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ギュンターの暗躍


少し遡り、アルフが薬剤師ラーブラの元で初めてライフポーションの生成に成功した頃。


モンベリアル伯爵邸にて。

人払いのされた一室で、二人の男がテーブルに向き合い、密談を交わす。


「やあ、よく御出でなさいましたな。公爵様は変わらずご健勝で?

いえ、長旅はさぞ大変でしたでしょう!まずはお茶をどうぞ、高級茶葉を使用しております」


一人は伯爵当主であるギュンター。

両手を広げながら相手を歓迎する。

恰幅のいい金髪の中年は容姿こそ悪くないが、金で彩られた派手な服装とその陰湿な笑みが品性を台無しにしている。


「いえ、話が済み次第退出しますので。お心遣いは有難く」


それを手で制し、仏頂面で断りを返すもう一人。

白髪の混じったベージュの髪だが顔つきは若く、真面目そうな印象を与える。

地味なローブを身に羽織っているが、その内に垣間見えるウェストコートやチュニックは一目で高級品だと分かる。


「おや、つれない事で。また実りのある商談でもと思ったのですが…ふむ。では早速用件を伺ったほうがよろしいかな?」


「そうさせて頂きましょう。…して、経過のほうは如何かな?」


「ええ、それはもう順調ですねえ。流石の効き目ですよ、あの魔女が抵抗も出来ず日に日に弱っていくのですから!ククッ、現状でも外は愚か寝室から出歩く事すら人の手が必要な程です。なんとも無様ですなあ」


ギュンターはそれはもう嬉しそうに顔を歪め、下品な笑い声を上げながら告げる。

男は単調に頷きながら応じた。


「ふむ、それは何より。結果待ちではありますが、実験は一先ず成功とみて良さそうですな。あと幾日かかりそうですかな?」


「そうですなあ。じきに寝た切りになるでしょうが、何分あの女は魔力だけは異常に高いですからな。とはいえもはや均衡も失われているので、うむ、3ヶ月もあれば確実に()()する事でしょう」


ニコニコとした気味の悪い顔で何度も首を頷かせ、彼は部下に作らせた資料を眺めながら報告した。


「…了解した、そのように報告させて頂く。此度の件さえ成功すれば、魔力の高い人間に対しても確実な効果を与えると実証出来る。

いいですか、確実性が大事なのですよ。呉々も結果が出るまで邪魔が入らないように頼みますね」


「勿論でございます!かの薬の完成は私としても臨むところなのでね。公爵様への御恩を返す為にも目を光らせておきましょう」


「分かって居られるなら結構です。では、失礼させて頂く」


そう一言だけ告げると男は速やかに席を立ち、振り返りもせず颯爽と場を退出した。


部屋で一人になり、外の足音が完全に聞こえなくなった途端、ギュンターは表情を一変させダンッ!!ダンッ!!と何度もテーブルを拳で叩く。


「ガァァッ、クッソ生意気なァ!!上から物を言いやがって!

