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マグナスの経緯と受難


ブロンベルク公爵家当主、マグナス。


彼は愚直にも幸運な男だった。



公爵家という大貴族の長男として生まれ、兄弟は姉が1人だけだったが、家族や使用人から愛され何不自由のない幼少期を過ごした。


彼は生まれつきガタイが良く、運動能力に秀でていた。


彼自身も身体を動かすのが好きで、祖父が話してくれる英雄譚に憧れ、己も将来は活躍がしたい!といつも訓練をしていた。

今のフリードと同じ様に勉強を嫌い、よく授業を抜け出していたが。


だがそんな日常も束の間、彼が10歳に満たない頃に祖父である当主が亡くなった。


『魔の森』のスタンピードが発生し、いつもの様に遠征に向かった先で魔物に敗れたのだ。


それからは父が公爵を継いだ。

父は祖父と違って剣才が無く取り立てて目立たない平凡な男だったが、領主として政治の才能はそれなりにあった。

元々執務を手伝っていたのもあり、大きな混乱もなく当主を務める事が出来たようだ。


その後マグナスは学園に通い始め、そこで周囲の目に違和感を感じた。

家に居た時と違って、公爵家嫡男に対して媚びへつらう生徒の中に何故か蔑視の視線が混ざっている事に気付く。


その差に戸惑いながらも疑問に思ったが、授業の最中で初めて王国に伝わる自らの家の変遷を知った事で理由が判明した。


家に居た頃は不敬にあたるとでも思ったのか、家庭教師達がその内容を露骨に避けていた為に授業では教わらなかったのだ。

尤も書庫に関連する本は幾らでもあったので、読書を嫌った彼の自業自得だが。



アトラス王国には王族を除く最上級の爵位として、古来より3つの公爵家が君臨する。


エルネスティン家、ロレーヌ家、そしてブロンベルク家。


ブロンベルク公爵家は他の2家とはやや立ち位置が違い、あくまでも武家である。

血筋以上に伝統によってその栄誉が存続されている。


かつて勇者と共に魔王を打ち倒した祖先が公爵位を賜り、以来その非才なる武勇を持って代々活躍をして来た。

加えてブロンベルク家は『魔の森』の脅威を食い止める為に自ら進言してその付近を領土をし、国の守護者としても戦い続けた。


王国中から讃えられ、英雄と同一視する者も少なくなかった程だ。


しかしそれも昔の話。

何代目かの魔王が討伐されて以降人族圏では徐々に魔物被害が減少し、近年では国の立ち回りが上手くなった為か戦争が起きる事もなくなった。


平和といえる時代になった事で、武を奮う場が少なくなる。

ブロンベルク家は『魔の森』からの防衛以外に与えられる役割がなくなってしまった。


戦闘を求められなくなった事で、必然的にその家系の者も戦闘の機会が減り、力が衰えていく。


嘗ては王国一の強者と云われ、継承権のある者で最も強いを当主とする為に兄弟間で決闘をする家訓まであったが、それも形骸化した。


今では過去の栄光にしがみ付くだけの家。

マグナスの祖父ですらAランク魔物に敗れる程度の力量でしかなかった。


蔑称として『名誉公爵』…名ばかりの公爵等と呼ばれている事も、この時に初めて知った。


昔は圧倒的な軍事力を誇っていたブロンベルク家だが、長年の軍備削減の結果今では軍と呼べる程の兵力は抱えていなかった。

他の公爵家と比べて資金も人脈も大きく劣り、公爵としての体を成していない。


英雄の血筋を引いているというだけで上位貴族として甘い汁を吸っている…過去の遺物…。


ブロンベルク家の内部事情を知らない貴族の間ではその様な悪意のあるイメージが定着していた。


それでいながら、皮肉にも英雄譚による過去の名声だけは未だ根強く民の間に浸透している。


「ブロンベルク家の癖に弱い」なんて事になれば、途端に後ろ指を指されるらしい。なんとも理不尽な話だ。



マグナスは己の家の歴史を知り、謂れ無い誹謗中傷に加え、家が尽くして来た国からも現状を屈辱的に貶められている事に対して憤った。


だがそれ以上に、平和だからと武を忘れ去ったブロンベルク家に対して情けなくなった。


それからというもの、自分が過去の栄華を取り戻すのだと一層鍛錬に励んだ。


その著しい才能を開花させ、学園での戦闘授業は常にトップ。他の追随を許さなかった。


初めは彼を内心で小馬鹿にしていた生徒達も、彼の圧倒的な強さに魅せられた事で憧れを抱く。

マグナスは冷遇から一転して人気者になった。


その鍛えられた巨躯と血筋を受け継いだ美貌により彼は女性から大いにモテたが、どれだけの美少女に告白されようとも鍛錬の邪魔だと相手にしなかった。

単に彼がその方面に疎かったというのが大きいが。


何れにせよ、学園限定ではあるがブロンベルク家の健在を示せた事に彼は嬉しく思った。



学園を卒業し実家に戻った彼は、貴族との会合にいつも忙しなく動き回る父を見て嫌気がさした。


“戦えない凡才”。王都ではそう馬鹿にされている事を、父は知っているのだろうか?


