間諜の露見
まさかとは思ったが、その翌日にも性懲りもなく侵入者が現れた。
今回はさらに増えて、その数は5人。
しかも3人と2人に別れて、時間差で門を抜けて来た。
あたかも敵が増殖されているようだと感じた。
別館の周辺は昨日以上に警備が増えているにも関わらず、彼らはまるで意に介した様子を見せない。
護衛の目を掻い潜って相変わらず素通りして来る。
だが順調に進んでいた彼らは3階に上がった途端に一度立ち止まり、四方に隈なく目を向けて周りを何重にも確認している。
警戒し過ぎていて、なんだか逆に間抜けに映る。
まるで見えない攻撃を警戒しているみたいだ。
それでも俺からの不可視の拘束は一切防げずに、今回も余裕で撃退したが。
先行していた3人を廊下で同時に気絶させる。その後から現れた後発の2人が倒れている同胞に驚いている隙に、同じくパパッと気絶させる。
後は適当に騒音を作り出して任務完了だ。
同じ手口なのに全く反応出来ていない。楽勝過ぎるぜ!
しかし彼らの警戒のタイミングといい…、これは俺が拘束した時の状況が敵側に伝わっているとみて間違いないな。
今までの侵入者は全員自殺した筈なのに、どこから話が漏れた?
それ以上に気になる事がある。
何故敢えて連日で襲撃する必要がある?
仮に侵入に自信があったとしても、警戒が解けた頃合いを見計らった方が敵としても効率がいい筈だ。
やけに計画が拙い。
何が理由があるのか。例えば母上をすぐに暗殺しないと不味いような理由が。
敵は焦っている?
この調子だとさらなる強硬手段に出ないとも限らない。
聴覚を強化して情報収集に努めよう。
大量の声を聞き取った。頭が痛いし、疲れた。
結局大した情報も得られないまま、侵入者達はまたもや自殺したようだ。
前回の教訓を活かして彼らの歯に仕込まれた毒は予め抜き取ったようだが、いざ尋問しようと猿轡として噛ませた布を外した瞬間、舌を噛みちぎって死んだらしい。
防ぐ暇もなかったと。
敵ながら根性があるものだ。
屋敷中の人間が過去に類を見ない事態に不安を抱いていた。
一部の連中はむしろ敵が失神した正体不明の現象に対して不気味に思っているようだったが、この状況下で自分の仕業だと明かしても余計に混乱が増すだけだと思う。
悪いが今は有事だし、黙秘させて貰う。
さらに翌日の夜。
また曲者が来るかと見張っていたが、今の所は敷地への侵入者は現れない。
やっと諦めたかと安堵しかけたが、ふと違和感が生じた。
それを確かめるように周囲を改めて探ると、母上の寝室に向かっている気配がある。
知っている気配だ。恐らくメイドの一人だろう。
母を訪問する事自体に特に不自然はない。
状況を報告、安否の確認など、するべき事は多いと思う。
だが、そのメイドはどう見てもわざわざ人がいる場所を迂回して進んでいる。
内密の話だとしても、果たしてそこまで人目を避けるだろうか?
不審に感じて『隠蔽』を発動させ、誰にも気付かれずにメイドの側へ向かうと、彼女は母の部屋の手前に着いた段階でキョロキョロと周りを仕切りに見渡していた。
何かに怯えている。
昨夜の侵入者とまるで同じ行動だ。
敵がやられた不可視の拘束を警戒している。
つまり拘束される可能性を感じる、何か後ろめたい事がある立場…この女、もしや敵に通じているのか。
だが、事件の話を聞いて謎の失神劇に恐怖しているだけかも知れないし、これだけだと確定とはいえない。
母の部屋に入れるのは危険だが、この後どんな行動を取るのか確認したい。
もう少し様子を見守ろう。
メイドは何事も起こらなかった事にホッとしながら、扉をノックした。
「ケイトね。入って良いわ」
母上は起きていたようで、すぐに入室の許可が出た。
彼女が寝室内に入り扉を閉めると同時に、俺はサッと移動してその扉に張り付いた。
扉のちょうど目線の位置。
そこには目立たないが極小の穴が開いており、室内の様子を覗けるようになっている。
何故都合良く穴が開いているか…
それはこんな事もあろうかと、俺が昨日のうちに開けて置いたからだ!
