アスレチック建造計画
「どうしたんです、坊ちゃん。此方に来るのは珍しいんじゃないですかい?」
庭師のマイクは声を掛けられて振り向いた。
相変わらず傷だらけの腕で、顔が怖い。
「坊ちゃんはやめろ。お前ら使用人は揃ってどいつもこいつも…。実は面白い話があるんだ」
「ほう。坊っちゃんのその顔は何か悪戯を思いついたって時の顔ですな。また悪巧みですかい?」
「人聞きが悪いな。だがちょっとばかり大掛かりな計画があってね。マイクにも手を貸して欲しいんだ」
「それはまたちょっとで済みそうにない話ですな。俺は何をすればいいんで?」
彼は内容も聞いていないのに、まるで断るつもりも無さそうだ。なんて頼もしい。
「この裏庭の使っていないスペースをね、思い切り使い倒したいんだ。なに、別に建物を建てるってわけじゃない。
マイクには最終的な仕上げでお世話になるけど、むしろ頼みたいのは材料の調達と業者の斡旋かな。そういうの得意でしょ?」
「ガハハ、これは冗談ではなく大掛かりみたいですな。俺らの生活場所を容赦なく開拓するなんて、さすが坊ちゃんですわ」
「そこなんだよね。これから計画書を作成して父上に資金を出してもらうのも難儀しそうだけど、それよりも使用人達に反対されないか心配で」
普段は割と使用人に悪さをするアルフも、計画の大きさに迷惑が掛からないかと憂慮してしまう。
しかしマイクは、アルフの肩をパンパンと軽く叩き、彼の不安を取り除いてくれた。
「坊ちゃん、そんな事は気にしなさんな。
男なんてのは、自分が良いと思った事をやるしかないんだ。たとえそれが、他人から見て、どう映っていようともな…」
「マイク…!なんという格言、男らしすぎるよ…!!」
「ハッ。それで坊ちゃん、結局何を造るんで?」
感動に打ち震えるアルフに、彼はニヤッと笑い本題について確認した。
アルフも彼を熱意のこもった目で見返す。
「僕も覚悟を決めた。いっその事、全力投球でやってやってやる。
これから造るのは、『アスレチック』だよ」
*
それから俺は、「裏庭におけるアスレチックの実験的建設計画」を立案した。
ロバートに羊皮紙を用意してもらい、ペンにインクをつける。
下書き用ではあるが、この計画書の出来次第で父上の評価が変わるから真剣に書かなくてはならない。
頭の中で書く手順を整理し、組み立てる。
・概要として、計画の構想とそれによる将来的な展望。
子供の楽しめる場所を作りたいというコンセプトから、遊具の使用によって子供に与えられる副次的効果。ご家族への負担の軽減等のメリットを提示。
・次に実際の計画案として、具体的な数字と図を提示。
土地の使用面積、遊具の種類、大まかな構造と耐久性からの材料の検討、遊具の配置計画図(仮)、手配予定の業者、必要とされる予算の予想金額。
各遊具使用により子供の成長を見込まれる能力を列挙、敷地条件に対する可変性についても言及。
・最後にこの計画によって公爵家が得られる利益を提示。
「アスレチック」を普及させる事により子供を激愛する貴族からの建設依頼が舞い込む。
領地への設置により、遊びに夢中になった子供は村や街の外へ抜け出す事が減り、魔物被害を削減。
遊具の規模縮小による費用の抑制。
・追記として、売り出しのメインとなる遊具、オプションとして用意する遊具といった販売計画案等。
そう、実はこの世界にはアスレチックの様なものは存在しないらしい。
これが俺の決断を後押しした。
内政チートをしようと思った訳ではないが、嬉しい誤算である。
俺はまだ3歳で外の知識については分からない事だらけだが、それでも書斎で毎日のように本を読むのでこの世界の事情には大分明るくなっている。
前世の世界と比べて何が存在して、何が普及していないかは、特に重点的に調べた。
遊具だけでいえば、異世界から「ブランコ」や「シーソー」等キャッチーな物のみ伝わっているが、それらも文献で残っているのみで原始的な形状しか描かれていない。
少なくともアトラス王国では遊具自体がほぼ存在しないのだ。
相変わらずこの異世界、ナゾ仕様である。
そこでこのブロンベルク公爵家が発案者としてアスレチック場を実験的に製造する。
↓
客として訪れた子供連れの貴族や有力者をこの別館に招き、アスレチックを体験してもらう。
↓
彼らは大喜びでうちの業者に建設依頼を依頼する。税金がっぽり儲かる、という寸法だ。
因みに一応特許制度もあるので、申請すればそこでも儲かる見込みだ。
色々抜けのある制度らしいが。
まあこれらもすべて建前で、実際のところはクリスが喜ぶというのが本来の主旨なのだが。
彼女が遊べて、室内で魔法を使わなくなればいいのだ。あと客が来れば妹に友達が出来るかもしれない。
よし、これも裏構想として立案書に忍ばせて、父上を喜ばせよう。
*
こうして1週間かけてマイクに金額や経済効果について相談しながらもアルフは草案を作成し、いよいよマグナスに提出した。
