街で買い物
「では行って来るね、母上」
「ううん、やっぱり心配だわ。どうしてもママがついて行っちゃダメなの?」
「まだ今にも倒れそうじゃないか。母上がいると心配で何も出来なくなるよ」
早めに朝食を取り、出発する支度を整え玄関を抜ける。朝日が眩しい。
昨夜に急遽決めた事だが、今から公爵邸の下町…ブルートヴルストの街に行く事になった。
家の土地から出るという意味では、初めての外出である。
目的は初めてのお買い物…というより、来週に控えているクリスの誕生日プレゼントを買いに行く為だ。
3才児が親から貰った金でプレゼントを用意するのもどうかと思うが、彼女にとってもまだ二度目の誕生日である。盛大に喜ばせてあげたい。
その事をリューネに相談すると悲しそうな顔をして「他の人に頼んで買って来てもらうのではダメですか…?」と言われた。
だが「大事な妹へのプレゼントだよ?直接見て選びたいんだ!」と熱弁すると、彼女も折れたのかエリザに報告しに行った。
あまり俺が人目に触れるのは不味いのかもなぁと思わされたが母上エリザに会うと拍子抜けで、「あら、いいわね。買いに行きましょう〜」と言ってくれた。
完全に自分もついて行くつもりのようだ。
親としては納得のいく言動なのだが、彼女は今外に出歩けるような体調ではない。
彼女、クリスを産んだあたりから体を崩したらしく、以来ずっと衰弱している。正確には今も日々悪化を続けている。
どうやら治療法の見つかっていない病気を患ってしまったようで、定期的に薬やポーションを服用して進行を遅らせている状況だ。
ステータスの能力値も年々下がっていて、心なしか食も細い、とても心配だ。
そんなわけで、ここで無茶をして余計に悪化したら悔やみきれないので、なんとか安静にする様に母上を説得した。
数時間の言い合いと一緒に寝るという自己犠牲を経て、ようやく今朝になって同行拒否を認めさせる事が出来たのだ。
「さあ、行きましょうか、アル様!」
「門までは馬車で向かいますぜ」
当然ながら貴族の子供の外出なので護衛がついている。
この前仲良くなった騎士団副団長のリチャード、あと一応戦えるらしいリューネだ。
公爵家にしては少な過ぎる護衛だが目立つ方がリスクが高い。リチャードだけでも十分頼もしいと思う。
「おそと〜、おそとー!!」
そして護衛ではないが、出発したにも関わらず何故か俺の手を握ってブンブン振り回している最愛の妹、クリスである。
何故彼女が付いて来るのか。
それは単純に、見付かってしまったからである。
クリスが寝たタイミングを見計らって母に相談しに行ったのだが、そんな日に限って目が覚めてしまったようで俺を捜してチョコチョコと忍び込んだらしい。
会話に熱中して妹の気配に気づかなかったとは、我ながら失態である。
彼女にはプレゼントの話題は上手い事聞かれずに済んだが、同行されるとなると内緒にするのが難しい。
それにまだ幼児といえる年齢、俺の事を棚に上げて外は危険だからと全員で反対したんだが。
「クリスもいくの〜」と俺にしがみつきイヤイヤと泣き続ける彼女を説得できる者は皆無だった。
彼女が同行する以上、護衛が二人では心許ないので、実は他にも何人か後ろから隠れて付いて来る事になっている。
気配からして7人だろう。大掛かりな事だ。
想定外の多さに辟易したが、初めて異世界の街に出るという現実に心が踊る。
気を取り直して遠く離れても見守り続ける母上に再度手を振り返し、意気揚々と前へと足を早めた。
*
そして馬車に乗り、街に向かう途中。
「だ、大丈夫ですかアル様!?」
「うう…」
「にーちゃ、いたいのー?」
初めての外出。俺に思わぬ不幸が襲った。
「ううむ、結構良い馬車なんですがねえ。もうちょっとで着くんでなんとか我慢して下せえ」
「う、うん。大丈夫だよ、吐くほどではないから」
この短距離で馬車に酔ってしまったのだ。
こんなに揺れるものだと思わなかった…。『苦痛耐性』に仕事して欲しい。
「アル様がこんなに弱った顔をするなんて初めてです…。転んだときでも飄々としてましたのに。
なんか可愛い…あ、私が抱っこすればいいじゃないですか?揺れも感じなくなると思いますし、是非そうしましょう!」
「うぐっ、ちょっと急に動かさないで…」
「あ〜!!クリスもにーちゃ、だっこすゆー!」
