二人の戦い
もうすぐ半刻が経つだろうか。
マグナスは戦い続けた。
既に体中が傷つき、消耗しながらもなんとか剣を構えていた。
ここまで戦いを保たせたのは、彼の持つユニークスキル、土属性魔法の上位属性《鉄魔法》に他ならない。
戦鬼と名高いマグナスだが、彼はその実防御面に特化している。
周囲の土を魔法で盛り上げ、彼が有利になる位置に壁を築き上げる。
さらに《鉄魔法》により大幅に補強する。
さすがのマンティコアも簡単には壁を破壊できず、手をこまねいていた。
といっても、出来るのは防ぐだけ。
マンティコアのスピードは尋常ではなく、目にも止まらぬ速さでこちらの攻撃を躱される。
未だ皮一枚分の切り傷しかつけられなかった。
マグナスは敵を視界に収めたまま周囲を見渡すと、他の騎士や兵士達は奮戦しているもののその人数は大きく減っていた。
A級の魔物もまだ大半が残っている。
幸いな事にマンティコアを目の前の獲物を甚振る事に夢中なのか、見切りをつけて他に向かう素振りは見せない。
俺がコイツを斃さないと、戦況は持たない―。
そう分析したマグナス。
こちらを食い破ろうと向かってきたマンティコアに対し、攻撃を受けるであろう位置を予測して、大きな溜めを作り、そこに剣を振り放った。
重剣士専用スキル『重撃剣』。
この土壇場に習得した事を肌で感じていた。
その一撃は見事マンティコアの脇腹に命中し、そのまま右前足を切断した。
マンティコアは怒り狂いながらも、自身の負傷に加え敵の未知の攻撃に対して警戒し、相手を睨んだままその場に停止した。
一方のマグナスも、強力なスキルを使用した事で気力を大きく消耗した。
だが、漸く勝てる目処が出来たと自らを鼓舞し、次の攻撃のタイミングを見定めていた。
だが、落ち着いた事でマグナスは己の体に異常を感じた。
体に痺れが増えている。傷ついた場所だけでなく、全身がだ。
血を失ったせいかと思ったが、腕に力が入らない。
そこで彼は昔伝記で読んだ知識を思い出した。
マンティコア、その尻尾の蛇には遅効性の毒が存在するのだ。
既に何度その咬撃を身に受けてしまっただろうか。
迂闊だった。
マグナスは歯噛みした。
気のせいか、マンティコアの醜悪な顔がこちらを嘲笑っているように見えてくる。
時間が長引くほど有利になるのは相手のほうだったわけか。
剣を持ち続ける事が出来ず、地面に突き立てる。
逆に剣で足を支えなければ立ち続ける事が出来なくなっていった。
さらに悪い事が起きる。
兵を屠り、手が空いたA級魔物が1匹、此方に向かって来たのだ。
相手をすれば、その瞬間狙い定めたようにマンティコアが彼を襲撃するだろう。
そうなれば防ぐ事は不可能だ。
絶体絶命か―
そのとき、魔物の裏手から爆音が湧き、光を発した。
眩さに目を細めたマグナスがそこを見ると、魔物は全身が燃え上がり、悲鳴を発してのたうち回っている。
呆然としたマグナスがマンティコアから意識を外さないように注意して辺りを見渡すと、こちらに優雅に、しかし小走りで向かって来る女性を発見した。
「エリー!!」
「貴方!よかった、無事で」
そこにいたのは、エリザだった。
お腹が膨らんだ彼女は全盛期に比べて体力を落としており、息を吐くのも辛そうだ。
「どうしてこんな所に!」
「伝令が来たの。Sランクの魔物が現れた。貴方が一人で戦っているって…。
ごめんなさい。そんな状況で待っていられる程、大人しい女ではないのよ、私」
「…」
「一緒に斃して、マリアナ様や子供達の元に帰りましょう。
さあ、状況を教えて」
「エリー…、分かった。一緒にヤツを斃そう」
彼女とその身に宿る子供が心配だが、マグナスは覚悟を決める。
絶対に彼女を守ってみせると。
それから彼は、敵の能力と自分の状態についてエリザに語る。
「そう…毒を受けたのね。ならば時間は掛けられないわ。私の最大の魔法を打つから、それまででいいから時間を稼いでほしいの。出来そう?」
「難しいが、意地でもなんとかする。
足を一本落としたとはいえ、そのスピードは健在だ。なるべく動きを止めてみせる」
マンティコアは強力な魔法を放つ彼女を脅威に感じたのか、堅いだけで動けないマグナスを無視して彼女に襲いかかろうとする。
しかしマグナスはそれを許さず、限界を越えて剣を振り回し、エリザに近づかないように対処する。
膠着が続き、エリザの1分に渡る詠唱が完了した。
それを悟ったマグナスは、最期の力とばかりに大剣を両手で振りかぶり、マンティコアへ向かって全力で投擲した。
油断したマンティコアは虚をつかれた攻撃に慌てて回避行動をとったが、ギリギリ躱せず、なんと尻尾を切り落とされてしまう。
重心が大きく傾いてしまった為に、マンティコアは着地した瞬間に体勢を崩した。
「今だ!!!」
「ふぅ…いきます!!…『サイクロンフレイム』!!!」
高出力に凝縮された火炎が発射され、マンティコアに命中した。
着火した瞬間、勢いよく炎が広がり、直径10mの範囲で勢いよく渦巻く。
