クリスのペットを求めて
ある日、クリスと一緒にお絵描きをして遊んでいた時の事だ。
「あのね、にーちゃ。クリスもくるたんほしいの〜!」
先日ペットになったスライム、クルトンを胸に抱えて頬ずりをしながら、彼女は兄であるアルフに対して興奮気味におねだりをして来た。
「こいつが欲しいの?でもクルトンは僕のペットだからなぁ…」
「んーん、くるたんじゃなくて、ちがうくるたん!」
要約すると、アルフからクルトンを貰いたい訳ではなく、お揃いとして自分のペットが欲しくなってしまったようだ。
アルフについて回り、夜は枕のように一緒に寝てくれるスライムを見て羨ましくなってしまったのだろう。
実際は魔力を勝手に吸い取る食いしん坊なのだが。
アルフは悩んだ。
かわいい妹の頼みだ、全力で応えてあげたいが、生き物を飼う以上責任を伴う。
家でもう一匹増やしていいかも分からないし、そもそもクルトンのとかと同様に他のスライムでもテイム出来るものだろうか。テイムなしではクリスが襲われかねない。
問題が山積みなので、一旦保留にしようとしたのだが…
「にーちゃ、いいこにしてたらくれるってゆったもん!」
そうだった。
今週末はクリスの誕生日。前回の誕生日会の時に来年も何かくれるのか聞かれたので「いい子にしてたらね」と適当に答えていたのだ。
勿論最愛の妹へのプレゼントを忘れる訳がなく、明日は訓練を休んで街へ繰り出そうと思っていたところだ。既に候補は着ぐるみか髪留めと2択まで絞っている。
だがここに来て本人からリクエストが来てしまった以上、それを無碍にする事は出来ない。
結局、両親の許可を取れたらという条件で了承してしまった。
*
翌日、アルフは山の拠点まで赴いた。
妹のペットを探す為である。
あの後夜中に父マグナスが顔を出したので相談したが。クリスに駄々甘の彼が認めない訳がなく、彼女の上目遣いに陥落するままに許可を出されたのだ。
母エリザは言わぬもがなである。
どうやってペットを見つけるのか尋ねられたが、そこは丁重にはぐらかさせて貰った。
そんな経緯で、スライムの群れを求めて山の浅瀬を走り回っているわけだが。
「碌なのがいない…」
クルトンみたいに、ペットとして扱えそうな可愛らしいスライムには出会えなかった。
クルトンはユニーク個体ならではの触感と艶やかさを備えているが、通常のスライムはもう少し見た目が悪く、粘つきやすい。
アルフもそれはある程度承知していたので多少の劣化は割り切るつもりだったが、今日は運悪く普通のスライムすら見つからない。
スライムから派生して進化したと思われる魔物はそれなりに発見出来るのだが。
そもそもここデュリス山脈は浅瀬でもそれなりに強力な魔物が生息しているので、弱い魔物は食料として淘汰されやすい。
繁殖力のあるスライムですら核を食われるので、進化すらしていない個体が生き延びるには辛い環境なのだ。
スライムから進化した個体は、その多くは形態が変化している。
毒の体液を吐き出す黒く濁った「ポイズンスライム」や、表面がバチバチと弾ける「パラライズスライム」は気軽に触る事が出来ない。
「アクアスライム」はアメーバの如くドロドロしているし、「クレイスライム」は泥みたいなものなので部屋に入れたら周りが汚れてしまう。
何れもペットには不向きで、アルフは途方に暮れてしまった。
しかし考えてみれば、クリスはペットが欲しいのであって、スライムが欲しいとは言われていない。
彼女の難解な言語にうっかり惑わされてしまっていた。
お揃いが一番なのだろうが、あまり可愛くないスライムをあげるくらいなら、他の可愛い小動物のほうがきっと喜ぶだろう。
そう考えを強引にシフトして、彼はスライム探しを断念すると周囲にいる小さな魔物の探索を始めた。
小型の魔物は比較的少ないが、探せばいくらでも見つかる。
候補としてはホーンラビットやリトルベアあたりが有力だが…、クルトンに匹敵する愛らしさを感じない以上は妹が満足する筈がない。
アルフはそう判断した。
取り敢えず、自分がペットに欲しいと思えるのが最低ラインとして引かれた。高望みである。
それからというもの虱潰しに探し回ったが、どの魔物も正直パッとしない。
直に日も暮れそうなので、妥協するか後日に回すか決断に追われる事になる。彼は落胆とともに悩ましげに天を仰いだ。
「そうだ、鳥か…」
アルフが空を見上げると、木の頂上で羽を休めている、薄く金色に輝く小鳥が目に映った。
今まで山の訓練では鳥のような飛行型の魔物は近づいて来ない為、目に入っても自然と意識から外すようになっていた。
だが考えてみればペットとしては適切かもしれない。
それにこの小鳥の愛らしさ!