さすがにメイドが刺客とまでは予想していなかったが、万が一にも侵入を許してしまった場合、または敵に密室殺人の手段があった場合に備えて、身バレせずに母上を守れるように想定した結果だ。
フフフ、すぐに役に立つとは。
使う事はないと思っていたが功を奏したようで重畳だ。
側から見れば只の覗き魔でしかないが、非常事態という事で勘弁して貰おう。
こんな所を誰かに見られたくないので、『気配察知』は強めに発動しておく。
「只今、お茶をお入れします」
「ありがとう。外の様子はどうかしら?」
「現在怪しい人物はいないみたいですが…何度も侵入を許してしまっている手前、安心は出来ませんね。私達の力が及ばず申し訳ございません」
「ケイトが気にする必要はないわ。心配ではあるけれど、幸いまだ誰にも被害が出ていないんだし…」
暫く彼女達の会話を注意深く伺っていたが、不審な様子は見られない。
強いて言えば少しだけメイドが落ち着きがないように見えるが、過剰に疑っているからそう見えるだけかも知れない。
スパイ疑惑は勘違いだったかと思いかけていたが、そのケイトというメイドが入れた紅茶に母上が手をつけようとした瞬間、彼女の目が怪しく光った。
これは!
【 ※アッサムティー: アルド地方の茶葉を使用した紅茶。即効性の睡眠薬が混入されている 】
ティーカップを『解析』する事により、紅茶の詳細まで把握出来た。
眠れない母上を心配して睡眠薬を施した…ここ最近の情勢下でそんな甘い期待は流石に出来ない。
眠らせてどうするつもりなのか。
命まで狙っているかは不明だが、このまま母上が飲むのを放置するわけにはいかない!
『鎖』を素早く射出。
彼女が口につける直前、ティーカップに向かって鎖を軽くぶち当てた。
突然手元に伝わった衝撃に対応出来ず母上はティーカップを落としてしまい、カシャンッ!とカップの割れる音が床に響く。
母上は何が起こったのかと唖然としている。
だがそれ以上に驚愕しているのがメイドだ。
彼女からしてみれば母上が紅茶に口をつける直前にいきなりティーカップを落とした事から、睡眠薬の存在に気付いたと邪推したようだ。
一体何故バレたのかと、母上と一緒になって固まっている。
部屋の中は静寂が立ち込めていた。
呆けた二人の女性の静止画。正直ギャグっぽい光景だった。
だが俺は空気を読まずにメイドを鎖で一瞬だけ拘束し、お馴染みの『スタンガン』で失神させて置いた。
「アゥッ…!」バタン
突然メイドが痙攣して床に倒れた事で、母上は硬直から覚めたようだ。
「キャ、キャーーー!!何なの?誰か、誰か来てーっ!」
余程驚いたのか、彼女は甲高い悲鳴をあげた。
すまん、母上。
やべ、早速悲鳴を聞いて誰か駆けつけたようだ。
一度退散しよう。
*
取り調べの結果、そのメイドは服に暗器の類を隠し持っていた事が判明。
彼女は今までのプロの侵入者と違って自殺する覚悟はなかったようで、尋問を始めた段階であっさりと口を割った。
睡眠薬で母上を眠らせた後、殺害する予定だったらしい。
動機は、命令されたから。
外部からの暗殺が悉く失敗したので、大した戦力もない間諜が直接殺す羽目になったのだろう。
定期的に送られる暗号により「エリザベートを殺せ。手段は問わない」と簡潔な指示が出されていたようだ。
普通ならリスクを減らす為に毒殺に頼る所だが、母上は毒に耐性がある為、彼女は自分の手で殺す事しか思い付かなかった。
いつから敵に通じていたか問い詰めると、メイドとして雇われる以前からとの事。つまり最初からスパイだった訳だ。
因みに彼女が公爵家に勤め始めたのはなんと7年前…ベテランのスパイだった!