領主の仕事を軽視する彼は、ブロンベルク家でありながら武の道を志さなかった父に失望していた。


そんな心境とは裏腹に、間を空けずしてマグナスに対して時期公爵としての教育が始まる。

軍事学、経営学、政治学。上級貴族に相応しい礼儀作法。1日の全てが勉強に費やされた。


訓練の時間も取れず、何より次期当主としてのプレッシャーに押し潰されそうになった彼はついに家を抜け出し、貴族の身分を隠して冒険者となった。



それからというもの、マグナスは現実から逃避するようにして、貪欲に戦いを求めた。


時に冒険者として魔物を討伐し、時に傭兵として他国の戦争に首を突っ込んでまで。

彼は無鉄砲に突撃する嫌いがあり足元を掬われる事は数多かったが、どんな危機もその堅牢さでもって退け続けた。


そうしていつしか付けられた二つ名が『戦鬼』。


この頃には、自分が当主になる必要性が感じられなくなった。

当主になれば、領地経営やら貴族との付き合いやらに時間を割かれ、碌に鍛錬も出来なくなる。


皮肉にも跡継ぎとしての役目を放棄した事で彼の武勇が広まり、家の汚名も挽回出来ている。


当主は叔父か甥にでも譲ればいい。

自分はブロンベルク家の名声をより高める為にも、このまま戦いに身を置こうと思い始めていた。


名が売れてしまった影響で実家に連れ戻された後も、相変わらずマグナスは騎士達に混ざって魔物を狩り続けた。


その奔放ぶりをいくら周りに忠言されようが、彼は頑なに後を継ぐ事を認めようとはしなかった。



そんな中、突然の父の病死。

しかも遺言には「マグナスを当主とする」と明記されていた。


逃げ道を奪われ、彼は望まずして公爵家当主となる。

遺言を無視する事も考えたが、結局は領民の暮らしを守る為に重い腰を上げたのだ。


右も左も分からない中で周りを頼ろうとしたが、母は数年前に他界しており、姉は他国に嫁いでいる。

親戚に頼ろうにも自分が当主になった後では難しい。今の不安定な状況では権力争いを誘発してしまう。


さらなる不幸として、()()()重鎮が乗っていた馬車が道中で野盗に襲われ死亡していた事が判明。


碌に引継ぎも出来ず、ノウハウを持っていた筈の長年の忠臣が亡くなった為、屋台骨を奪われたような状態に。


彼は公爵として最悪のスタートを切る羽目になった。


慣れないパーティーに出席し、当主として顔つなぎをする。

どの貴族も腹に逸物抱えており、元々人付き合いの苦手だった彼は古くから傘下にある家しか信用出来なかった。


引継ぎがまともに出来ていないのは周知の事実だったのか、誰もが御構い無しにブロンベルク家へ人材を送り込もうとしてくる。

人材不足なのは確かだったが、政治工作を嫌った彼は一部を除きそれを拒否した。


貴族の陰湿さ、欲深さに打ちのめされる日々。


平然と業務をこなしていた父の偉大さを今更ながら思い知り、過去に散々授業から逃げた己を後悔した。


政治とスタンピード対策の板挟みで、彼は完全に首が回らなくなっていた。


そんな中で了承したマリアナとの婚約も、見合い話から解放されたいと半ば自棄になった様なものだったのかも知れない。


しかしそれでも彼は領主を投げ出さず、不器用ながらも問題を解決する為に日々精進を続けた。持ち前の根性を遺憾なく発揮して。



そんな努力が報われたのか、徐々に彼の周囲は好転していく。


エリザベートとの出会い。

スタンピード防衛の成功。

マリアナの妊娠、フリードリヒの誕生。

その後もアルフレート、クリスティアと子供が立て続けに生まれる。


アルフの出産時には多大に悩まされたが…、家族が増えた事でマグナスは戦い以外にも幸せを見出し始めていた。


二度目のスタンピードでは想定外の強敵を打ち破り、家の名誉も順調に回復。