フクロウの様に丸い体躯に、肌触りの良さそうな美しい羽毛。寝起きなのか僅かに細められたつぶらな瞳がなんとも言えないあざとさを増長している。
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名前 -
種族 スパルナ
性別 女
職業 ソード
年齢:0歳
LV:8
HP: 117
MP: 135
筋力:39
魔力:93
耐久:48
敏捷:81
器用:56
運:32
【ユニークスキル】
《月魔法》
【スキル】
無音飛行Lv1 害意察知Lv3
【称号】
アルテミスの加護
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「いや、またユニークかよっ!?」
クルトンに続き、たまたま見つけた魔物を鑑定したらユニークスキルを持っていたという奇跡的な状況。
アルフはそろそろ、ユニーク個体の希少性が疑わしくなって来た。
実際には彼の持つ異常な“運”の数値が確率を変動して巡り寄せているのだが。
【 ※「月魔法」: 月の力を顕現する。状態異常の付与、月光や重力の操作が可能 】
【 ※「アルテミスの加護」: 月の女神の加護。月光を浴びる事でその間の身体能力や耐性が上昇 】
魔物も魔法が使えるのか!と驚いたがその詳細を見るとさらにとんでもなかった。
“月”という環境に限れば他の属性魔法より遥かに強力そうであり、加護がその効果を後押しする。
少し育てば、月の出てる時間帯は無敵ともいえるだろう。
妹の護衛にもぴったりだ。
アルフはニヤリと笑い、『隠蔽』を使ってゆっくりと小鳥の元へ近づいた。
その木の下に立ち、『鎖』を立ち上げて小鳥を取り囲み、反応も許さずに楽々と拘束。
鳥をその場に鎖で浮かせた状態で、スルスルと木に登って目の前まで辿り着く。
その小鳥は力が抜けた途端身動きが取れなくなった事に動揺してバタバタと踠いていたが、アルフが視界に入るとキョトン、と不思議そうに見つめ返した。
おそらく目の前の人物に拘束されたと悟った筈だが、『害意察知』に反応しない為、危険ではないかも知れないと思い返したようだった。
「急に捕まえてゴメンね。君には是非とも妹のペット…つまり家族になって欲しいんだ」
小鳥であれば親がいてもおかしくないが、既に独り立ちを済ませたのか周囲にそれらしき個体はいない。
ならば耳障りのいい家族として勧誘してもいいだろう。
アルフはゲス顔で一方的な会話を始めた、
彼の言葉を理解したのか、それとも騙されたのか。
鳥はキュルルル、と可愛い声で鳴いた。
「オッケーって事かな?たぶん、いいよねよっしゃ!しかしどうしようか、名前を付けてもし俺の従魔になっちゃうとクリスにあげていいか分からないし…」
どうやってこの小鳥を連れて帰るか悩むアルフ。
すると突然、鎖を通して彼の魔力を一気に吸い出される感触があった。
これは、クルトンに名前を付けた時と似た様な感覚だった。
だが幸いあの時のような目眩はなく、魔力消費も比較的少ない。
体調に問題なさそうだ。
落ち着いてから改めて小鳥を鑑定すると、ステータスの称号に「アルフとの契約」というものが追加されていた。
「もしかして、クリスの従魔になる為に君が気を遣ってくれたとか…?」
尋ねても小鳥からは返事がなく、目を細めて喉を鳴らすのみ。
訳が分からなかったが、きっと大丈夫だと信用する事にして鎖から解放した。
小鳥は逃げるどころが引っ付いて来る。
本当について来てくれるようだ。人に危害を加えそうには見えない。
気が変わらない内に攫ってしまおう、とアルフはそれを抱えたまま木を飛び降り、一直線に我が家へと帰還した。
*
帰宅すると、早速妹を呼び出した。
「クリス〜ちょっとこっちにおいで?」
アルフが呼ぶ必要もなく、その前に彼女はダッシュをかましており、兄に勢いよく飛びついて腹に抱きついた。
「おーっとと…、よしよし。少し早いけど、クリスに渡したい誕生日プレゼントがあるんだ」
クリスはパァァッと笑みを深め、「くるたん?くるたん?」とせがむ様に問い掛ける、
彼はその頭をそっと撫でてからしゃがみ込み、懐に隠してあった小鳥を彼女の目の前に差し出した。
「わぁぁっ。トリさんだぁ!!」
「スパルナっていう魔物なんだ。今日からこの子が、クリスのペットだよ!」
「ほんと?クリスのペット〜!!」
彼女はその言葉に感極まった様にはしゃぎながら、おっかなびっくりと小鳥を撫でる。
小鳥はクリスを見つめつつも、心地良かったのか目を細めている。
その愛らしさと羽毛の柔らかさも彼女はうっとり。
よかった、どうやら気に入ってくれたようだ。
アルフは一安心した。
「はわわ、かわいいなぁ。にーちゃ、このこのおなまえ、なんてゆうの〜?」
「実はね、まだ名前がないんだ。クリスのペットだから、この子はクリスが名前を付けるんだよ?」
「クリスがつけていーの!?やった〜!」