…ふぅ、ふぅ、ロレーヌ公の犬め。たかが田舎貴族の分際で相変わらず偉そうな物言いだ!いつか身の程を分からせてやる」


彼は拳を握り締めたまま、ギラギラした目でドアの方向を睨みつける。


「ちっ、あのガキの指示に従うのは癪だが、監視を増やして置くか。治せないものをどうこう出来る筈もないが、小娘の死ぬ記念すべき日を見逃す訳にはいかんからな。ククク」


家の乗っ取りは順調だ。後は小娘、エリザベートさえ消えれば情勢は一気に傾く。

そうなれば難癖をつけて無能な当主を失脚させ、己の孫を後釜に据えるだけ。

その裏で自分がブロンベルク公爵家の実権を握る。


()()()()息子がいるようだが、所詮は妾が生んだ次男。しかも父親から興味を持たれずに離れで暮らしているという話だ。

どうにでもなるし、最悪目に余れば消せばいい。


自分はもはや伯爵に収まる器ではない。

世の中は金で動く。

王国随一の資金力を持つ己こそが、支配者となるのだ。


今は後ろ盾となって金ばかり要求して来る奴等も、将来は地べたを這いずり回してやる。

ギュンターは不敵な笑みを浮かべた。


「ふふん、あの脳筋がアスレチックなんて馬鹿げたものを売り出し始めた時には如何してやろうかと思ったが、所詮は子供の玩具。未だ借金を利子を払うのが精々だ。

それに、その利益もいずれは丸ごと我が家の物になる。今のうちにたっぷり稼いでもらおうか、グフフフ」


むしろ援助して後から突き落すのもいいな、と皮算用をしながら、ギュンターは闇の住人を呼びつけた。




「母上、お願いがあります」


マナリジェネポーションを作成した俺は、母上にポーションを飲んでもらう為に寝室を訪れていた。


一応、内密な話という事で使用人は下がらせた。


万が一このポーションの効果が公になれば、騒ぎになり兼ねないからだ。

自由に旅をしたい俺にとって、前代未聞の薬の開発者なんて肩書きは邪魔にしかならないしね。


何人かドアの向こうに控えているのが気配で分かったので、扉を開けて改めて下がらせた。

おい、実の息子が母に会うのに何を心配しているんだよ?


俺は扉を開けを閉め直すと、母上に近寄りポーションを取り出した。


「ううん、変わった色のポーションなのねえ。これは何処で手に入れたの?」


戸惑う彼女にポーションを手渡すと、それを手の中で転がしながら怪訝そうな顔をされた。

まあ、市販品でない薬なんて怪しく思わない筈がないよな。


「ごめん、あまり詳しくは話せないんだ。実はそれ、ある高名な薬剤師から譲ってもらった効き目のすごいマジックポーションなんだ」


「そうなの…?でも、アルフには悪いのだけど、マジックポーションを飲んだところで私は…」


彼女は言葉を濁し、沈んだ表情で俯いた。


もしかしたら自分が患っている病気が「魔力衰退症」じゃない事に薄々気づいているのかもしれない。

2年近くも症状が治まらないのだ、無理もない。


仕方ないな。


「…これから話す事は秘密だよ。このポーションの効果は本来誰にも教えちゃいけないんだって。

母上には飲んでもらう為に教えるけど、父上以外には絶対に話さないでね?」


念押しに秘密にするように告げて、俺は小声で彼女に効能の詳細を伝える。


彼女は内容を聞くと、目を見開いて本当なのかと問い返した。

俺は頷きのみで返す。


「まさか、そんなポーションが存在する筈がないわ…!えっと、アルフの言う事だから信じてあげたいのだけど、その薬剤師の方に騙されているんじゃないの…?」


「効果は僕自身で実証済みだよ。副作用も、普通のマジックポーションよりも弱いくらい。母上の魔力にも確実に効くよ」


「えええっ!?飲んだの?ア、アルちゃん、なんて危険な事を!本当に大丈夫なの、お腹壊してない!?」


彼女はポーションの効果を聞いた時とは比べほどにならない程の驚きで、アタフタと狼狽えて俺の体を弄りだす。

しまった、こんな事で心配されるとは思わなかった。


「ちょ、落ち着いてよ母上…」


「ハッ、でもこのお薬の効果が本物だったとして…、アルちゃんはどうやってその方と知り合ったの?それに…、そんなすごいポーションをどうやって譲って貰ったの?」


一転して今度は、もはや睨みつけるように問い詰められた。

あれは危険な事でもしてたんじゃないでしょうねという顔つきだ。


「え、えーっとね、裏庭でアスレチック場を作ってたでしょ?あの頃、工事現場で偶然知り合ったんだよ。

僕が母上の病気を治す薬を作りたい!って語ったら感銘を受けたようで内緒で弟子入りをさせてくれて…。その後色々あって僕も手伝ったんだけど、そのポーションを作ってくれたんだ」


