初めての死闘
何度切り結んだだろう。
今のところポイズンサーペントの魔眼を悉く避け、スキルを駆使してなんとか張り合えている。
相手には何度か鱗の隙間に剣を通せたがどの傷も浅く、動きはまったく鈍っていない。
対して此方は。
傷こそ負っていないものの、周囲の煙のせいなのか身体がヤケに重く感じる。
体力的な疲れはそれほどではない。いつも訓練ではもっと動いている。
しかし現在も痺れとダルさが増しており、このままでは闘えなくなると直感的に悟った。
ここで決める。
再度敵から魔眼が放たれたと同時に、『跳躍』で一足に近づく。
向かってきた尻尾を『ボード』でガードしつつ、さらに前へ。
敵は一瞬にして身を翻して、胴体や尻尾を雪崩れ込むように叩きつけて来る。
敏捷値は伊達ではない。『感覚強化』を使う事で目ではなんとか追えるがとても付いていけない。
こうなると俺は防御に回るしかなく、スキルを使って攻撃を弾き続ける。
『受け身』スキルがかなり優秀だ。
このスキルは衝撃を受け流す技術を補助してくれる。
『見切り』や『回転』と相性がよく、これらのスキルによって体重差が大きいにも関わらず吹き飛ばされずに済んでいる。
その防御で手一杯の俺に、容赦なく敵の頭部が近づき、噛みつこうと迫って来た。
そう、今までのパターンからそう来ると読んでいた!
身体は防御に回したまま、水平に『ボード』を展開。
厚さ5mm。最低限の厚みを持たせないと簡単に衝撃で霧散してしまうのだ。
魔力感知の低いアイツにはこの不可視の板に気付けない。
開いた口のまま、板に向かって勢いよく飛び込んだ。
「ギギャァァア!!」
『ボード』はすぐに破壊されたが、ヤツの口元も大きく裂けてしまった為、その痛みに悲鳴を上げた。
慌てて首を後ろに下げたが、俺のほうを見る余裕もなかったらしい。
そして敵の目が開いた瞬間を狙って、俺は力を振り絞りダガーを投擲した。
「ギャルルァァァア!!!」
よし、上手くヤツの眼に刺さった!
敵が怯んだ今しかチャンスはない。
アイツの首元だけは鱗が少ない、そこが弱点だ。
俺は前へと加速し、その首を跳ねに向かった。
しかし、短剣が届きそうになった瞬間。
ヤツの残された左眼が大きく開き、強い魔力を発する。
「ぐぁッッ!!?」
何が起こったのか分からなかった。
身体中が悲鳴を上げている。
敵は!?剣はなんとか振り切ったのだが。
倒れそうになるのを堪えてポイズンサーペントのほうを確認すると、その首からは血が流れ落ちているが、くっ付いたままだ。
おそらく3割ほどしか切れていない。
呼吸が粗く、ヒューヒューと鳴らしているが、弱った様子を見せない。
敵は左眼を細めて、俺のほうを睨みつけている。
それを視界に納めたまま、気になっていた自分の体を確認する。
これは酷い。
服が原型すら保たずに溶け落ちている。
自分の肌が全身漏れなく爛れており、僅かな煙を上げて刺激臭を放っていた。
今の自分の姿を鏡で見たら、ゾンビだとしか思えないだろう。
そして、言葉では表せない程の激痛。
神経が痛む。体に力が入らない。
『腐毒の魔眼』を受けてしまったのか。
油断はしていなかった。
コンマ1秒程のラグしかなく、避ける間もなく能力を食らってしまったのだ。
ゼロ距離での発動は時間差がなくなるのかも知れない。くそ、予想しておくべきだった。
蛇のほうは警戒して動かないが、逃げ出す雰囲気でもない。
血の流れも心なしか引いて来ている。
俺は反対にどんどん体が痺れていき、体が重く立っているのが辛い。
痛みは麻痺しないようで、激痛がさらに酷くなっている。
「ハァ…、ハァ…」
敵が攻撃に移った。
なんとか身を捻るが躱しきれず、衝撃で吹き飛んでしまった。
さらに追い討ちをかけるように攻め立てられる。
短剣を手にギリギリで捌くが、一撃もらう度に体勢が崩れてしまう。
「ぐっ…!」
次第に受け切れなくなり、何度か肉が抉られてしまった。
完全に押し負けている。
勝ち目がない。
なんだか、魔の森での父上と似た状況だな。
毒で動けなくなるとか。
だが、ここには母上みたいに助けてくれる人はいない。
「ハァッ、ハァ…!」
動きを休める暇もない。少し動いただけで激痛が走るっていうのに。
ああ、キツいな。
こんな痛みは前世でも感じなかった。
死ぬ?はは、こんな早く死ぬ事になるのか。
クリスが泣かないか心配だ。
もっとこの世界を楽しみたかった。
…いや、まだ痛みを感じる。
苦痛がある限り、諦めて死ぬわけにはいかない。
俺はそういう人間の筈だろう?