貴族の人脈作りに関してはマリアナが務めてくれている。


頭痛の種だった金銭面も、アルフが発案したアスレチック事業で景気が上向きになり、解決の兆しがある。


エリザの病気がいつまでも治らない事だけが心配であったが、死にそうな容態から最近になって急速に回復した。アルフが毎晩彼女に渡している謎の薬のお陰らしい。


マグナスはアルフに感謝しながらも、息子の異常さに無理矢理蓋をした。



多くの苦難を乗り越えた先の、順風満帆な人生。


マグナスの一生を本にすればそれだけで売れるだろう。


事実彼自身、今は幸せの絶頂であった。


公爵を継がずに鍛え続けていれば今頃はS級冒険者になれたかも知らないが、今の生活と引き換えだと考えれば後悔はなくなっていた。


彼は幸運だった。


その愚直さ故に、今の幸せが薄氷の上に成り立った仮初めの物だと知らなかったのだから。





経営が上向きになり、滞っていた領地の改革に手をつけようと考える程度に余裕が生まれた頃。


施工済みのアスレチック場について施主からのクレームが発生したとの報告が上がった。


寝耳に水だったマグナスが詳細を確認したところ、何でも安全性を逸脱した遊具を施主が勝手に作った事で、それを利用した子供が怪我をしてしまったらしい。


設計者は事前に十分な警告をしたというので完全に身から出た鯖じゃないか、と彼は苦情に対して取り合わなかった。


此方に非がないのに下手に謝れば付け込まれる。その程度の見識は彼も持ち合わせていた。


むしろ今回の案件を利用して安全な設計の重要性を説くべきだと計画を見直しを計っていた。


しかし彼が対応する隙も与えられずに、同じ様なクレームが各所で殺到する。


仮に遊具に危険性があったとしても、異常な件数である。

周りの者がしっかりと子供を見守っていれば事故を防げた筈なのに、それを聞けば一様に「()()目を外していた」と返された。


それは監督者の責任なのではと甚だ疑問だった。


マグナス自身親の気持ちは分かるので強くは責められないが、怪我といっても回復魔法で治る程度の軽傷だ。次から気を付ければいいだけの話である。


だがどれだけ自分が無実を主張したところで、怒りの矛先の揃った被害者の声に黙殺されてしまう。


盛大なバッシングへの対応に追われ、一部では裁判沙汰にまで発展した。


どれだけマグナスが誠意を尽くそうとも既にアスレチックに対する悪評が広まっており、売り上げは日に日に落ちて行った。



それがエスカレートして何故かブロンベルク家の信用問題にまで話が上り、事態の解決に苦慮していた現在。


不意を突くように“エリザの暗殺未遂事件”が起きた。


「侵入者が倒れていただと!?そもそも護衛は何をやっていたんだ!」


「それが、ちょうど備品を取りに向かった隙を突かれたようでして。情けない事に物音がするまで誰も気付かなかったそうです」


別館の警備は本館に比べれてこそ薄いが、それでも貴族家庭として不足ないだけの人員が勤めており、侵入者対策の魔道具も設置されている。

担当が少し場を離れたからといって賊の侵入を許す程甘い体制ではないのだ。


結局侵入者が自害した事で情報は殆ど得られず、別館の守りを厚くするくらいしか対策がとれなかった。


この一大事に、騎士も可能な限り警備に回した。

本当なら全員連れて来たいが、そんな事をすれば自力では家も守れないと看做されてしまう。

貴族のメンツは簡単には回復しないのだ。


その後も追い討ちを掛けるように2日続けて侵入者が現れた。


毎回エリザの寝室付近で発見される為、目的が彼女の暗殺である事は疑いようがなかった。


不可解な事に護衛の人数を大幅に増やしたにも関わらず、誰も侵入に気付けなかった。

エリザの近くにも護衛を配置した筈だが、彼らが交代で離れた隙に()()()()()らしい。