「えへて、なににしようかなぁ」とうんうん悩むクリス。
一応アルフはその小鳥がメスである事を伝えておいた。
妹が出来たとさらに喜ぶクリス。
その間にお留守番をしていたクルトンが駆けつけ、小鳥との顔合わせをしていた。
スライムは餌だと思い込んでいた小鳥はクルトンに飛びかかったが、あっさり躱された上に床に取り押さえられ、逆に魔力を吸い出されていた。完敗である。
そこで、何か意思の疎通が取れたのか、すぐにお互いで戯れ出した。
「よぉし、きめた!にーちゃ〜、トリさんのおなまえきまったよ!」
そういうと彼女は小鳥を両手で抱え上げ、向かい合うようにしてそのキラキラした瞳で告げた。
「あなたはね、『クルル』!クリスの、おともだちになってくれる?」
その問いに答えるように、小鳥はスッと薄く輝き出した。
やっぱり「名付け」によってテイムが完了するのかな、と彼が漠然と考えていると、すぐに「キャッ」と小さい悲鳴がした。
クリスが突然気を失い、倒れたようだ。
慌てて駆け寄るが、軽く診察した限りでは呼吸は落ち着いており、どうやら眠っているだけだった。
直前に感知した魔力の変動から予想するに、恐らくテイムによって魔力が枯渇してしまったのだろう。
心配が解けた事でホッとして、彼はクリスを抱えてベッドまで運んだ。
小鳥のクルルも彼女の腹に止まり、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
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名前 クルル
種族 スパルナ
性別 女
職業 ソード
年齢:0歳
LV:8
HP: 117
MP: 135
筋力:39
魔力:93
耐久:48
敏捷:81
器用:56
運:32
【ユニークスキル】
《月魔法》
【スキル】
無音飛行Lv1 害意察知Lv3
【称号】
アルテミスの加護 アルフとの契約
クリスティアの従魔
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*
新たに家族へと加わったクルルはすぐに屋敷に馴染んだ。
魔物というより綺麗な鳥にしか見えないので、スライムがペットになった衝撃に比べれば驚きは少なかったようだ。
クルルとクルトン、名前が似ているがそこはクリスがお揃いにしたかったのかも知れない。
クリスも頭文字だけ同じなので結構ややこしい。
彼女の誕生日パーティーはクルルの歓迎会も兼ねて盛大に賑わったのだった。
クルルは意外と人見知りの様で、今のところクリスやアルフ以外にはあまり懐かない。
仮にも公爵家だし、貴族社会に揉まれた人は『害意感知』に引っ掛かりやすいのかもしれない。
エリザに対しては嫌っていないようだが、出会い頭に撫で尽くされる為クルルは苦手意識を持っている。
餌やりはリューネが監督の元でなるべくクリスにさせる様にしている、
クルルは美味しそうに食べるのだが、その後で何故かアルフの指を突つき出す癖があった。
食後や寝る前に必ず突ついてくるので気になっていたが、ある日クルトンがアルフの魔力を吸い取っているのをチラチラ見ていたので、もしやと思い普段抑えていた魔力を指先だけ放出してみた。
するとクルルは彼の指先に飛び付き、ツンツンと啄ばみながら魔力を摂取し出した。
散々待たされたご馳走にありつき、満足そうにするクルル。
クルトンと同じ様に、アルフの魔力を求めていたようだ。
主人のクリスの魔力でなくていいのかと思うが、どのみち彼女の魔力操作では放出する事は難しいと思うので、考えないようにした。
それ以来、夜食やデザート感覚でクルルにも魔力をあげるようになった。
因みに山で他の魔物相手にテイムを意識して『鎖』を使ってみたが、反抗するか怯えるばかりで「従魔」になりそうな見込みはなかった。
思い返せばクルトンやクルルにしても、懐きそうな直感が予め感じられたので、相性の問題もあるのかも知れない。
二度連続で成功した事でテイマーとしての才能があるのかと期待したがそう甘くはなかったようだ。
*
鍛えるか遊ぶかの毎日。
家族や従魔に囲まれ、アルフの日常は充実していた。
クリスの成長を見守り、山の拠点を開発する。
騎士団で他の武術を習いながら、兄フリードを揶揄う。
数年経てば自分も学園に通うのだろうか。
将来は旅に出るという夢があるが、暫くはこの日々を楽しみたいな。
平穏を求める。そんな風に考えてしまったのがいけなかったのだろうか。
ある日の夜中。
彼がクルトンとともにベッドで微睡んでいると、屋敷内の探索網に奇妙な反応があった。
「急に気配が消えた…?」
平和だった彼の生活は、気付けば崩れ出していた。
5年弱という短い子供時代。
悪意は常に裏に潜めいていた。
今までいかに世界の醜さから守られていたかを、後にアルフは思い知る事になる。




