初料理だよ
少し前から、本館へ出入りが出来るようになった。
俺は別館に隔離されている身なので、本来はあまり本館に顔を出すのは良くないらしい。
誰かから聞いたわけではない。
両親がたまに口にする曖昧で後ろ向きな発言と、本館にいる使用人達からのわざとらしくも余所余所しい雰囲気から推察した結果、そう判断したのだ。
ハブるような真似をしている割には俺を嫌っている様子はなく、むしろ家族からは十分に好かれていると言っていい。マリアナは知らんが。
それなのに何故隔離する必要があるのか。
気にはなるが、俺にそれを追求するつもりはない。
別に不自由していないというのもあるが、所詮は次男。家を継ぐわけでもなし。
何より、俺はいずれ旅に出ようと考えているのだ。
半端に貴族教育を受けたところで邪魔になるだけだろう。
兄フリードみたいにお稽古で時間を奪われたくないし、今の状態のほうがずっとマシだ。
ただ、クリスのほうはそうもいかないらしく、彼女は俺と違ってハブられてはいけない存在らしい。
だから定期的に訪れる貴族への顔合わせもしないといけないので、その際には本館に出向く必要がある。
しかしクリス、俺から離れない。
俺が見えないくらい遠くまで離れてしまうと泣き出す。
というわけで限定解除のようなものだろうか。
俺はクリスを本館に連れていく為だけの存在として、不可抗力ながら入出許可が降りたのだ。
尤も父上が遠回しに言うには、貴族や有力者にさえ見つからなければいいらしい。
社会的にいない子扱いにはなるが、そこだけ気をつければ後は自由にしていいとの事だ。
そんなわけで俺は今、本館にある厨房に立っている。
身長が足りないので、パイプ椅子を台として移動させながらの作業だ。
クリスは興味津津な様子で、俺のすぐ側をヨチヨチ動き回り、食材や器具を自由に触っていた。
危ないからもう少し下がっていて欲しい。
これから行うのは、生まれ変わって以来初めての料理だ。
この世界、異世界人として地球から何人も転移して来ているらしいので、当然料理の知識も殆どが伝わっているものと考えていた。
だがうちの料理長に聞いた限りだと、意外と知られていない料理が多い。
彼は世界的に有名な料理は知り尽くしていると豪語していたにも関わらずだ。
パスタやピザ、ハンバーグ等メジャーな物は揃っていたが、どうにもチグハグで。
ホットケーキやかき氷、ラーメン等は軽く作り方を説明したところ聞いた事がないらしく、むしろ教えて欲しそうにしていた。
推察した結果、和食や、日本発祥と思われる料理が壊滅的に知られていない。
和食は勿論、刺し身を食う習慣もない。出汁を取る文化もない。
転移者に日本人が少ないのだろうか。
それとも転移して来たという「地球」は日本が存在しないパラレルワールドとでもいうのか。
とはいえ、屋台料理のようなものならともかく、和食に関しては再現する事が難しいのも確かだが。
まず米が聞く限り存在しない。
醤油もない。これが一番キツい。
中華もどきの料理はあったようで、魚醤はあるが。
それ以外にも、前世で世界的に有名な料理でもいくつか無さそうな感触だったが、おそらくこの世界の食材との相違も関係しているだろう。
香辛料は比較的高価で、味付けは塩とハーブがメイン。後は簡単なソースをつくるくらいなのでシンプルな味付けの料理が多い。
一応カレーは高級料理としてあるらしい。
また、厄介な事に卵が非常に高価だ。殺菌や保存の技術がないとの事。
道理で卵料理が出ないと思っていた。これだけで一気にレパートリーが減る。
尤もこの世界独自の食材、香辛料も存在するので、普段の食卓の料理も十分おいしく、不満はない。
ソーセージやザワークラフト、チーズなんかが美味い。あと食パンも中々。
だが普段食べているうちの料理は、貴族ならではのもの。
腕のいい料理人が格段に良い素材を使って作っているらしく、庶民の食事はもっと貧相で不味いそうだ。
少し落胆した。
その中で興味を持ったのは、肉や一部の食材には魔物素材が使われいるとの事。
高ランクの魔物ほど味が旨い傾向にあるようだ。
例えば冒険者になってAランクの魔物を狩れば、神戸牛並の肉を山程食べられるかも知れない。
珍味もあるだろうし、夢が膨らむ。
背景を知り、今の食事事情に満足している俺だが、たまには元の世界の料理が恋しくなる。
