家庭教師達がやって来た
今日から我が家、別館に家庭教師がやって来る。
俺達、というより3歳になったクリスに勉強を教える為だ。
教える内容は読み書き、計算。地理歴史。魔法学。礼儀作法。
それぞれの分野として4人の教師が招かれている。
フリードもそうだが、こんな小さいうちに勉強を始めないといけないとは貴族って大変なんだなぁ、と他人事に思うのだった。
一応幼い事も考慮に入れているらしく、当面は日替わりで一つの授業で時間は一刻のみとするようだ。
それでも遊びたい盛りの子供には辛いかも知れない。
その話を聞いたクリスは、早速駄々を捏ねだした。
「にーちゃとあそべなくなる!」という事らしい。
あまりの強情さに説得を諦めた両親は、最終的に俺も妹と一緒に授業を受けさせるという生贄作戦を決行したのだった。
おい、俺は授業受けなくていいって言ったじゃないか!
この暴挙に俺は遠回しにかつ論理的に反発したのだが、先にクリスが了承してしまった為、もはや決定を覆せなかった。
毎日中途半端に時間をとられては、殆ど山に行けなくなってしまう…。
悔しい思いをしながらも、こうして授業に出る事となった。
授業用に用意された部屋で、クリスを膝の上に乗せて黄昏れる。
彼女は逆に、2時間も俺を独占できるとご満悦のようだった。兄はホストじゃないぞ。
遠い目をしながら待っていると、教師らしき人がノックをして入室した。
眼鏡を掛けた優男で、見た目は若そうだが学者っぽい雰囲気だ。
「初めまして、本日よりこの国の歴史を教えさせて頂くマーティンと申します。クリスティア様と、えーと、公爵家で預かられているアルフさんでしたか?
今日からよろしくお願いします」
「どうも、アルフです。よろしくお願いします」
「え、えっと、わたしはクリス、でしゅ!さんさいっ」
「ははは、ご丁寧にありがとうございます。もう挨拶が出来るなんて将来有望ですなぁ」
妹が指を3つ立てて、頑張って練習した自己紹介を成功させた。とても可愛らしい。
一方、俺はまたもや誰の子か分からない状態だ。
ちゃんと血が繋がった子供だって事まで忘れそうになる。グスン。
父上曰く、家庭教師というのはそれなりにコネが強いらしく、他の貴族に俺の情報が漏れやすいから出来るだけ隠したいとの事。
いつもながらどうやって詮索を躱して誤魔化すんだろう。
というか、本当に調べようと思ったら間諜なり忍び込ませて事情がバレてると思うんだが。
その辺は諦めてるのかね。
そろそろ俺がなんで隠されているか知るべきだろうか?
父上はどうも俺を過剰評価しているのか、何でも知っていると思い込んでいる節がある。何でもは知らないからね?
マーチン先生の授業は中々面白かった。
本で読んだ内容と違う話も出たので指摘すると、史実とされているものでもその経緯については文献によって違う解釈がされているとの事。
思わず議論が白熱し、この短時間ですっかり打ち解けてしまった。
「アルフ君は確か4歳でしたか。私も教師になって長いですが、その歳でこれ程まで歴史を学んでいる子供は聞いた事ありませんよ」
「いえ、…公爵様から書斎に立ち入る許可を頂いたお陰ですから。
それでも所詮本で学んだだけの知識ですから、先生の見解を交えた内容はとても興味深かったです」
あぶねえ、父上って言うとこだった。
「時間になってしまいましたね。クリスティア様は…お休みになられましたか。
無理もないですね。アルフ君のような例外を除いて、これほど幼い子に歴史も教えても理解するのは難しいでしょう」
「最初は絵本を使って教えてくれたからクリスも聞いていたんですけどね。僕のせいですみません…」
俺が先生とばかり話している事に拗ねてしまったようで、クリスは俺の膝で不貞寝している。
服を握り締める力が意外に強い。
「いえ、この絵本でも子供にとってはつまらなく感じてしまう出来栄えです。
一般的な貴族の方は6歳から子供に歴史を教えるのでね。実は私自身、この歳の子に教えるのは慣れていないんてますよ…」
「なるほどー、何故か王族や公爵って子供の教育開始時期が早いみたいですよね。子供のうちにしっかり遊ばないといい大人になれないっていうのに」
「ははは、至言ですね。アルフ君は完全に大人目線だなぁ」
そんな感じで、初日の授業は楽しかった。フリードの家庭教師を見ていたので、まともな教師が来てよかったー、と思っていたのだ。
しかし次の日。
カキカキ
「おおお、クリスティアお嬢様は誠にっ聡明ですな。拙いですがもう文字を書けるだなんて!流石は由緒あるブロンベルク公爵家のご令嬢でございますっ」
そりゃね。俺が苦労して教え込んだからね。
「おい、そこの貴様ぁ!一体何を呆けている、まだ時間は残っているぞ。此方を見ている暇があればさっさと書き取りを続けんか!」
書き取りと計算の授業。
まさに子供向けの内容で、誰にでも教えられそうな内容だ。
俺は溜息をつく。
「もう終わりましたよ」
