騎士団で兄と
魔法を覚えたクリスは絶好調だった。
全力で魔法を使っては疲れて寝る、のサイクルを繰り返す。
屋敷でところ構わず風や氷を生み出し、リューネ達を困らせている。
風魔法はそよ風に毛が生えたレベルなのでまだいい。
だが氷魔法は、拳よりも大きいサイズの丸い氷が飛んで来るので、クリスの貧弱な射出速度でも当たれば痛いだろう。
部屋を荒らすに留まらず、調度品を壊した事もあるので、アルフも流石に注意したがあまり効果は見られなかった。
子供からおもちゃを取り上げようとすると猛反発するようなものだ。
そこで止められないなら危なくない魔法を使わせればいい、と思いつき、アルフは彼女に『冷風』を覚えるように誘導した。
「冷たい風が出せればかっこいいんだぜ〜」とばかりにクリスの目の前で自慢げに使っていくと、彼女も触発されて真似したくなったのか、習得する事に夢中になった。
1週間くらい頑張っていたが習得出来ないようで、魔法名がないからか?と思い、試しに『コールドウィンド』と発音するようにすると習得する事が出来た。
ちなみに『冷風』ではダメだった。魔法名っぽくないといけないのだろうか。
人肌よりはだいぶ冷たいが、凍傷を起こす程ではない温度の弱風。
使うと部屋の温度が下がるが、温かい時期なので直接魔法に当たらなければ苦ではない。夏場は大活躍間違いなしだ。
クリスもその魔法が気に入ったのか、氷を出す事は忘れてそればかり使うようになった。
当てる度に使用人達が「ひゃっ」と驚くので、反応に気をよくしている面もある。
アルフは屋敷や人に被害がなくなった事にホッとし、自分が撒いた種へのアフターケアが完了して満足した。
だが周囲の人はそうではなかった。
問答無用で冷風を当てられる使用人達は心臓に悪いと嘆き、また特に被害の多いリューネは涙目であった。
母エルザも、娘が魔法を使った事実に不安を再発してしまった。
弱い魔法とはいえ無詠唱で発動出来るなど、天才の領域だ。
それも幼少期に、誰にも習わずにとなると聞いたことがない。
しかも最近では、基礎的だが風属性と氷属性の複合魔法まで使い出した。
魔法名を唱えるとはいえ同じく無詠唱で。
クリスが彼女の目の前で魔法を使い、褒めて褒めてとばかりに目を煌めかせていたが、エリザはそれどころではなかった。
娘のあまりの才能。
常軌を逸するその規格外さに、嬉しさ以上に悪い予感がしてしまう。
副作用があるんじゃないかしら、希少な才能に目を付けられて誘拐されないかしらとどんどんネガティブになっていく。
しかしクリスがその後に発した「にーちゃがおしえてくえたのー」という言葉に、すぐに思考が停まった。
なんで教えられるの。どうやって。
色々と追求したくはあるが、悩んでいた事がどうでもよくなった。
根拠はないが、彼が関わっているならそう悪い事にはならない気がして、暗い気持ちは吹き飛んだ。
「アルフなら仕方ないわね」とばかりに疑問をすべて放り投げ、気を取り直した彼女はクリスをたっぷりと褒めた。
そうして一波乱あったが、使用人達もある程度慣れて屋敷の中が平和に戻った頃。
クリスが魔法を使ったことによるメリットを発見した。
アルフへの依存が次第に収まっていったのだ。
今までは彼が側にいないと泣き喚いていたが、今では少しの間なら離れていてもグズらなくなった。
相変わらず甘えては来るものの、短時間あれば彼が自由行動をしても許されるようになったのだ。
これには棚からぼた餅とばかりにアルフは狂喜した。
妹はかわいいが、常に一緒にいる等ストレスでしかない。
一人でトイレに行ける事がこんなに幸せだとは…と久方ぶりの自由を謳歌した。
両親やリューネも今まで満足にクリスの世話が出来なかったので、漸く通常に戻り始めた事にホッとしていた。
*
クリスが漸くアルフ離れ(少しだけ)した為に、今日は両親と彼女だけで家族の団欒を楽しむ事になった。
俺がいると、父親がクリスに中々会えないのだ。
というのも、どうやら父マグナスには俺とあまり親しくしてはいけない事情があるらしく、祝い事や最低限の用事でしか接して来ないのだ。
だから自分からは俺と一緒にいるクリスにも会いに行く事が出来ず、寂しい思いをしていたらしい。
いや、たぶん俺にも会えなくて寂しいはずだけどね?
でもクリスの場合は隔離されていないから、俺が彼女にテイムもどきを施したりしなければ自由に会えた筈なのだ。
そんな妹を総取りしてしまったような罪悪感もあったので、今日はクリスを本館に連れてきた上で席を外して置いた。
そして俺は今、フリードに連れられて騎士団のほうに向かっている。
「早く行くぞ、アル!この俺がわざわざ鍛えてやるんだからな!」
どうもこの兄、俺と一緒にチャンバラごっこをして遊びたいようだ。
相変わらずツンデレみたいな言動でかわいい。
しかし俺は隔離されている身なんだが、騎士団に顔を出して構わないのだろうか?