「確かに建設計画を立てるという話は先日聞いたが…。はぁ、3歳にして文字が書けるだけでも驚きなのに、こんな大人顔負けの計画書を渡されるとは夢にも思わなかったぞ」
マグナスは何やら疲れた顔で返した。
驚嘆と畏怖がない混ぜになった、とても難しい表情だ。
「あくまでそれは父上に認めてもらう為の草案ですよ。許可が下りましたら正確な計画書を作成しますので、意見があれば今のうちに仰って下さい」
「ま、待て待て。情けないがこれだけの量をそうすぐに読めそうにない。業務を終わらせてから数日後に改めて内容を吟味するが構わんか?」
「勿論です。僕も父上の仕事を邪魔する訳にはいきませんし」
マグナスはホッとした。今日の業務は終わっていたがとても1日でかの草案を読み切れるとは思えなかったのだ。
分かりやすく纏めてはあるが、初めて聞くような発想や考え方が多く取り込まれており、理解するだけで時間がかかりそうだ。
3歳にして、自分より確実に頭が良い。
もはや嫉妬も起きなかった。
「ただ、予算の部分だけでも先に見て貰えませんか?減額の可能性の成否で予想建設規模が変わりますので」
「分かった。…ただし幼い息子に対してとはいえ事業を起こすのだからな、領主として厳しく読ませて貰うぞ?」
「ええ、当然です。財政を圧迫しては元も子もないですから」
「…ふむ、使う材料によって大きく金額が変わるのか。木製であれば相当に安いな」
「ええ。それなら下級貴族や商人の方でも余裕を持って依頼できる事でしょう。ただし今回の建設はモデルケースですので、豪華とはいかなくてもそれなりの耐久性と見栄えが必要です。そこを考慮した額を予算としています」
「成る程、よく考えられている。…うむ、まだ正式な許可は下せないが特に異論はない。これで進めてくれ」
「本当ですか!?ありがとうございます、父上!」
そこからいくつか打ち合わせをした後、アルフはキラキラした目で嬉しそうに執務室を後にした。
これから更に計画書を煮詰めるのだろう。
「まさか初めて強請られたものが事業とはな…」
マグナスは実はつい先程まで、アルフの計画を認めるつもりはなかった。
魅力がないからではない。むしろ成功したときが怖いからだ。
「アスレチック」という遊具群の建設等聞いた事がない。
もしこれが話題になって無事成功を収めてしまえば、発案者に興味が向く事だろう。
その際にアルフが有名になってしまう事が不味い。
公爵家が傾くだけで済めばいいが、アルフ自身がどう扱われるか分かったものではない。
アルフもその辺りを弁えているのか、発案者の名前をマグナスにするように求めてきたが、それだけで隠し通せるかは疑問だ。
話を聞きに来た有力者達はすぐにマグナスにその構想がない事に気付き、真の発案者を探し始める可能性がある。
だから彼はアルフを守る為にも、難癖をつけて計画を取り下げさせる予定だったが…。
「神童、というものか。いや、そんな言葉では済まされないかも知れない。
生まれる国が違っていれば、若しくはこの国がもっと真面であれば…。いや、栓なき事だな」
彼はアルフの立案書を見た途端、二の句が告げなくなってしまった。
これだけのものを作成するのに、一体どれだけの才能と能力を要求されるだろうか。
才能ある者はそれを鍛えるべし、という信条を持ったマグナス、同時に子供の成長を見守りたいマグナスには、どうしてもアルフの才能に対して蓋を閉じるような真似が出来なかった。
それに、彼が初めて欲しがったものだ。
何故こんな計画を立てたのかは聞けなかったが、きっと自分の思い描く遊び場を自由に作りたかったのだろう。
与えられたもので遊ぶのではなく、自分で作って遊ぶあたりが彼の天才性を示している。
「なに、エリーも言っていたしな。万が一が起きたとしても、きっとなんとかなる」
マグナスは諦念を浮かべながらも晴れやかな顔で、アルフから受け取った草案を読み始めるのだった。
しかしそのときふと、封筒の中から一枚の四つ折りにされた紙がヒラリと溢れ落ちたのが目に入った。
不思議に思い彼はそれを手に取り、紙を開いて内容を確認した。
「何々、『アスレチック建設計画 裏構想』…。
…な、なんだとぉ〜っ!!!
ア、アルフのやつ…今回の件はすべて妹の為に企てた計画だったのか〜!!?」
そこには馬鹿真面目に、「事の発端」から「その解決策として立案された計画」、さらに「計画が完了した暁にクリスや周囲へのメリット」までを順序立てて説明されていた。
最後に「正式な草案は財政への貢献を除いて、すべて建前です。」と締められていた。
「はぁ〜、一気に馬鹿らしくなってきた。やはりアルフはアルフだ。到底考える事が理解出来んな」
確かに娘を盛大に喜ばせた上で使用人の回復まで出来るのであれば、父としてもこれくらいの予算資金は惜しくない。
しかし、ここまでする必要があっただろうか。
先刻までのシリアスな思考は霧散し、今回の件でまたもや散々に振り回されたマグナスは、既に思考を放棄した。
もはや草案を熟読する意義を見出せなくなり、適当に流し読みするのだった。