よほど凄腕の刺客なのか、それが何故悉く気絶しているのか。

依然謎が増えるばかりだった。


エリザが心配で彼女を本館に戻すか、彼も別館で見張るべきかと焦燥していたところ、翌日にさらなる事件が起きた。


彼女の傍付きをしていたメイドが間諜であった事が発覚したのだ。


今回も“謎の失神”によってまたもやエリザの危機を救われたが、その件について思考をパンクさせた彼は「きっと彼女が精霊に愛されているのだ」と楽観的に捉え、そっと天に感謝する事にした。


問題は、そのメイドの尋問によって数々の間諜の存在が露見した事だった。


「ルード、ゲルマン、シュナイダーまで…。何も知らずにずっと敵を抱え込んでいたという訳か…」


今まで厚遇して来た護衛や文官にまで間諜が紛れ込んでいたなど、想像もしなかった。


彼らが敵に協力していたのであれば、侵入者が見つからなかったのも納得である。


エリザが無事だった事に安堵しながらも、彼は自分の人を見る目の無さ、政治的な才能の無さに落ち込んだ。


「私は家の事すら上手く見れていなかったのだな…。ハハ、とんだ道化だよ」


「公爵様…一度お休みになられた方がよろしいかと。ここ数日は仮眠すら取れていないではないですか」


「こんな時に休めるものか。周りは敵だらけ、いつエリザが殺されるか分からないのだぞ!」


同じ組織でこれ程の人数のスパイを許すなど、貴族として恥晒しもいいところだ。


どこまで家の情報が漏れたか分からない。

まだ間諜が潜んでいる可能性がある以上、他の部下も信用出来なくなった。


「はぁ…今は出来る事をするしかない。元部下の尋問では何か分かったか?」


「一通り調べ終わりましたが、有力だった者は自害しておりますので、やはり生き残った者は下っ端の構成員でしかない様です。一応細かい情報はこちらに更新していますが、手掛かりになりそうな物は少ないですな」


「何々…うん?この『エリザベート夫人が回復しなければこんな目に遭わずに済んだ』というのは何だ?」


「それですか…、何人かが同じ様な事を吐露していましたね。本人達も理由がよく分からないのに、どうもエリザベート様の病気が治らないで欲しかった様な言い分でして」


「病気が治らなかったとしても死ぬ様な症状では無かろうに、暗殺と何の関係があるのだ?支離滅裂な発言ばかりだな」


「全くですね。引き続き調査を続けます」


彼はエリザの警備計画の見直しを打ち合わせた後、間諜が抜けた事により滞った仕事を各所に割り振った。どの部下も仕事が増えて火の車だ。


人材を一気に失った今、補填するまでは業務にも差し障る。今後が不安だ。


彼はこうも立て続けに問題が起きる自らの境遇を嘆いた。




しかし彼は不運なのではない。

只々愚直であっただけだ。


父の死からエリザの病気に至る数々の不幸が、他者の介入によるものだと知らないだけなのだから。


妻に任せずに貴族社会に精通していれば、疑う心くらいは持てただろう。


そして知らないという点では、ある意味で彼は幸運だった。


妻であるマリアナが人脈を独占した上で暗躍し、家に不利益を齎している事に気付かずに済んだ。


それを薄々だが悟ったもう一人の妻エリザが裏で対抗し、その所為で何度も命を狙われているなんて事も知らずに済んだ。



彼はやはり幸運だった。


その愚直さ故に全てが後手に回り、最早どう足掻いても防げないところまで悪意に呑み込まれた絶望的な状況。


にも関わらず、未だチェックメイトへと至っていないのだから。



陰では己の息子が悉くその陰謀を退けてくれていただなんて、愚直な彼は当然気づく事はない。





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