リューネとクリスの間で揉みくちゃにされる。
ぐええ。マジで吐く。
でも確かに馬車から浮き上がった事で気持ち悪さがなくなった。
「ハッハッハ、両手に花ですなアルフ坊っちゃん。羨ましいことです」
「いや、助けて下さいよリチャード…。でも今は抱かれていたほうがマシか…」
吐き気がおさまった頃、ようやく街に到着。
こちらに気付いた門兵が近づき、うちの馬車に描かれた公爵家の家紋を確認すると恭しく礼をした。
「よう。通っていいかい?」
「これは副団長様!勿論でございます。ちなみにご用件と馬車にいらっしゃる方についてお聞きしても…?」
「ああ、用件は街への視察。んで…こちらの1歳のお子さんがクリスお嬢様だ。それ以外のやつは護衛だな。後詰めで来る馬車もそうだ」
「なるほど…了解しました。どうぞお通り下さい」
門兵は一瞬クリスが抱きついている俺を見て怪訝そうにしたが、詮索しない事にしたのだろう、素直に通してくれた。
そう、俺は外出こそ許されたが。街の中でも公爵家次男というのはバレないようにしなくてはならないらしい。理由は毎度のことながらスルーしている。
素性を隠さなくてはいけないので、今のように門を通るときはクリスのお付きの人として。
街では商家の坊っちゃんという設定でいく。
クリスは妹のままでいいだろう。
「へえ、ここがブルートヴルスト…。随分賑やかだね」
「そうですよ、アル様!王都ほどじゃありませんが大抵の物は揃っちゃいます。
私がいっぱい案内しちゃいますからね〜」
「わぁ〜。ひと、いっぱい〜!!」
護衛のはずのリューネがはしゃいでいる。
クリスは既に彼女に抱きかかえてもらっての移動だ。逸れたら大変だしね。
生まれてから3年、漸く異世界の街を目にする事が出来た。
ブロンベルク公爵家のお膝元の街、ブルートヴルスト。通称「ブルストの街」。
まさに中世って感じで、石造りの建物が多く、ところどころ木造が混じっている。
異世界人の知識からコンクリートが普及されていてもおかしくないのだが、見当たらない。製造自体は簡単なはずなのだが…。
メイン通りは馬車が4台は通れる広さになっているが、店や露天がひたすらと立ち並んでいる。人通りがとても多く、子供の身長ではとても先が見渡せない。
行き交う人々は色んな格好をしていて、剣や鎧を装備しているものもいれば、踊り子のような派手な装い、ビジネスマンのように正装を纏った商人もいる。
人族の割合が高いが、獣人やドワーフらしき容貌の人も混じっていて、とでも雑多だ。
異世界ならではの新鮮な光景に、俺はすっかり魅せられてしまった。
「にーちゃ、あれ!なに〜?」
「アレは串焼きだね。何の肉だろ?ちょっと聞いて来るね」
妹が涎を垂らして眺めている目の前の屋台に向かい、ガタイのいいおっさんに尋ねてみた。
ついでに串焼きを4本、値切った上で買わせてもらう。
「おう、元気な坊主だな!これは知覚の森で駆られたフォレストボアの肉だな。いい値段するぶん、脂がのっててうめーぞぉ」
「ふーん、ありがと!じゃあこれ、大銅貨4枚ね!」
「おう、毎度!じゃあタレのやつを4本渡すから、気をつけて持ってけよ」
おっさんから串焼きを受け取ると、3人にそれぞれ渡す。
「はい、みんな。歩いているとお腹がすくからね。クリスは熱いから少し冷まして食べようか。あ、フォレストボアっていう魔物の肉らしいよ」
「あい!にーちゃ、フーフーやって!」
「ありがうございやす、アルフ坊っちゃん」
「うう、アル様。立派にお買い物が出来て…リューネは感激です!」
そう、小腹が減ったのもあるが、買い物の予行演習としてお金を使ってみたのだ。
串焼きだから値切るなんていってもタカが知れているが。
この世界で共通に使われる貨幣は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨となっており、
銅貨100枚→大銅貨10枚→銀貨1枚
銀貨100枚→大銀貨10枚→金貨1枚
金貨100枚→大金貨10枚→白金貨1枚
と分かりやすい変換になっている。
物価がバラバラなので前世と比較し辛いが、大雑把に銅貨1枚が10円と捉えている。
銀貨1枚が1000円、金貨1枚が10万円だ。
ボリュームのある串焼きが値切ったとはいえ100円なのは安いと思うが、庶民が堅いパンを銅貨1枚で買える事を思えば十分高いのだろう。