そんな中、料理長から運良く卵を手に入れる事が出来たとの吉報を聞き、漸く今日料理を作ってみる事にしたのだ。
「にーちゃ、なん〜?」
「うん、これから作るのはね、うどんって言うんだよ」
「うどー?」
そう、誰でも手間さえかければ作れる、うどん。
小麦粉と塩さえあれば出来てしまう優れものだ。
薄力粉をなんとなく溶かし終わったものを丸めて、寝かせる。
その間にリューネの干物部屋からちょろまかした魚の干物と海藻(乾燥済み)を煮詰めて即席のスープを作る。
彼女が作る干物はどれも旨味が詰まっているらしいので、いい出汁になる事だろう。
鰹節や昆布なんてないのだ。
あとは魚醤と塩で味付けし、妹の為に砂糖を加えて甘めにする。
砂糖も高いらしい。
そして丸まったうどんの玉を、『クリーン』をかけた板の上に置く。
自分の足にも十分にクリーンをかけ、フミフミする。
「わぁ〜!クリスもやゆー!!」
「あっ、ちょっと待って」
クリスが今にも乗ろうとするので、慌てて彼女の足にもクリーン。
軽く指導してあげると、大喜びでうどんの玉の上に乗り、ぴょんぴょん踏みつける。
正直二人とも体重がないから効果は薄い。
そこで確実にコシを出す為、仕上げに鎖を使ってビタンビタン!と何度もうどんの玉を叩きつける。
よし、完了だ。
あとは包丁で細めに切り、麺にする。打ち粉を軽くまぶして茹でるだけ。
食べるときにスープに投下しよう。
そして今日のメイン。天ぷらを作ろうと思う。
卵をどう使うか迷ったが、量も少ない上に、簡単な卵料理だけなら高い金を出せば誰でも食べられる。
せっかくなら誰も食べた事がないもの、という事で天ぷらに決めたのだ。
俺が食べたいというのが一番の理由だが。
薄力粉と卵を大体同じ割合でかき混ぜる。
それに小麦粉をまぶしておいた食材にからめて、高熱の油の中に投入!
基本の野菜からキノコ、海老とどんどん揚げていく。
香りの薄いハーブも試しに揚げてみた。
かき揚げが結構大変だった。ひっくり返すタイミングが特に。
匂いが漂った所為か、俺の背中に張り付くクリスは天ぷらのほうを凝視して涎を垂らしている。
後ろにいれば、まあ油も飛び散らないか…?
「ほらクリス、あーんして」
俺は最初に揚げてほどよく冷めた天ぷらをフォークで掴み、条件反射で「あーん」しているクリスの口の中に入れてあげた。
「んぐんぐ…ふあ〜っ!!しゃくしゃくでプリュプリュなの〜」
彼女は満面の笑みでニコニコと海老の天ぷらを味わっている。
よかった、美味しかったみたいだ。
こうして天ぷらうどんは完成した。
うちのコック達に味見をしてもらったが、絶賛していた。
レシピを教えたので、また卵が手に入ったときにでも作ってもらおう。
*
もうすぐ夕食の時間なので、当然家族にも振る舞い、一緒に食べる事にした。
「わぁ〜美味しいわ、アルちゃん!」
「うむ、見たこともない料理だ。食感がフライ料理とはまた違うのだな、それになんともやわらかい味だ」
「中々うめーじゃねえか、アルフ。でかしたな!」
皆一様に天ぷらうどんを絶賛してくれた。
アルフも我ながら旨いと思っていた。
うどんの方は箸がないので食べづらい。
アルフとクリスがチュルチュルと掻き込む中、他の人は頑張ってフォークに巻いて食べていた。
あ、フリードが諦めて直接吸い始めた。
「うう、私の干物がスープになるなんて冒涜です!と思ってたのに…。こんなに素晴らしい味になるとは思いませんでした」
「本当、とっても優しい味ね。この麺も、柔らかいのに張りがあるわ。
アルちゃんの手作り料理が食べられる日が来るなんて…。ママは感激しました!」
リューネとエリザがそれぞれ別の思いで号泣する。
父マグナスに作り方を簡単に説明すると、卵を使った事に驚き、少し苦笑いを浮かべていた。
もしかして、公爵家の割に財政が苦しいのだろうか。
「クリスも〜、がんばったのー!」
「そうだね、うどんをいっぱい踏んだもんね。偉いぞクリス―」
「にゅふふ」
それにしても家族の順応性には吃驚である。
3才児のアルフが一人で料理、しかも見知れぬものを作ったというのに、誰もそこには突っ込まない。
触れてはいけないと思っているのか、話題にすらしない。
これも一重に愛ゆえなのかも知れない。




