冬将軍クリス討伐会議
「このままでは、仕事に支障を来してしまいます」
アルフが自己訓練を強化して数ヶ月経ち、落ち着いて来た頃。
冬の季節がやって来た。
季節といっても、前世の日本みたいにはっきりした四季なんてものはなく、それなりに暑くなったり寒くなったりする程度。
なので、今の時期は肌寒くはあっても雪が降るほどではない。
なのだが…
「ふむ。耐えられなかった、という事か?」
「ええ、坊ちゃま。風邪で休む従業員が続出しております。今残っている人員で本来の業務を負担するには、そろそろ限界かと」
言葉の割には少しも辛そうじゃない顔で、その白髪の似合う老齢の男性、別館の執事長ロバートはそう告げた。
事の始まりは数分前の事だ。
アルフが読書を終え、書斎から出て来ると彼が扉の前で待機しており、吃驚して反応する前に「お茶をご用意します」と淡々と告げられ、そのまま茶の間へと連行された。
お茶を入れられてから用件を聞くと、どうやら相談事だったようだ。
「そうか…。うちの使用人どもに明確な被害が出てしまった以上、手をこまねいてばかりではいられないな」
アルフはまるで世の不条理に嘆くような表情で溜息とともに頷き、今回の件に対して原因の究明とその排除に向けて思考を巡らせた。
原因:「寒くなったから」
これではダメだ。いや、本当にそれだけなのだが、その裏で手を引いている者が確実に存在する筈だ。
寒さを助長させた、真犯人が。
そうして記憶を辿ると、たった一つだけ例年と異なる要素、真相へと遂に辿り着く。
真犯人:「我が愛する妹クリス。使用人達に『コールドウインド』を当てまくった」
そう、なんと犯人は妹だったのだ。真実とは常に悲しいものである。
魔法の乱発を一時期問題視された彼女は、兄であるアルフの指示をよく守り、人に向けて打つ魔法は「コールドウインド」のみとした。
誰も傷つかない、彼女も楽しいという事で平和的な解決、と相成った筈であった。
しかし今は冬。
使用人達は寒い空気に堪える中、追い打ちをかけるように彼女から冷気を思い切りぶつけられる事で、体が耐えられなくなったのか寝込む者が出てきてしまったのだ。
泣こうとも悲鳴を挙げようとも魔法を止めてくれない。懇願すれば面白がってさらに魔法をゼロ距離では放たれる。
しかも魔力が成長しているのか、日々威力が増していく。
彼らの目には敬い仕えるべき公爵令嬢のクリスが、まるで悪魔のように見えた事だろう。
アルフは厚着すればいいじゃん、と思ったが、なんでもロバートが言うには、彼らが着ている礼服は由緒ある公爵家で定められた正装。
上に服を着るなどもっての外らしい。理解出来なかった。
「しかしロバートよ。クリスに魔法の使用を禁じてしまえば相当なストレスになるだろう。僕は兄として彼女にこれ以上何かを強いるなんて耐えられない。彼女が笑えなくなったらどうするのだ?」
「坊ちゃまが側にいる限りその様な事は有りえません。坊ちゃまを前にお嬢様が笑わないなど、それこそ雪が降ってもおかしくない異常事態です。
そもそも今問題となっているクリスお嬢様の魔法の習得には坊ちゃまが関わっているものかと」
そう、クリスに魔法を教えたのはなんと兄であるアルフだったのだ!
