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彼はあのとき



『魔の森』の氾濫が収束した当日の朝。


砦から帰還を果たし、空から気配を消して自分の部屋の窓際に飛びついたアルフ。

彼の目に映ったのは、己のベッドに顔を伏せて泣きじゃくるメイド、リューネの姿であった。


時刻にして8時過ぎ。

流石に戻りが遅すぎたようだ。


彼はまず自分に『クリーン』をかけ、体と布や服を綺麗に直し。

そして『鎖』を使って窓の鍵を開け、そ〜っと音を立てないように窓を開いた。


侵入して慎重に窓を閉じると、部屋の入り口まで移動し、音を立ててドアを開く。


物音に気付いたリューネが勢いよく顔を上げて振り向くと、覚束ない足取りで彼女に向かってくる己の主の姿が見えた。


「うわぁ〜〜〜ん!」とアルフに飛びつき泣き続ける彼女に、彼はよしよし、と頭を撫でて上げた。


その後、もう離しませんとばかりに1日中抱きしめられ、どこに行くにも彼女の腕の中という事態に辟易としたのだった。


頬ずりしてくる彼女を余所に、アルフは砦での事を思い出す。



既に魔物の氾濫が始まり戦闘が激化し出した頃、アルフは砦に到着した。


実際、未完成の風魔法モドキで空を飛行するのはかなり無茶があった。

【生活魔法+】から創造した飛行魔法、「スカイグライダー」。


空を飛ぶ事を夢見る少年の心を持つ彼にとって真っ先に思い付いた魔法だが、空を自由に飛行するというのはイメージが意外と難しかった。

最近になって漸く実現出来たものの制御性は最悪で、風圧をモロに浴びる。魔力消費も著しい。


風向きに押されながらなんとか砦の近くまで辿り着いたはいいが、着地の体勢を維持出来ずに地面へ盛大に叩きつけられてしまった。

行きだけで既にヘトヘトである。


小休止を挟んで気持ち回復し、改めて砦へと向かう。

公爵邸からも視認出来る、魔の森の入口を押さえるように広範囲に延びた土石の防壁。その中央に佇む巨大な砦が圧倒的な存在感を示している。


鋼鉄を剥き出しにして細部まで石を敷き詰めた重厚な構造。表層には魔法陣が刻まれている。

機能性に重きを置いた無骨な風体はロマンを誘う。


その内部を覗くと入口には砦の半分の面積を占める程の広大な広間が表れ、何層にも別れている中で唯一吹抜けになっている。

天井部に数多く設けられた隙間から木漏れ日のように日光が入り込み、とても幻想的だ。

そんな入口に対して奥はかなり入り組んだ経路になっており、魔物の侵入を拒む意図が読み取れる。


守衛の兵が走り回り、緊迫した空気が漂う。今も指示が飛び交いながら備蓄や武器の移動が行われているようだ。


一頻り物珍そうに眺めた後、時間が押している事を思い出したアルフは慌てて奥の門を潜り抜け、戦場の方へ向かった。


予備兵が待機した陣営を抜けてさらに奥へ進むと、そこでは壮絶な戦いの残滓が残っていた。兵士の血が飛び散っており、臓器を撒き散らした魔物の死体が散乱している。

とても痛ましい光景に吐きかけたが、『精神耐性』のお陰かそこまででもなかった。


気を取り直したアルフは、兵や魔物を手当たり次第に鑑定していって楽しんだ。


意外と兵士達のステータスが弱いな、とか魔物ってこんなスキルがあるんだ〜、といった具合に。


気配を消してキョロキョロと首を動かし、戦場を自由に闊歩する。

どの魔物や兵も戦闘に集中していた為か、意外にも気付かれる事はなかった。


見付からない事に彼は気を良くし、悪戯心が湧いた。


帰り分の魔力を確保しなければならないので、下手に魔法は使えない。

そこで彼は、魔力を纏わせない状態で『鎖』を放ち、魔物に巻き付ける。


どうやら生き物に対しては、魔力を纏わずとも触れる事ができるようだった。


鎖に触れられた敵はほんの一瞬だがフッと体の力が抜けてしまい、まるで不意を突かれたように体勢を崩す。

そしてその隙は戦闘において致命的だった。

チャンスだと思った兵がそれを斬りつけ、魔物は負傷し一部は命を散らした。


絶好調であった。

アルフはどんどん同じ事を試しながら、鎖の効果を調べては遊んでいた。


もはや彼に、戦況を掻き乱している自覚は無かった。


次々と屠られる魔物。

兵はあたかも自分達が強くなったかのように錯覚し、歓声を上げてその勢いを増していった。


そんな時アルフは、「公爵様を助けに行こう!」「馬鹿!足手まといだ」と兵達が騒ぐ声を耳に拾った。


その兵が指差していた方角を見定め、暗いので『感覚強化』を使って確認する。

見るとちょうど、エリザが駆けつけて魔物を焼き上げるシーンだった。


「なんで母上がいるんだよ…」と思いながらもアルフは気配を消したまま彼らに近づくが、よく見ると前方にはまだ巨大な魔物がいた。


敵の存在感が途轍もなくて、あと顔も怖くて正直アルフはビビった。

しかし野次馬根性が勝ったのか、意を決して少し離れた木によじ登る。


そこから居心地を取り戻した彼が優雅に見物していると、エルザのずっと詠唱を続けていた声が止んだ途端、マグナスが巨大な剣を魔物に投げつけた。


魔物はそれを躱したと思ったが尻尾に直撃したようで、転んだそこにエルザの魔法が着弾した。


先程と比べ物にならない威力の業火。

台風のようにしばらく燃え上がり、魔物が苦しんでいた。


アルフは圧倒され、「母、強し…」と思いながらも、あれだけの魔法による魔物の惨状に対して彼は興味を抱く。


火が納まり出した頃にトテトテと近づいてみると、なんと魔物はまだ生きていたではないか!


