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事業へのクレーム


モンベリアル伯爵家に、1ヶ月ぶりに経過報告の報せが届いた。


エリザベートを監視させた者から、暗号を隠した手紙を別の部下に渡され、伯爵家へ送られる。

怪しまれる可能性を下げる為に、彼女が死んだ時以外は頻繁な連絡を避けるように伯爵が指示を出していたのだが…。

今回はそれは裏目に出たようだ。


「…何故だ!あの魔女は寝たきりになった筈だろう…?それがどうしてまだ死なないどころか、回復しているのだ!!?」


日々弱っていくエリザベートの様子を知れる、いやもしかしたらついに死んだか、と嬉々として手紙を開いたギュンター伯爵だったが、その内容を見て暫し呆然としてしまった。


そこに書かれているのは、数日前に突然エリザの体調が良くなり、邸内を歩き回っても疲れを見せない程に回復した、という予想を大きく裏切る内容だった。


時間をかけてその文の意味を咀嚼したが、とても真実味の感じられない話に彼は激怒した。


「こんな事が有り得てたまるかっ…!!不治の病だぞ、どんな手を使おうと治りようがない!

…まさか、あの薬は失敗作だったとでも言うのか?いや、ロレーヌに限って今さらそんなヘマをするとも思えんが…」


2年に渡りエリザの身体を蝕み続けた病気が突然消えるなど考えられない。そんな特殊な病を生み出すほうが余程難しいだろう。

そう思い直すと、次第に彼はこの手紙の内容が疑わしくなって来た。


「そうなると、あの女の傍付きにさせた人間、もしくは報告係が裏切ったと見たほうが自然か。ふん、そもそもこんな信じ難い話なのにその原因らしきものにも一切触れていないのが怪しすぎるわ!」


エリザが快調したというのは嘘だと確信した彼は、報告した者が寝返ったのだと決めつけた。安堵と怒りを浮かべ、いかに制裁するかに思考が移る。


「チッ、どうやって懐柔したか分からんが小癪な真似をしてくれる。だが所詮は悪足掻き…すぐに始末させるとして、まずはもう一人紛れさせた部下にそいつらの監視に当たらせよう」



そして1週間経ち、重用していた部下から監視結果の報せが届く。

今回は詳細を知りたい為、その部下に公爵家で休暇をとらせ、早馬で直接報告に向かわせたのだ。


「な、じ、事実だったと…!?」


「ええ、私も噂を聞いていたので無理を言って別館へ異動させてもらいましたが…。信じ難い事にエリザベート夫人は確かに容態が良くなっており、何の不自由なく生活していました。

監視を続けたところ他の部下達にも目立った動きはなく、少なくとも懐柔された様子は見受けられませんでした」


蓋を開けてみれば、部下の寝返りではなく、本当にエリザベートが回復しているという。

この部下は長年使い続けた忠臣で、嘘の報告を上げるとは思えない。


「馬鹿なっ。では本当に、あの『死の病』が完治したとでも言うのか…!?」


「いえ…ギュンター様、正確には完治とまでは至っておりません。未だ彼女は病弱には違いなく、走り回る事は困難だと聞きました。

また、毎日マジックポーションを服用している形跡が見受けられましたので、容態が回復して以降に進行が止まったという見方が正しいかも知れません」


「そ、そうか。成る程、治った訳ではないのだな…。しかし解せん、何故今になって収まるのだ。早期であれば一時的に進行を止める薬も存在するらしいが、少なくともあの末期状態からは持ち直せる筈がない」


「魔力虚脱症」について分かっている事は少ない。

識者の見解では発症した者は精霊に見放され、奇跡の力、つまり魔力を大地に吸われてやがて死亡するのだと見られている。


大地に吸われたものが戻る事はない。

吸われる力を一瞬でも遮る事は可能かも知れないが、大地から吸い返す事など不可能なのだ。


「元々『魔力衰退症』だと診断されていたので、公爵や周りの者は不審に思っていないようですね…。知らない振りをしているようには見えませんでした。

原因を調べようにも聞けませんし、変わった行動もとられておりません」


「もしや、神聖魔法でも使ったか…?外部からあの女に接触した可能性はあるか?」


神聖魔法でも不治の病は治せないと言われるが、術者の腕が良ければ進行を止める程度の効果ある。


「確かに、あの別館には現在多数の人間が出入りしていますが…アスレチック、でしたか?その見学客が毎日押し寄せているそうです。

ただ夫人は完治していない為に客との接触は控えていますし、誰かと密会した事も確認されていませんね。

神聖国から使いが来たという話も当然ありません」


「そうか…では内部の人間から薬を渡されたという事はないか?」


「いえ、見張った限りだとマジックポーションしか受け取っていませんね。

…ああ、そういえばポーションの受け渡しは最近だと彼女の息子が行なっているようです。最初は毒対策なのかと思いましたが、どうやら奔放な息子に看病してもらいたい為にわざわざ頼んでいるそうです」


「ほう…?最近というのが怪しいな。ポーションを隠れ蓑にして別の薬を渡しているのではあるまいな?」


「その可能性も考えました。受け渡しの際は彼らの2人きりとなるので…。しかしポーションは明らかに既製品でした。子供なので他に薬を隠し持てば外からでも膨らみで分かりますし。

なお夫人の部屋を捜索しても、その日に飲んだポーションの瓶以外には何も見つかりませんでした」


アルフは母エリザに「マナリジェネポーション改」を渡す際、彼女の部屋に入るまでは「ポケット」に収納し、リューネ経由で預かったマジックポーションを代わりに持ち歩く事で偽装していた。


