中庭で クリスの適正
ルートヴルストの街に連接する形で、その北側には公爵家が屋敷とともに所有する広大な土地が存在する。
屋敷や別館がある区画は頑丈な塀で覆われているが、それ以外にはなんの柵すらもない。
街の北門からさえ出れば、その私有地を足で踏む事が出来るのだ。
しかしそれ以外の方法で侵入するとなると難しい。
東は底の知れぬ谷、西は見渡す限りの山。そして北には『魔の森』。
これら天然の防壁に囲まれている為、普通の人間では辿り着くまでに力尽きてしまう。
この場所はアトラス王国の中で異北端に位置する領域。
『魔の森』に対する備え、そして帝国への牽制として、ブロンベルク公爵家は代々この危険な土地に居座っている。
辺境と言っても過言ではないが、その実王都からそこまで離れてはいない。
アトラス王国は大国に囲まれている地理的な弱さから、今の束の間の安定が崩れてしまえば何時攻め入られても不思議ではない状況を強いられているのだ。
人間の脅威を思えば、『魔の森』さえ抑えられている限り、北側のほうが安全というわけだ。
さらに、近くにブロンベルク公爵家が存在するというのは大きい。
その屈強な公爵当主も然ることながら、兵士達も屈強だ。
魔の森の氾濫から生還した事でレベルが上がり、戦闘経験も兼ね備えているのだ。
公爵家は国への忠誠心も高い為、その近くにいる事こそ何よりも安全なのだ。
アルフがその話を聞いたとき、こんな馬鹿でかい屋敷の庭の、さらに外も全部うちの土地だったのかと驚愕した。
そして折角広い土地があるなら探検したい!と思ったが、まだ塀で覆われた区画でさえ歩き尽くしていない上に、そこから出るとなるとさすがに時間がかかる。
心配をかけてしまうし、外出がバレればどうなるか分からない。
これからは少しずつ一人で遊ぶ時間を増やしていき、自分が長時間いなくても不思議ではない風潮をつくり上げなくては。
家族やここの住人の謎の順応性に期待だ。
そんなアルフが現段階で自由に行動できる「外」といえば、今のところ別館の中庭だけだ。
アルフが一人で行動する、つまり妹のクリスから離れられる時間は、今のところ彼女が寝ている間だけだ。
それも長時間となると、夜に寝た後だけ。
妹の相手をする事で余計に鍛錬時間が削られていたアルフは、必然的に早朝に一人で訓練を行うようになった。
そこで使う場所が、広くてすぐ行けるという理由で、この中庭になる。
育ち盛りなので早めに起きるといっても1刻くらい。
走ったり、シャドーで組み手を行ったり。鎖でターザンのように移動してみたり。
魔法の訓練もしているが、初日には派手にやらかしてしまったみたいで一部の芝生がボロボロになってしまった。
庭師のマイクに怒られたが、「子供はそれくらいやんちゃなほうが良いってもんですわ」と簡単に許してくれた。器が大きい。
以来、魔法を打つときは気を遣っている。
中庭は結構広い。
訓練時には必ず外周を走っているが、1周200mは優にある。
入り口にはテラスがあり、あたり一面には芝生が広がる。
石畳で出来た細い道。そこに沿って手入れのされた木が計画的に立ち並ぶ。
木に覆われた先には大きめの池があり、多様な魚も生息している。飛び石もあって渡る事が出来る。
その他にも石の彫刻や花畑もあるが、全体で見ると調和がされていてなんとも美しい。
マイクが自慢げに解説していたが、計画した人間は別にいるらしい。
それでもこの美しさを保てるだけでも確かにすごいが。
ちなみに、本館にも中庭はある。面積はこちらより大きい。
しかしコンセプトが異なり、向こうは回廊のように入り組んだ形になっている。
この別館の中庭がただ広く作られているのに対し、向こうは貴族向けの芸術性を考慮しているとの事。
*
今日は妹と中庭で遊ぶ。
本館に行く日を除けば、普段外といえばまだここしか出歩けない。
クリスは歩けるようになったばかり。
トテトテと俺の後ろをついて来る。
抱っこを求めてくるが、運動ということでなるべく歩かせている。
今日も良い天気だ。
上空以外に建物の隙間からも十分な日光が採れるようになっており、クリスと一緒にそこで昼寝する事も多い。
