に顔を擦り付けているが、それだと身動きが取れないのでもう少し離れて欲しい。
護衛達は疑いながらも武器を手に取るが、次第に廊下から足音が僅かに聞こえた事で話に信憑性を帯びたようだ。
全員に緊張が走る。
やがてカチャカチャと小さく音がした後に扉が静かに破られ、数人の刺客が一斉に遅い掛かって来た。
「ハァァッ、させません!!」
「ムゥン!!」
「やあっ!」
「シッ…!!」
リューネを筆頭に、3人の護衛が敵を迎え討つ。
剣戟と共に敵の容姿が露わになった。
部屋に乱入して来たのは、5人の刺客。
奇しくも初日の暗殺者のと似た様な灰色の外套を被っていた。