マンティコアから、断末魔のような呻きが聞こえた。
「やった…。やったのか…?」
「ええ…よかった、当たって。ふふ…ケホッ!」
「エリー!?大丈夫か!」
マグナスが振り向くと、エリザがその場に蹲り、息を荒げていた。
「ちょっと無茶しすぎたみたいね…。ふふ、大丈夫よ。一気に魔力を使って体が吃驚しただけだから。枯渇もしていないわ。
ただ…それよりもこの子に影響がないかが心配ね。魔力に異常が起きたりしなければいいけれど」
妊娠期間中に強力な魔法を使うと、胎内の子供に魔力の乱れが生じ、生まれた際に何らかの異常を発現する、とういう風説が存在する。
問題もなく生まれた事例も多いので信憑性は薄いが、それでもエリザは心配してしまう。
「そうだな…。俺達の子供だ、無事に生まれてきてくれると信じているが…アルフの事もあるしな。
もしそうなった場合でも、愛情を注いで育てよう」
「ええ、そうね。ありがとう、あなた」
「二人とも無事でよかったよ、エリー」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
他の戦場を見ると、魔物の数が減り、ある程度の落ち着きを見せていた。
どうやら砦に向かおうと散開した魔物がうまい事罠に嵌まり、負担の減った兵が盛り返した。
無事に生還出来そうだ。
「貴方様、急いで砦に戻りましょう。早く解毒薬を使わないと。
それに怪我もいっぱいしているじゃない。回復士を呼ばないといけないわ」
「ああ、そうだな。このザマでは他の救援とはいかないだろう。
さすがにもう立っているのも…ウッッ!?…何だ!?」
後ろから肩に何か触れたような感覚があったかと思うと、その瞬間全身の力が抜けてマグナスは膝をついてしまった。
疑問に思い振り向くと、火が納まり黒ずんでいる場所から、何かが動き出す物音が聞こえた。
注視すると、焼き焦げて肉体の至る箇所が欠損しているマンティコアが、フラフラと立っている。
その瞬間、咆哮を上げて此方に突進して来た。
「グルゥゥゥォオン!!!」
「嘘!?まだ動けるなんて」
大魔法を使った後のエリザでは、魔力感知を発動する余裕もなかったようだ。
「くそッッ!」
大剣は既に投げてしまっている。
動揺による硬直から回復したマグナスは、力の入らない腕でなんとか予備の短剣を抜き、垂らすようにして構えた。
マンティコアは満身創痍とは思えないスピードで、己を焼いた仇敵であるエリザに向かって跳躍した。
ボロキレのような体だ。もはや最期の、全生命をかけた攻撃といっていいだろう。
マグナスが自分を犠牲に盾になろうとするも体が動かない。
目に移るは最愛の女性、エルザ。
彼女は恐怖に固まり、体が動いていない。
マリアナと比べるのは悪いが、最も愛している女性。
その彼女が、目を見開いたまま今にも細い体を食い破られようとしている。
既に間に合わないと分かっていても、マグナスは執念で体を動かす。
神よ―――。
その祈りが届いたのか。
エリザの目前に浮かぶマンティコアは空中で不自然な動作をし、まるで何かに引っかかったようにその場に転がり落ちた。
一瞬呆けたマグナスだが、すぐに思考を振り払い、短剣を滑らせて敵の首に落とした。
力は入っていない一撃だったが、元々千切れかかったマンティコアの首。
その体重を乗せた威力だけで切り落とす事が出来た。
「よかった…。今度こそ動かない。…もうダメかと思った」
「え、ええ…。走馬灯が見えましたわ。本当に死んだと。
ごめんなさい、油断しちゃって」
「ああ、無事ならいいんだ。よかった、本当によかった…」
マグナスはエリザを抱きながら、滅多に流さなかった涙を落とす。
エリザも彼の背中に手を回し、お互いの無事を喜んだ。
「それにしても最期の動きはなんだったのでしょうか…。空中でいきなり止まったわ。どう見ても不自然な…。」
「さあな…。この際無事だったんだからいいじゃないか。
俺はきっと神のご加護があったのだと思うよ。きっと俺達を見守って下さる神が奇跡を起こしてくれたのだろう…」
「ええ、そうね。こんなにも素敵な奇跡を起こしてくれるんだもの。私は貴方様と巡り会えて、こうして生き残る事が出来て、本当に幸せだわ」
二人は笑い、お互いを支え合いながら砦へと戻って行った。
※
同時刻。
「いやーよかった。うまい事引っ掛けられて。
二人共まだ敵の息があるのに気付かずにイチャつき始めるんだもんなぁ。ヒヤヒヤしちゃったよ」
小さな影は呟きながら辺りをキョロキョロ見渡し、一番高そうな木に目をつけて上り始めた。
「そろそろ帰らないとリューネに見つかっちゃう。あー、意外と時間掛かったし、もう帰りの分の魔力しかないや。
結局ちょっとしか見物出来なかったなあ」
影は落ち込んだ風に溜息を吐き、木の頂上から飛び上がった。
その日、休憩していた兵達は1匹のモモンガが森の方角から飛び去るのを確認した。
しかし誰も報告するような者はいなかったという。