何故か使用人が目敏く用事を尋ねて来るので、「母上にお薬をあげるんです」と正直に伝えた上でポーションだけを通常のものに見せかけたのだ。


「ううむ、違ったか。敢えて盆暗の次男を使って何か企んだのかと思ったが。

…チッ、やはりあの無能な一家共が正式な病状に気づいたという憶測には無理があるな。どう思う?」


「は。公爵は実直な人間です、隠し事があればすぐに顔に出た筈です。有力な文官達が裏で動いている様子もない。となると、やはり前提から間違っていたのではないでしょうか…?」


「ふん、まどろっこしい言い方をするな。事実が物語っておるのだ…はっきりと“薬が失敗作だった”のだの言えばよかろう!あの狸じじいめ…っ、自信満々に渡して来おった癖に、此の期に及んで実は完成していなかったとでもいうのか!?何年も慎重に進めて来た計画が…ロレーヌの所為で最初から躓いていた事になるぞ!!」


ギュンターは声を荒げて怒りを露わにした。


多くの実験体から裏打ちされた筈の“薬”の効能を、今まで掛けた労力と費用から最後まで信じようと努めていた。

だが、有り得ない事が起きてしまった以上、最早その信憑性を疑う他ない。


薬に問題があった、もしくは偽物を渡されていたのか。


「ちっ…、腹が煮えくり返りそうだが、まだ報復するだけの力がない以上、今は先の事を考える必要があるな。

ロレーヌの意図がどうであれ、話に乗ってしまった以上は今更失敗した等と言えん。彼奴らの事だ、厚顔にも逆に『本当に飲ませたのか』と責め立て、いや最悪は切り捨てて来るだろうな。2ヶ月後には、またあのクソガキが報告を求めて来るだろう…」


ロレーヌ公爵の子飼いが来た時点で今回の失態を明かせば、その時点で糾弾されて裏の世界から爪弾きになってしまう。


自らに落ち度がない為に理不尽ではあるが、それだけは避けねばならない。


「既に猶予はない。直接、あの魔女を『病死』させるぞ」


手段は問わない。

そう伝えて、彼は部下を下がらせた。


この際、ロレーヌ公爵の目さえ誤魔化せればいい。

幸いな事に、エリザが回復した事はまだ外部に伝わっていない。リスクを負う事になるが、どんな方法で殺したところで「病死」と発表させればいいのだ。


仮にも武家であるブロンベルク公爵家が暗殺を許す等、体裁が悪い筈だ。忍び込ませた間諜に少し誘導させれば簡単に隠したがるに違いない。


それだけでは飽き足らない。

この屈辱をロレーヌ公に返せない以上、奴らにすべてぶつけてやる。



半年前に王に認可を受けて発足したアスレチック事業。


発案者であるブロンベルク公爵家では、モデルケースとして邸の別館内に施工されたアスレチック場を開放しており、連日のように見学客が訪れていた。


街道が険しい為に旅路に余裕を掛けられる人に限られるが、そうでなければ殺到していた程に話題を呼んでいた。


長男のフリードを筆頭に、遊び慣れた子供達が率先して客へ遊具の使い方を説明しながら、一緒になって遊ぶ。

娯楽の少ないこの世界で誰もが経験した事のない遊びに夢中になり、家族で笑い合って楽しんだ。


その好評振りは当然著名な資産家や領主の耳にも入り、同様にに体験してもらったところ非常に満足され、すぐに大口の発注がかかった。


流れに乗るように小口の発注が押し寄せ、ブロンベルク家の景気は急上昇した。


実際の工事は大部分が外注になるが、設計費の一部と考案費として公爵家に多額の収入が入る。

加えて多くの見学客が街でお金を落としてくれるので、金回りも良くなる。


経営難に苦しんでいた当主マグナスはこれらの変化を喜び、今後の展望に期待を抱いていた。


しかし、各地で建造が行われた後になって状況は一変した。



最近になってダランベール侯爵家で施工されたアスレチック場にて、侯爵の孫が遊んでいる最中に怪我をしたのだ。


その男の子は、ジャングルジムの頂上部5mという高さから不注意で落下し、足首を捻挫してしまった。


設計担当からは高所落下の危険性から低めに作るように施工前に注意を受けていたが、孫に「高くして欲しい」と強請られた侯爵が強行してしまった結果だ。


事故の際に護衛が目を離してしまった事も要因だった為、その護衛は責められたが、周囲の人間から「アスレチック事業に不備があった」との声が大きく、次第に侯爵もブロンベルク家へ責任転嫁するようになった。


不思議な事に、同じ様な子供の事故が各地で相次いで行く。


殆どの怪我は軽微なもので回復魔法で治療出来る程度であったが、今の平和な時代に貴族の子供が怪我をする事態は少ない。

親は嘆き悲しみ、計画に欠陥があったとして事業を問題視する。


彼らの苦情から噂が広まり、いつの間にかアスレチックのイメージは「楽しく遊べる場所」から「危険を誘発する場所」へ。


怪我の発生した遊具は何れも推奨される安全設計からは逸脱された、やや危険なもの。

公爵側は十分に事前説明をした筈だと必死に弁明したが、理屈抜きに感情的になってしまったクレーマーを相手には焼け石に水だった。


次第に発注のキャンセルが続き、一時は国外まで広まりかけたアスレチック事業は一気に下火となってしまった。




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