背後関係を尋ねると、路頭に迷っていた幼い時分にある男に雇われたそうで、その者の名前すら知らないらしい。
尋問で痛めつけても、覚えている限りの男の特徴を告げるだけで名前が出て来なかった。
態度を見ても雇用者を庇っているようには見えない。本当に把握していないのだろう。
やれ恩知らずだ恥を知れと周りから罵倒される中、何故未だに素性も知れぬ敵に従う必要があったのかとと聞かれると、「他の同胞に見張られているから、命令に逆らえなかった。仕方なく実行した」と彼女は泣き喚きながら供述した。
どうやらこのケイト以外にもスパイが紛れ込んでいるらしい。
尋問官が詳しく聞き出すと、彼女は自暴自棄になったのか躊躇わずに知っている範囲の情報をすべて暴露した。
次々と上がって来る使用人や文官、兵士の名前。
母の傍付きであった事から、間諜の中では彼女は古株で、割と上位の人間だったのかも知れない。
思った以上に情報を持っていた。
すべての情報を吐き出した彼女は一転して安らかな顔になり、最後に「エリザ様、ごめんなさい」と懺悔するように呟いたという。
その様子から暗殺は本意ではなく、世話になった公爵家に対して少なからず後ろめたさがあったと感じさせられた。
今まで仕えて来た者の中に多くの間諜が潜んでいた事が知れ渡り、公爵家一同は騒然とした。
何せ様々な役職にスパイが紛れ込んでいたのだ。プライベートな情報は勿論、機密情報すらも筒抜けになっているかも知れない。
マグナスの元で平和に運営されていた筈の公爵家は、何年も前より内側から敵対組織に侵食されていたという事になる。
驚いたのは、ケイトから得た情報に沿って間諜だと露見した人間の一部を呼び出した際、バレた事を悟った彼らが一斉に武器を懐から取り出し、その場に居合わせた母上に対して同時に襲い掛かった事だ。
幸い彼女の傍には腕のある騎士も控えていたので、不意を突かれても危うげなく撃退する事が出来たが。
相手も後がなくなって開き直ったはいいが、準備もなく破れかぶれだったのだろう。
逆に言えば、そこまでしてでも母上の命を狙う必要があったという事だ。
敵は余程逼迫した状況らしい。
襲撃事件が秘密裏に収束した後、その場に呼び出されなかった他の間諜は、問答無用で一人ずつ拘束された。
その数なんと14人。間諜の摘発という点では前代未聞の大捕物だ。
その中には門番も含まれていたらしい。
今までの侵入者は、彼ら間諜の協力のお陰で俺以外の誰にも止められずに侵入を果たしたという事だろう。
一つ謎が解けてスッキリした。
本館のほうでは今も間諜達を尋問している最中らしいが、未だ明確な敵は見えてこない。
捕縛される前に自殺した者も数名いたので、本当に情報を持っている人間はその中に含まれていたのだろう。
自殺しなかった残りの連中は共通して直接の雇用関係ではなく、上司が判明している者でも闇ギルド等の組織を挟んでいるらしい。
闇ギルドの拠点は秘匿されている為、末端を倒した所で居場所を掴めない。
現状だけでは事件は迷宮入りだ。
目的が母上の暗殺だとハッキリした今、敵にこれ以上の狼藉を許す訳にはいかない。
もし俺が運悪く気づかずに暗殺が果たされてしまっていたとしたら、後悔してもし切れなかった。。
そう考えると、今まで相手を気絶しかさせて来なかった自分の行動に生温さを感じた。
例えば最初に現れた侵入者を秘密裏に逃していれば、それを尾行して敵組織を発見出来たかも知れないが…後の祭りだ。
その場合俺がいない間は母上の安全が保障出来なかったし、あの時は悪手としか思えなかっただろう。
以来、母上には信用の置ける護衛が常に2人張り付くようになった。
現在も俺たちと食事中だが、彼女の後ろに控えている。
彼女は先日からずっと浮かない顔をしている。
今も俯き、喉を通らないのか食事にも手を付けていない。
自分が暗殺を狙われている恐怖に加えて、それなりに仲の良かったメイドが間諜だった事に遺憾を抱いているようだ。
他の親しい使用人の中にもまだ潜んでいるかも知れないという見えない不安もあるだろう。
絶対に彼女を死なせる訳にはいかない。
母上の悲痛な表情が、俺に事件の解決を急がせた。