「まあ、アルちゃん…!いつも何処かに出掛けてると思ったらそんな事をしていなのね…?うう、まさかそんなにママの事を心配してくれていたなんて…!」


うわ、この人号泣してるよ。

なんか嘘ばかりついて罪悪感が湧くなぁ…いやいや、家を飛び出して街に何度も顔を出してる事は言えないし。

弟子入りして調合を覚えたのは本当だから、完全に嘘ってわけではない。うん。


「グスッ、そうね。アルちゃんが手伝ったものなら、ママ飲まない訳にはいかないわ。…えいっ!」


おお、泣いた勢いのまま、彼女はグビグビッとポーションを一気に飲み干してしまった。


「んく…。あらぁ…?マジックポーションみたいに後味の悪さがないわね。それになんだか、少しだけ体が温まるような感じがしますわ」


「それは良かった。持続性のある薬だからね、きっと半日はその状態が続いて体が良くなると思うよ。問題無さそうだったら毎日渡すから、ちゃんと飲んでね?」


「ええ、分かったわ。これから毎日アルちゃんにお世話されるのね!うふふ。今から楽しみだわ」


そうじゃなくて…まあいいか。

魔力の反応を見ても、漏れ出た分以上に回復しているのが分かる。見解が正しければこれで進行が止まる筈だ。


俺は少し安堵して部屋に戻り、翌日分となるマナリジェネポーションの生成を始めた。



それから3日後。


ポーション生成にMPを限界まで使っているので夜の回復魔法は中止せざるを得なかったが、ポーションだけでも充分な効果があったようだ。

母上の体調はみるみる内に回復した。


とはいっても、病気自体は依然として治っていない。MPも低迷したままで、魔法の使用などはとても出来ないだろう。

それでも今まで歩く事も苦労していた身体は衰えが無くなり、短期間で体力も随分と増えていった。


今では屋敷内を自由に歩けるし、食事も十分に摂れている。

病弱ながらも健康体といえる状態まで持ち直すに至ったのだ。



「エリー!!出歩いて大丈夫なのかっ!?」


「ええ、貴方様!もうすっかり良くなったわ〜、今まで心配かけてごめんなさい」


母上やクリスとともに居間で団欒していると、彼女の快調を耳にした父上が、血相を変えて突撃して来た。


彼女も多少誇張しているが、以前とは比べ物にならないほど元気なのは確かだ。

父上はその様子を見て、堪らず彼女を抱き締めて無事を喜び合った。


「パパ〜、クリスね、きょうはママとあそぶの!えへへ」


「グスッ…、良かったですエリザ様〜!」


リューネもハンカチを目に当てて涙ぐんでいる。

誰よりも母上の不幸を悲しみ、熱心に看病していたのは彼女だ。


母上が部屋から出られなくなった辺りから常に落ち込んだ顔をしていたので、こうして調子を取り戻してくれた事が何よりも嬉しい。


「しかし、本当にもう病気は良いのか?」


「うーん、実は完全に治ったわけではないですの。ポーションを飲めば大丈夫ってところね…詳しくは後で話しますわ」


父上も信じ切れない様子で母上に問い掛けたので、彼女は俺をチラッと見てから彼に告げた。俺が渡したポーションについて説明するのだろう。


信じてもらうのが大変だし、俺もまた上手く誤魔化さないとな。


「うん…?」


そこでふと違和感がして抱擁を交わす両親の後ろを見ると、第一夫人のマリマナが少し離れたところから彼等を見つめていた。


母上の吉報を聞いて父と一緒に来てくれたのかな?

今まで別館に顔を出した事なんてないのに…珍しい事もあるものだ。


うーんでも、あれは喜んでいるというよりも、顔を歪ませて睨んでいるような…?



俺は首を傾げながらも、まあ色々あるんだろ、と思考を放棄して今日の訓練へ向かうのだった。







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