フォレストボアの串焼きはとてもおいしかった。
醤油がないのでタレは少し辛味のあるフルーティーな味付けになっているが、甘酢のようにさっぱりして美味しかった。
これならジューシな肉でもいくらでも食べられそう。
俺達一行はそれから、リューネに案内されて南側にある食品地区までやって来た。
ここは各地の食材や素材が露天に並んでいる大きな市場となっており、主婦や商人、旅人らしき人も買い付けを行っている。
値切ったり物々交換なんかも交渉していて、非常に活気があった。
色とりどりの食材が目を楽しませてくれる。
料理屋もあちこちで経営しているようで、どこもいい匂いを漂わせている。串焼きを食べてなければ危なかった。
小物やアクセサリーを扱っている露天もあるから、クリスのプレゼントを探してみるのもいいかも知れない。
「リューネの干物は、ここで買ったもので作っているの?」
「いえー、最初はここで買っていたんですけどね。おいしい干物になる食材を厳選しているうちに、中々手に入らないのも増えてきまして。
今はエリザ様のご厚意で、取引している商人さんから直接仕入れてるんです〜」
素材に拘るとは、意外と本格派だったらしい。
確かにリューネの干物は美味しいが。酒が飲みたくなるんだ、アレ。
初めて見る食材を色々眺めているとそれだけで楽しく、時間が過ぎていった。
クリスも色んなところに関心を寄せて手を伸ばしたりしていたが、人混みの中で疲れたのか、寝てしまった。
「あら、クリス様お休みですね。どうしましょう、戻りますか?」
「そのままにしてもらってもいいかな?クリスが寝ているうちにプレゼントを探したいんだ。あ、骨董品とか扱っている露天ってありそう?」
「分かりました。ううん、そうですね…少し離れますがちょうど向こうの細い路地に入った先になりますね」
俺達は市場より少し静かな路地に入った。
先程までいた場所に比べると、臭い。ゴミも散乱している。
リューネに聞いてみたところ、メイン通りや重要な区画のみは魔道具を活用して清掃されているが、それ以外の場所はどこも汚いらしい。
それでもこの街は、他と比べると十分綺麗なほうだという。
匂いからして、たぶん下水処理も行っていないんじゃないかな。耐えられないほどではないが…。
客層が変わり、何やら怪しいものを売っていそうな店が増えてきた。
どこも奇抜な物品を歴史的価値があるとか、有名な人が残した遺産がと過激なセールストークを行っている。
俺達にも貴重な品だと言い張って商品を売りつけてくるが、全部ガラクタだ。
『解析』で丸わかりだった。
それなりに面白かったがプレゼントになりそうなものはなく、そろそろ帰ろうかと思った頃、歩いた先にある店の前で俺は立ち止まった。
奇抜な店が多い中で、そこはアクセサリーのみを扱っており、数は少ないが敷布の上に一つずつ丁寧に陳列されていた。
奥に店主らしき女性がいたので、声をかける。
「おねーさん、このネックレスって売り物?」
「あら、お姉さんだなんて。見どころのある坊やね。もちろん売り物よ、でも高いわよ?
それって宝石のアメジストもそうだけど、その周りだけダマスカス鋼が使われているのよ。」
女性は俺が指さした商品を少し持ち上げて説明してくれた。
チェーンの部分は新調したのか銀色に輝いているが、宝石の部分はくすんだ薄黒い金属を台座にして中に小さい紫色の宝石が淡く輝いている。
「どんな酔狂な人が作ったのかしらね。珍しいから仕入れてみたのだけど、地味だから誰も買わなくって。
坊やには元が取れる金額なら売ってあげるわよ?」
俺を商人のお坊ちゃんと認識しているのか、リチャード達を通さずに交渉してくれた。
最終的に、女性の容姿を褒めつつ根切り、金貨2枚で買わせてもらった。
「アル様、本当にそれでよかったんですか?綺麗ですけどなんだか古びていますし…価値があるかなんて分かりませんよ。
あの女、アル様に褒められて調子に乗って高く売ったに決まってますよ!」
「うん、これで大丈夫だよ。いい買い物が出来た。クリスのプレゼントも買えたし、戻ろうか」
何故かプンスカ怒るリューネを宥めながら帰路につく。
金貨2枚はそれなりに高い。
大きくもない宝石を拵えたネックレスとしては破格だろう。
ただ、その手に受け取ったものは、『魔道具』だった。