「馬鹿な、嘘を吐くな!相当な枚数を用意した筈だぞ。難解な文字を含んでいるから1日かけたとしても終わる筈が…なにぃぃ終わっているだとおぉぉぉ!!?」
このポンドという男教師、父上が俺の家名を告げなかった事で俺が貴族ではないと判断したのか、授業での対応がクリスと大違いなのだ。
平民蔑視なのか、いや単にコネにならない子供にゴマを擦る必要がないって事か。
なんともあからさまだ。
でっぷりとした膨よかな容姿で、常に作り笑いをした顔は醜く見るに耐えない。
「くっ…、どうせ文章を理解出来ている筈ないが、書くスピードだけは早いようだな!」
理解してるよ。書斎にあった伝記に載ってた話だよ。
「ではもう書き取りはいい!次は計算だ!この問題を解いてみろ、ふん、低脳の貴様では解ける筈ないがな!!」
「解けないものを渡さないで貰えませんかねえ…でも、はい。解けました」
「なにぃぃ!!?そんな馬鹿な、いやこんな一瞬で解ける筈がない!ハッ、貴様ぁ、さてはカンニングしたな!!」
「いや、今貰った問題をどうやってカンニングするんですか」
「ワシの恩師が1週間かけて解いた問題を…あり得ん、あり得なぁぁ〜〜〜い!!!」
いちいちリアクションでか過ぎだろ。
つか、この程度の数式に1週間も費やすとか、馬鹿じゃね。
「むー、ぼんど、にーちゃわるくいう。きらい!」
人見知りな筈なクリスも、俺にやたらと喧嘩腰な教師におかんむりだ。
俺の膝の上に居させてくれない事にも不満を持っていたようだが。
大切なコネを失いかけているというのに、それに気付く余裕もないらしい。
1日休養日を挟む。
授業で鬱憤が溜まった妹に連れられ、アスレチック場で目一杯遊んだ。
客が来てなくてよかったね。
その翌日。
礼儀作法の授業は、ローリアという妙齢の女性が担当だった。
無表情でとても冷たい声音を発するが、指導自体は子供向けに最低限の作法を教えるだけだった。
貴族特有の言い回しや、パーティーでの振る舞い方、食事のマナー等を簡略化して教えられる。
言われたとおりに出来たら褒めてくれるので、クリスも嬉しくなったのか積極的に参加していた。
俺は適当に合わせているが、褒めも指摘もなく、何も言われない。
無視されているのか、それとも既にある程度のレベルがあるから褒める必要を感じていないのか。
後者であってほしい。
さらに翌日、魔法学の授業。
このドリアンという女教師も最悪だった。
偉そうな物言いのヒステリックなオバさんで、いかに魔法が素晴らしいか、そして有名な魔道士の名を出してその人の魔法の偉大さを延々と語り続けている。
自分のスポンサーなのだろうか。
しかも話がいちいち飛ぶ。
魔法は神に祈る事で発現するだとか、何々の魔法が使えない者は才能がないとか、果ては自分の出版した魔法学書の話まで。
実用的な話は何もない。
荒唐無稽すぎてある意味面白かったが。そもそも服装からして派手過ぎて滑稽だ。
耐え兼ねて口を挟むと猛烈な勢いで意味不明な反論をしてくる。
こういう手合いとまともに接してはダメなんだなと学んだ点では、授業の意味があったと思う。
しかしコイツ、魔法の実演すらしなかったな。フリードの教師以下だわ。
クリスは最初から聞く耳を持たずに暇を持て余していたが、同じく退屈だった俺がずっと髪を梳いてあげたので終始ご機嫌だった。
*
そして一連の授業を2周程経験して、本館に出向いた日。
妹がプンスカと執務室に突撃し、父上に抗議を行った。
魔法学と、書き取り・計算の授業について、拙い言葉でボロクソに貶す。
なんでもにーちゃをいじめた、にーちゃにおしえてもらったほうがいい、つまんないしいみわかんない、でもにーちゃがなでてくれるの、だそうだ。
ここまで喋るクリスを初めて見た。
父上が宥めても、「もーいかないもん!」と取り付く島もないので、最終的にその二人の先生は解雇する事に決めたようだ。
哀れ。というかザマァ。
因みにフリードの家庭教師も似たり寄ったりなのだが…、彼が同じような抗議をした時にはあっさりと跳ね除けられたそうだ。
「知らん。真面目に授業を受けろ」と一言で追い返されたらしい。
この父、厳格ぶっている癖して妹に駄々甘なのである。
当面、その二つの授業は何故か俺が教える事になった。
4才児の子供に任せるなよ。というか魔法学なんて教えられねーよ!
だが「お前ならどうにかする気がする!」との事。
そりゃ、あのオバさんよりはマシかもだけどね。そういうの丸投げっていうんだよ。
はぁ…変な方向で父の信頼が重い。
尤も教えるのは暇な時でいいらしいので、大した手間ではない。今までも偶に教えてたし、2つも授業が無くなっただけの事だ。
つまり、これで再び自分の時間を取れるようになったぞ!クリス様様だな。
でも妹の成長は望むところなので、真面目に教え込もうと思う。
読み書きと計算はいつも通り遊びながら教えるとして、魔法学はどうしようかな…。
その頃、公爵邸の門の前では、ポンドとかいう教師の「なぜだぁぁぁあア!!?」という叫び声が響いていたそうな。