いや、父も外から来た貴族にさえ会わなければ良さそうな物言いだったし、直属の騎士団なのだから父の部下である。たぶん問題ないだろう。
騎士団の詰め所は本館から1km程離れた場所にあった。
近いほうなのだろうが、本来は馬車を使う距離だ。
着くとフリードは息を切らしていた。子供の足ではキツいのだろう。
「ハァッハァ…。途中から、走ったのにっ、なんでお前は疲れてないんだよっ」
「そう?疲れてるよ。顔に出ないんだ、僕」
俺は早朝にこの何倍も走っているので、正直疲れる要素がない。
「…まあいい、行くぞ!あの詰め所の裏に演習場があるから、そこで剣を打ち合うんだ」
聞くとフリードはお稽古の時間を減らす為にここで訓練に参加しているらしく、子供用のトレーニングメニューを作ってもらっているらしい。
騎士達も喜んで剣を教えてくれるようで、充実してそうだ。
「おやー?坊っちゃん、いらしたんですな。今日の訓練は休みだったはずでは?」
詰め所にいた壮年の男性が顔を出し、フリードに尋ねた。
公爵家の家紋が入った鎧を来ているので、騎士で間違いないだろう。
「ふん、今日は訓練じゃないんだ。こいつの特訓をしてやるんだからな!
子供用の木剣を一つ用意してくれ」
「構いやせんが…そちらのお子さんはどなたです?」
そして俺を見て怪訝そうにする。
本館の屋敷に客が来れば騎士団に連絡が回る筈なので、知らない子供がいる事自体が疑問だったのだろう。
「こいつは俺の弟だ!アルフっていうんだぜ。アル、自己紹介しろよ!」
「初めまして、公爵家次男のアルフレート・ブロンベルクです。
今日は兄と剣の打ち合いをするという事で連れて来てもらいました。よろしくお願いします」
「これはこれは、小さいのに礼儀正しくお子さんですな。坊っちゃんと大違いですわ、ハッハッハ…。
…んな!アルフレート様!?」
俺が言葉足らずの兄の代わりに補足しながら挨拶すると、彼は吃驚し出した。
「なんで…いえ。坊っちゃん、アルフレート様がこちらにいらした事を公爵様はご存知で…?」
「うん?父上が知るわけないだろ。俺が連れて来たんだからな!」
「なるほど…」
ドヤ顔のフリードから顔を逸らし、はぁ、とその騎士は溜息を漏らした。
うん、やはり俺が顔を出すのはよろしくなかったのだろう。なんかゴメンね。
「ううむ…まあ今の時間なら問題あるまい、ある意味うちが休養日でよかったというべきか。
おっとこれは失礼、アルフレート様にあっしの挨拶が遅れてしまいましたな。リチャードと申します。僭越ながらブロンベルク公爵騎士団の副団長を勤めさせて頂いておりますわ」
リチャードという騎士はやや長考した末に俺に向き直り、慇懃に挨拶を返した。
副団長かよ。イケメンな上に、一々動作が渋い。
その後、短剣サイズ細い木剣を俺に渡し、少し小さめな室内の練習場に案内してくれた。
どうやら俺がいても問題ない場所を用意してくれたのだろう。
「リチャードさん、ここなら僕が次も使用しても大丈夫そう?」
「…!…聡明な方ですな、アルフレート様は。ええ、あっしや一部の人間は信頼出来るんですが、どうも会っちゃいけねえやつも混じっているらしいもんで…。
ここならあっしらしか顔を出しませんし、アルフレート様が直接来られる分にはたぶん大丈夫でしょう」
「そっか、ありがとね。別館の中庭でもいいんだけど、ちゃんとした訓練場所が欲しかったんだ」
「なに、公爵様にゃ世話になってるんでね。彼の代わりにあっしらに出来る事があるんなら、力になってやりたいもんでさぁ」
「おい、なにやってるんだよアル。早くこっちで模擬戦するぞ!」
それから俺はフリードと剣の打ち合いを始めた。
といっても3歳と7歳の子供と体格差は絶大だ。
普通の子供であれば覆す事は出来ずに負けるだろう。
正直今の俺なら、『鎖』でステータスが1割になった状態でも余裕で勝てる。
が、リチャードのいる前で本気を出す事も躊躇われるし、兄のメンツを潰すわけにもいくまい。
なるべく不自然ではないようにスピードを下げて、ひたすらフリードの剣を防ぐ。
普通に防いだらふっ飛ばされたので、なるべく受け流していくスタイルにした。
防ぐ。防ぐ。
回避する。
たまに内にいく振りをして、防ぐ。
そんな感じで休憩を挟みながら打ち合っていると、結構防御技術が上がった気がする。
「くっそー、なんで当たんねーんだよ!大して早くもねーのに!」
「これは見事ですな、完全に受け流してますねえ。坊っちゃんじゃまだフェイントも拙いですから、当てるのは難しいかも知れんですなぁ」
「いやあ、結構ギリギリでしたよ。当たったら痛いんで必死でした。
兄上、もう疲れたし帰ろう?」
「ちっ、そうだな。今度また模擬戦やるぞ!次こそは当てるからなっ」
そうして俺の日課に騎士団での訓練が加わる事になる。
リチャードが暇なときに剣を教えてくれる。
たまにフリードと模擬戦。
他に顔を出す騎士からも、各種武器の使い方や役立つ技術を教わった。
大幅に自分が成長していると実感していた。