燃えカス同然の状態でゾンビみたいにフラフラと立ち上がり、目がギラついている。


アルフは吃驚して慌てて逃げ出したが、ふと振り向くとその魔物の視線の先には、此方を忘れたように二人で見つめ合うエリザ達の姿があった。


流石に不味いだろと焦った彼は、コソコソと彼らの近くまで移動し、父が作ったと思われる土の壁の影に隠れる。


ちょうど彼らの手前、左右にあるその硬そうな土壁と土壁の間に、上下1回ずつ鎖を巻きつける。

準備完了。

後はマグナスに向かって、短くなった鎖の先端をそっと伸ばした。


ピトピト。


マグナスは呻きを上げてビクッと背筋を伸ばしたかと思ったら、そのまま崩れて膝を着いてしまった。

しまった、効果がありすぎたようだ。


細かい調整が効かない鎖の能力に嘆きながらも、彼らが魔物に気づいた事を確認したアルフは、敵に意識を戻す。


すぐに魔物は飛びかかって来た。


うお、高い!


鎖のある位置の高さを魔物が飛び越えてしまうかと焦ったが、なんとか魔物の足の先が触れたようで、魔物は勢いよく転がり落ちた。


冷や汗をかいた彼が安堵して鎖を回収した時には、既にマグナスが魔物に止めを刺し、エルザと無事を喜び合っていた。

どうやらアルフの介入は功を奏したようだ。


いい事したなあ。


神の奇跡だなんだと言われているのを尻目に、アルフは再び木登りをする。


布を結びなおした彼は上空に向かって跳躍してバサバサと飛び、その場を後にした。



途中、魔力が切れた為に走りながら回復を待ったせいで、帰りは行きと比べて時間を食ってしまったのだった。





対スタンピード防衛の成功を街中、国中が喜び、凱旋から祝勝会に至るまで一通りの騒ぎが収束した頃。


館内が慌ただしくなった。


医師や看護師達がエリザの部屋を出入りし、伝達や薬の用意に努めている。

「公爵様の馬車が到着した」「間に合った!」だの声が聞こえてくる。


エリザの陣痛が始まって数日、どうやら今日には出産するらしい。


彼女はお腹の痛みに苦しみながらも、やがて生まれてくる命を想って顔を歪ませたまま微笑んでいる。


リューネはこれでもかと不安な顔を浮かべ、祈るようにして手を組み、エルザに付き添っている。


アルフもソワソワし出して、母のいる部屋の手前でうろちょろしていた。


しばらくして、マグナスが階段を駆け上がって姿を現した。


「エリーの容態はどうだ!?」


「大丈夫ですよ、良い兆候です。直に始まるかと。

ただ、エリザ様の安静の為にも少し息を整えてから中にお入り下さいね」


衛生士に詰めかかるマグナスは、宥められた事で一度深呼吸をする。

気を取り直し、静かに戸を開いて入室した。


アルフもなんとなく、彼のすぐ後ろにくっついて行き、ちょこちょこと中に入って行った。


「エリー、来たよ。間に合ってよかった」


「貴方様、忙しい中ありがとうございます。ふふ、お見苦しいところをお見せしてしまいますが」


「そんな事あるものか。エリーは相変わらず綺麗だよ。

それよりも容態はどうだ?苦しくないか?」


「ええ。アルフの時で慣れちゃったのかしらね。思ったほどではありませんわ」


二人の惚気話を無視して彼女のベッドにアルフが上ろうとするが、目聡く発見したリューネがそれを阻止した。


リューネはそのままアルフを抱き上げた。

そのまま不安を取り除くように、ギュッと彼を抱きしめる。


苦しい。


「うぐぅ…」


「あら?アルフも来てくれたのね。最近構えなかったから嬉しいわ。

ふふ、もう少しで良いものを見せてあげるから、大人しく待っててねー」



それから一刻が経過し。


産婆や看護婦達が奮闘する中、エリザの子宮から無事に胎児が取り出された。


「オギャーーッ、オギャーーーーッ!!」


「おおお!生まれた!!生まれたぞエリー」


「ふぇぇぇん!!よかったです、エリザ様ぁ〜」


「うー!!」


「うん、問題ありませんね。元気な赤ちゃんです。女の子ですよ」


「ハァ、ハァ…。わぁ、良かったですわ、すぐに泣いてくれて。

アルフは全然泣かなくて大変だったものね〜」


赤子の産声に、その場にいる全員が喜びの声を上げた。


マグナスが抱き抱えた赤子をリューネが受け取り、幸せそうに優しく抱く。


アルフも彼女の膝の上から、赤子の頬を優しく撫でてあげた。


「あぅー」


「どうしたんですか〜、坊ちゃま。あ、もしかして嫉妬ですか?

大丈夫ですよ〜、リューネは坊ちゃま一筋ですよ?」


見当違いな事を言いながら、ウリウリとアルフのほっぺを突く彼女。


彼はぺッとその指を振り払う。


「さあ、一度皆さんは退出しましょうね。

エリザベート様の体力は大変落ちてらっしゃいますので、安静にしなければなりませんので」


「あ、ああ。リューネにアルフも、一緒に出ようか。

あ、そうだエリー。この子の名前はどうだ?」


「ええ、考えてありますわ。女の子の場合は私が決めるのですものね」


エリザは新しい子供の顔に対し、慈しみを持って見つめながら告げた。


「古き良き時代の天使のように美しく育つ事を願って…。


『クリスティア』、と」






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