共犯者、いや彼こそが事件を裏で操る真犯人ともいえる。
彼は痛い所を突かれたのか、スッと顔をロバートから逸らし、同時に話題も逸らした。
「と、とにかくだ。彼女の魔法『コールドウインド』が原因だというなら、代わりになる安全な魔法を用意する必要があるな。
しかし氷魔法という性質を変えられない以上、人に向けても今以上に危なくない魔法などあるものだろうか…?」
「そこでクリスお嬢様が人に向けて魔法を打たないようにされる、という発想が出て来ないあたりが実に坊ちゃまらしいですな。しかし坊ちゃま、何も魔法を開発される事だけが事の解決策とは限りませんぞ?」
「む。何か案でもあるのか?あといい加減坊ちゃま呼びはやめろ」
「案というほどではありませんが、クリスお嬢様も何か別の事に熱中しておられる間は、我らに魔法を打つ事もございません。つまり熱中できるものを増やし続ければ、当面魔法を人に放つ事もなく、あわよくばそれすらも忘れて成長なさる事でしょう」
「ふむ、成る程。一見無茶な要求に思えるが中々に興味深い意見だよ、ロバート」
「恐縮でございます」
原因そのものを直接解決出来ないならば、別の手法でもって相殺または解消してやればいい。実に合理的だ。
そして坊ちゃま呼びの件は完全にスルーされた。いつもの事である。
「そうなると過去の事例を参考にするべきだな。今までにクリスが魔法を使わず、一番熱中していた時はなんだ?」
「坊ちゃまがクリスお嬢様を構っておられる時でございます」
「…そ、それ以外で」
そう、安易な方法に頼っては抜本的な解決とはならない。
「男には、一人になりたい時があるんだよ…」とか呟いていたが、これは決して、アルフがこれ以上自分の時間を削られたくないとか思っているわけではないのだ。
「そうですな…しかし考えてみればお嬢様が坊ちゃまといる時間以外で何かに熱中した事などございませんな。強いていうならそれこそ我らに魔法を打つときくらいしか楽しそうにしておられません」
「結局振り出しに戻ったというわけか…」
何の解決にもならない。
アルフは少し落ち込みながらティーカップを持ち上げ、茶を軽く口に含む。
「本来であれば両親に面倒を見てもらうのが一番なのですが。公爵様は本館に居られる上に多忙でございますし、此方に居られるエリザベート様も回復される兆しを見せない以上、ご無理をされる訳には参りませんので」
「そうだな…。しかし相手をする人を用意するというのは悪くないな。兄様とかいい遊び相手になるし。
そうだ、いっそリューネだけに魔法を当てさせるというのはどうだ?」
「彼女を生贄にする事は大変魅力的なのですが、何分クリスお嬢様は坊ちゃまが絡まない限り飽きっぽくいらっしゃる。彼女が音を上げればすぐに標的を変えるでしょう」
「敵に回すと厄介な相手だな、クリスは」
誰も聞いていないのをいい事に好き勝手に言う二人。
さりげなく毒を吐くロバートを、アルフはグレースと同様に気に入っている。
「思ったのだが、僕ら二人だけでこの災厄に対処するというのは難しいのではないか?
そもそも僕らは彼女から直接的な被害を受けていない。管理者であるからには問題の早期解決に努める必要はあるが、案を出すのは実際に被害を受けた当事者に任せる、もしくは意見を求めるべきだ」
「むむ、確かに。私も今の所クリスお嬢様の魔法に当たった事はございませんので、その苦しみを共有しているわけではありませんからなあ」
ロバートは相当に能力が高い。クリスの魔法に当たるようなヘマはしないだろう。
仮に当たったとしても、鍛えられた彼が風邪をひくとはとても思えないが。
「そう、僕らはこの人的被害に胸を痛める事はあっても、どうしても他人事になってしまう。そんな僕らが彼ら抜きに事件を解決してしまっては、むしろ彼ら被害者に申し訳ないと思わないかい?