何か、手はないのか?
周りをうまく使って罠を仕掛けたり…。
そこで初めて、『鎖』の存在を思い出した。
「あー…!!」
なんて馬鹿なんだ。
『鎖』を解放すれば余裕じゃん。
ステータスが10倍になればどうとでもなるし。
それ以前に《生活魔法+》の火魔法モドキを魔力最大で放てば簡単に蛇を黒コゲに出来た筈…。
どうやら無意識に、戦闘の条件を自分で縛っていたようだ。
瀕死になって初めて思い出すなんて。
《生活魔法+》がチート過ぎて戦闘に使うのやめたんだよな。
コボルトに一度魔法を使ったら即死だったもの。
はぁ、なんだかそう思うと大した敵に感じなくなって来た。
考えてみればこのポイズンサーペント。ユニークスキルこそ強力だが、マンティコアよりもたぶん弱い。
肝心の魔眼も条件があるのか、数える程しか打てていないし。
毒なんてものにビビっていたが、『苦痛耐性』のある俺には、単純にステータスの高い敵と比べてむしろ相性がいい相手の筈なんだ。
どうも感じた事のない痛みに萎縮してしまったようだ。
身体の動きは酷く鈍いが、骨も筋肉もそういえば溶けていない。
魔眼が人間には効きにくいのか、あるいは…。
そもそも今までの敵が弱かったんだ。
この程度の敵にヤられるんじゃ、これまで必死に鍛錬して来た意味がないだろ。
まだまだ自分は甘えていたようだ。
それに、思えば今までの戦い方が全力って訳でもない。
うん、これは自分への戒め。
反省として、制限を外すのは止めにしよう。
そんなもの必要ない。
「はぁ、ふぅ…。よしっ!」
俺は腹をくくり、攻撃を捌き続けたまま、ポイズンサーペントを見据え直した。
「来いよッ…。『鎖』も《生活魔法+》も使わない、ハァ…。今の、力だけでお前を倒す」
ポイズンサーペントが次の攻撃に移ろうと僅かに下がったのを確認し、スキルを全力で発動させた。
『隠蔽』。
存在感を消し、相手の狙いを鈍らせる。
こいつに最初気付かれたのは、俺が『気配遮断』しか使っていなかったからだ。
『熱感知』では『隠蔽』には対処できない。
『気配察知』『魔力感知』『感覚強化』『思考加速』。
すべての感知系スキルを発動。
頭が割れるように痛い。脳の血管が破裂しそうな
感覚がある。
ここまでの重ねがけをした事はなかった。
しかし、 これで相手の動きが手に取るように分かる。
先程までなら身体が動けなくなっていただろうが、俺は痛みを押し切り『跳躍』する。
スピードは毒を食らう前より明らかに落ちている。
しかし敵は俺の「熱」を感知しづらくなっているのか、攻撃に正確さがない。
「フッ!!」
また跳躍する。斜め上に向かって。
敵は俺の斬撃を躱すが、そこから俺は目先の位置に『ボード』を発動。
『回転』により身を反転させて、再度敵に突っ込む。
敵は空中での跳躍に動揺したようで、反撃が遅い。
跳んだ先の位置が悪く首を狙えなかったが、敵の胴体に対して斜めに斬り込み、鱗を剥ぎ取った。
「ギャルルァァッ!!」
ポイズンサーペントは硬い自慢の鱗が剥がれた事に怯んだが、すぐに魔眼を放って来た。
しかし、既に俺は敵の後ろに。