彼女を抱えて木登りをしたり。蝶々を追い、花を愛でたり。
平和に楽しんだ。
先ほどリューネは撒い…置いてきた。
今日のメインは普通の遊びではない。
これから行う事を見られては困るのだ。
俺はクリスと手を繋ぎ、池があるところまでやって来た。
「クリス、いつも俺が渡してるのじゃないほうの魔力って分かるかい?」
「クリスのー?」
「そうそう、クリスの魔力。ブワー、って出せる?」
「うー、うごくのっ!でも、にーちゃみたいにだせない…」
クリスは少し落ち込んだ様子だが、魔力を動かせるなら可能性は十分だろう。
そう、俺は今日クリスに魔法を使ってもらおうと計画したのだ。
発端は、本館で兄フリードと一緒に魔法の授業を受けた時の事だ。
最近俺達は本館に出入りするので、フリードが家庭教師から授業を受ける際を見計らっては聞き耳を立てている。
お陰でこの世界の常識についてもいくらか詳しくなった。
昨日は運良く魔法の授業をしているところに遭遇出来た。
覗くと、その教師は独断と偏見が混じっていそうな理論を振りかざしながら無駄に長い呪文を詠唱し、自慢げに魔法を放っていた。
フリードはちっとも理解している様子を見せない。
頭が悪いわけではないようだが、可哀想に。
理論が正しいのかは知らないが、はっきり言って決めつけが多すぎる気がするし、無駄に小難しい。
少なくとも、子供に教えるには向いていない。
いずれ妹にも家庭教師がつくのだろうか。
そいつもこんな教育に悪そうなやつかも知れない。
いや、あの程度のレベルなら俺でも教えられるんじゃないか?
妹のテイム事件から彼女の教育に対して及び腰になっていた俺だが、最愛の妹を劣悪な教育に染まらせるくらいなら、自分の手で教えたほうがマシだ。
と兄としての責任感を満載に、いよいよ彼女に魔法を教えてみる事に決めたのだった。
池に着くと、クリスの周りに『鎖』を用意する。
彼女が暴発させても、これですぐに無効化できる筈だ。
一応周りに人がいない事を確認してから、指導を開始した。
見つかると不味い可能性がある。
この国の常識だと幼児に魔法を教える事は危ないそうだが、俺は既に謎の自信で満ち溢れていた。
「じゃあこれから兄ちゃんが魔法を使うから、一つずつ真似してみてねー。
クリスが出せた魔法が、得意な魔法だよ」
「わぁ!まほー、つかえゆ?やゆ〜!!」
クリスはぴょんぴょんと飛び跳ねて、目を輝かせた。
「じゃあ行くよ、まずは火ね」
ボォッ
こぶし大の炎を空中に浮かべる。
そして万が一にも周りに延焼しないように、池に向けてゆっくりと放った。
「うほぉ!しゅごいー…」
「じゃあ、同じのを出そうとイメージして、やってみて」
「あい!…ふぬぬぬぬ」
「うーん、違うのかもね。じゃあ次行こうか」
そして水属性もダメで、次に試した風魔法が使えることが分かった。
フワァッ
「ファーー!?しゅご〜い、クリスのまほー!!」
「うんうん、すごいね。とっても優しい風だよ」
クリスの頭を撫でてあげる。
生活魔法の『ブロア』と大して変わらない威力だったが、あれは呪文を唱えなければ使えない筈だ。正しく風魔法なのだろう。
彼女は落ち着きを忘れて喜んでいる。
もう一度打とうとするが、あまり使うと魔力がなくなってしまうので、俺は半ば無理やりに宥めた。
残りの属性も試していき、そして氷属性の魔法を真似させたとき。
「わー!こえもでたぁー!!」
「おお、氷属性もだったか。珍しいらしいよ、やったね!」
なんと使い手の少ないらしい氷属性にも適正があったようだ。
フリードの雷属性と同じくらい貴重らしい。
クリスの小さな両手には到底納まらない大きさの氷が現れ、地面に落としていたが、彼女は「おっきー!ちべたぃ〜!!」と嬉しそうにはしゃいだ。
残りの属性もすぐに試させたが、他は使えないようだ。
こうして、まだステータスにスキルは芽生えていないものの、彼女は「風」と「氷」の2属性に適正を持つ事が分かった。
威力を見るに氷のほうが強かったので、そっちに才能が寄っている筈だ。
これからは氷魔法を中心に特訓させていこう。
慣れない魔力を使った為にスヤスヤと眠ってしまったクリスを背負い、俺は中庭を後にした。