みんなの力で解決する、それこそが大事なんだと思うよ!うん、という事で一旦解散に…」
アルフはうまく纏めたと思った。
これで今日の所は使用人達に意見を出させるという事で落ち着くだろう。
そもそも彼がロバートに呼び出されるのは今回が初めてではないのだ。
今まで何度も解決を求められ、のらりくらりと躱し続けた結果、今回の強制連行となったわけだ。
アルフが今回もうまく逃れたとばかりに席を立とうとするが、しかし。
「それには及びません。すでにリューネも含め、従業員達の貴重な意見はすべて受け取っております」
「な、なんだと…!?根回しが早い…だ、だがそんなものがあるならそれを参考にすればよかったじゃないか!!」
「ええ、すべての人間の意見は一致しております。むしろそれ以外の方法はないとも」
「ならば勿体ぶらずにさっさと言え!無駄に時間を浪費してしまったではないか。なんだ、俺が思いつかなかったその方法とやらは?」
アルフは悔しそうな顔をしながらも腰を据え直し、ロバートに指を突きつけて開示を求めた。
「『アル様になんとかさせる』だそうです」
「クソがぁっ!!?」
アルフは項垂れた。神などいなかったのだ。
一度思考を放棄して、茶菓子を一口で咥え込み、バリバリと頂く。
クッキーっぽい何かだ。糖分は控えめだが塩が甘みを引き出していて、癖になる美味しさだ。
「ふぅ…」
冷めしまった茶を啜る。
冷静になると今まで見えてこなかった着眼点が浮かんで来るかも知れない。
今クリスからの被害状況が増えている原因は、彼女が成長してきたからだ。
最初の弱い冷風であれば子供の悪戯程度で済んだはずだが、最近の彼女は魔力が成長している為、威力が増している。
しかも昔と違って走れるようになった為、行動範囲が広がった事が大きい。被害は鰻登りだ。
つまり曲解すれば、彼女が成長し、元気になった事こそが事件の要因とする事が出来る。
「ふむ、成長、元気か…。因みにロバート、クリスが俺と一緒にいる時、その中で特に熱中しているのはどんな時だったと思う?」
「そうですね…。坊ちゃまと居られると常に喜んでいるので分かりづらいですが、敢えていうならおままごとや『隠れんぼ』をされているときかと」
「成る程、つまり大枠で捉えれば『遊んでいるとき』か…。遊び、成長、元気…。ふふふ、そうかそうか。
ロバートよ、僕は閃いたぞ!!」
「それはようございました。少しばかり嫌な予感がしますが、どうされるので?」
「必要なのは『遊び』だっ!!クリスは成長して元気になったから魔法を乱発するようになったのだ。であればだ。それを解消する為の『場』を、遊び場として用意してやればいい」
「ううむ、ご尤もですな。しかしただ場所を用意するだけではお嬢様は靡きませんぞ。坊ちゃまがいない時間に行くわけがありません。何か腹案がお有りで…?」
「ああ、僕にすべて任せておけ。必ずや僕がいなくても彼女が一人でも行きたくなるような場所を作り上げてみせる。そして俺の自由時間は増えるという一石二鳥…!最高じゃないか、フーァッハッハ!!」
「坊ちゃま、口調が乱れております」
そうしてアルフは、冬将軍クリスを罠にかける為、事業へと着手した。
*
別館の外庭。
正方形状で6m程の高さの塀に囲われる中。正面の門から見てやや横長の屋敷には、外庭として前後に広いスペースが存在する。その面積は1haに届くのではないだろうか。
しかしこれはあくまでも屋敷の景観を損なわせない為にある空間だ。
一面には芝生が生え揃っており、僅かな植栽が工芸品のように飾られているのみ。
確かに美しく感じるが、出歩くような場所ではなく、子供の目線からすれば地味で物足りない。
しかし実際に住む貴族にとっては、屋敷内に中庭という広大な空間が同居している為、外庭に出向く必要がないのだ。あくまで窓から外を眺める為だけの背景である。
アルフも使用人と駄弁るときか、中庭で走るのが飽きたときに外庭に出向くくらいで、それ以外に意味を見出そうとした事はなかった。
正面側の外庭には本当に何もないが、一応裏手側の外庭は使用人の為の区域とされている。
使用人が住む別棟に加え、職人用の工房等いくつかの建物が配置された状態だ。
生活用の畑もそれなりの面積で耕されており、そこで採れた野菜等はアルフ達の食卓でも出される事が多い。
専門に雇われた農家の人間が作ったその野菜は新鮮な上に格別に美味しく、ブロンベルク家でも重宝している。
だが使用人達の使うスペースを除いても、その外庭にはまだまだ余分な面積が多い。
アルフはそこに目を付けた。
正面側の庭は外客からの目に入る為下手に弄れないが、裏手であれば好きに使って構わないだろう、と。
裏手の外庭を歩き周り、彼はやがて目的の人物を発見した。
その人物はなんとも厳ついおっさんで、薄汚れた作業着を身に纏った彼はベンチに座って高級品である筈のタバコをふかしていた。
顔は空を向いていて、その背中からは諦観を滲ませながらも世の不常すべてを受け入れた男の不思議な魅力が感じ取れる。
アルフは後ろからそっと話しかけた。
「やあ、マイク。相談があるんだ」