ヤツが瞳孔を細めようとする仕草を感知した瞬間には動いていた。
反転して敵の首元に向かったが、気付かれたようだ。
しかし既に敵の首元は、剣の間合いに入っている。
あとは確実に振り切るだけだ。
敵は俺の攻撃を防ぐ事を諦め、形振り構わずに連続で魔眼を放った。
2回、発動されたと思う。
敵の魔力の動きがぎこちない。連発は厳しかったのか、相当無理をしたようだ。
体にあった激痛が数段と増す。
地獄のような痛みと気持ち悪さだ。
異常に寒気がする。
もはや筋肉まで毒に侵されたのかも知れない。
だが、構わない。
魔眼をまた食らうことは覚悟していた。
俺は剣速を緩める事なく、首の切れ目に目掛けて振り抜いた。
ザンッッ!!
その一撃で、ポイズンサーペントの首は飛ばされた。
首が離れた胴体が今も尚動いており、此方を狙って叩きつけようと唸る。
何度かそれを躱すと、次第に動きが弱まり、体には動かなくなった。
飛ばされた首に目を移すと、ピクピクと痙攣して眼が此方を睨むが、魔眼を発動する様子はない。
もはや魔力を練れないのだろう。
すぐに舌が垂れ落ち、全ての動きが停止した。
場を静寂が支配した。
「勝った…」
制限した状態とはいえ、格上の敵に勝つ事が出来た。
勝利に対する歓喜は湧き上がらなかった。
どちらかといえば、達成感。
これ以上なく激痛が走り、満身創痍。
体がフラつき、未だに倒れずに済んでいるのが不思議だ。
にも関わらず、なんの障害もなく勝利を収めたような。
まるでノルマをこなしたような感覚だけが残った。
まあ、激痛を負う事さえ覚悟すればいつでも勝てたって事か。
「これまでの戦い方が緩かったんだな…」
己の身体を見るとそれはもう酷い状態だった。
顔を含めて無事な場所がなく、紫色に変色した筋肉が露出し、溶け出している。
抉られた場所は骨がみえているくらいだ。むしろ、骨はヒビ割れたぐらいで済んでいるのが異常なのかも知れない。
「もう戦いも終わったから、制限はなくしていいか。『回復』っと」
一度『鎖』を外す。一気に楽になった。
そして回復魔法モドキを発動すると、身体全体がジュクジュクと気持ち悪く蠢いた。
この世界の回復魔法は、光か聖の属性持ちのみが習得出来るが、その効果が多岐に渡っている。
なんでも、HPや軽傷を治す魔法。体力を回復する魔法。毒や麻痺、睡眠、呪いと各状態異常を治す魔法。部位欠損を修復する魔法とそれぞれ違う呪文を使うらしい。
だが俺にはそんな魔法をイメージ出来ない。
それらの魔法を直接見た事はないし、治る原理が想像つかない。
なので《生活魔法+》でちゃんとした回復魔法は生み出せないのだ。
だから、俺に出来るのは前世の医学に因んだイメージで魔法を創り上げ、最大魔力を込めて治すだけだ。
ひたすら新しい細胞を生み出し、失った肉を修復する。
その場のイメージが全てだ。
今まで毒の侵食とユニークスキル《自己回復》で拮抗を保っていた肉体が、『鎖』の解放による活性化と、この魔法により急速に回復していく。
数分後には、すっかり元通りの綺麗な肉体を取り戻していた。




