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マンティコアの襲来



「では、行ってくる」


「はい…貴方様、お願いがございます」


ブロンベルク公爵家、正門の前。マグナスは第二夫人であるエリザに一時の別れを告げていた。

軍は既に街の外で待機している。


「私も、砦まで連れて行って下さい」


「なに?お前…いや、それは出来んだろう」


「貴方が今日の為にどれだけ準備をしていたか知っています。前回よりもずっと軍は強くなっているでしょう。

なのに…ずっと胸騒ぎがするのです」


よく見れば既にエリザは武装を整え、荷物を抱えていた。

非常時を考えた備えなのかと彼は捉えていたが、そうではなかったようだ。


「しかしな…。半日とはいえ急ぎの行軍だ。馬車に乗るだけでもお前の身重の体には負担があるだろう。万一があればどうするのだ」


「分かっています。子供の事を考えれば貴方様の無事を信じ、お帰りを待つ事が妻の務めである事も。

それでも…一抹の不安が消えないのです。何事も無く氾濫を終えられる事が、どうしても想像出来ないのです」


エリザはやや顔を伏せて一層しおらしい表情で憂いていた。

しかしその瞳は、前回果敢に戦った時の彼女と同じく、真剣で澄んでいた。


「うむ…分かった。お前が並大抵の思いでこんな頼みごとをするとは思えん。

ただし、森へは連れて行かん。必ず砦に待機するようにしろ。

また行軍に支障を出すわけにはいかない、後詰めの馬車になる。

それでも構わんな?」


「はい!ありがとうございます」


エリザは破顔し、夫に対して感謝した。


屋敷に戻る時間はない。息子のアルフレートに挨拶出来なかった事が心残りだが、彼女は後衛の馬車へと足を進めた。



一行は魔の森前の砦に到着する。今回は準備を万全に整えてから街を出たにも関わらず、あと1日は猶予がある。


兵達は武器の点検や軽い演習をしてまもなく始まる戦いに覚悟を決めた。

マグナスと部隊長らは森の調査情報を元に軍略会議を行い、最終的な作戦を確立した。


そして、翌日の昼下がり。魔物の襲来が確認された。


まず弓兵と魔法部隊の遠距離攻撃により、大半の敵を倒す。

脇に散見している敵は重戦士達が盾で動きを止め、騎兵が素早く傷をつけ、息のある魔物を槍で止めを刺す。


第一波、第二波とこちらには殆ど被害を出さすに襲撃を食い止める事が出来た。


第三波にしてBランク魔物の割合が多くなって来たが、まず比較的弱い魔物を優先敵に討伐していく。


強力な魔物がいる方にマグナスが突貫し、相手に攻撃を許さないまま倒す。他の兵も編成を変え、集団で一匹ずつ魔物に対処した。


そして第四波。例年であれば、これが最後の襲撃だ。

ここまで疲労はあるものの、兵の損害は2割も満たない。冒険者側も負担を減らしてきたので余裕がある。


この調子であれば勝てる。

マグナスは兵を鼓舞し、雑魚は他に任せてA級魔物を斃しに向かった。


数時間程で、魔物の数を半分、いやそれ以上減らすことが出来た。

それなりに犠牲は出たものの、兵は勝利を確信し、どの部隊も士気に溢れている。


漸く、長年の努力が報われた。


マグナスが不謹慎ながらも笑みを浮かべてしまったとき突如、猛烈な威圧感が彼を襲った。


その瞬間に遠くから放たれる爆音。


その方角にいた目の前の魔物が逃げ回り、他の場所の魔物の方へ合流する。

出来た隙間の奥に、大きな影が現れる。


新たなる魔物群。


第5波とでも呼べばいいのだろうか、だがそれにしては数が少ない。

30体もいないのではないのだろうか。


遠くにいた兵は大した数でない事に安心しただろうが、近くにいる者は別だ。

圧倒的な存在感。その全てが、A級魔物だったのである。


A級の魔物を斃せる兵は殆どいない。高レベルの人間が集団で当たって漸く一匹に対処出来るのだ。

今までに出てきたA級魔物は15体程だった。その倍の数がここに来て登場した事に、兵は愕然とした。


だがマグナスが見ているのはそんなものではなかった。

今の強化・拡大した軍ならばその数でもどうにかなる。


だが、魔物達の後ろにいる「アイツ」は別だ。


「お、おい後ろにもなんかいるぞ」


「なんかデカくないか?いや、他のもデカいが、さらに巨大だ」


「バカ!そんなんじゃねえ、よく見ろ!あの獅子みたいな毛並みに凶悪な顔、なにより馬鹿でかい蛇が尻尾についてるって事は…」


「で、出た…」


「「うわぁぁぁ!!!?マンティコアが出たぞぉぉぉ!!」」


マンティコア。S級。

災害級の魔物である。


一匹だけで下手な小国なら滅ぼせると言われる強さ。

もし人の生活領域に存在確認されれば、国が全力で対処に当たる。それだけの脅威だ。

それがこの土壇場で現れたのだ。


『魔の森』にはS級魔物が数多く存在すると言われるが、いずれもその中心部に生息し、外に出た事例は少ない。

少なくとも、スタンピードで発現した事等記録上存在しないのだ。


なのに何故。


兵士達は混乱し、隊列を崩しかけた。

前回と今回の魔物討伐でレベルを上げた強者達でも、決して刃向かえない存在が出たのだ。


『グルルァァァアア!!!』


そこに畳み掛けるようにして、マンティコアが轟音の如き咆哮を上げた。


スキル『威圧』。

高レベルのそれに抗える者は少なく、大半の兵が強行を上げ、戦闘不能となる。


そこに生き残りの魔物、加えてA級魔物達が襲いかかり、無抵抗の兵を次々に虐殺していく。

正に悪夢だ。


ただ一人、マグナスだけが前へ向かって走り出した。


『威圧』から誰よりも早く立ち直った彼は、盾を捨てて巨大なブロードソードを手に、魔物の群れへ突撃した。


『身体強化』。そしてユニークスキル《装甲》。

マグナスの体は淡い光に覆われ、武器、防具も含めた防御力が上昇する。


Aランクの魔物であろうと彼に傷を付ける事は難しい。

硬質化した大剣で前面の魔物を薙ぎ払いながら、勢いを緩めずに進んだ。


そして、元凶である魔物の前に辿り着く。


マグナスが斬り掛かった先には既に敵がいなかった。

同時に肩には裂傷が生まれており、彼は痛みに顔を歪める。


彼が振り返ると、マンティコアが斜め後ろに移動していた。


目にも止まらぬスピードで彼の攻撃を躱しただけでなく、一瞬のうちに尻尾の蛇に咬みつかれたようだ。

彼の『装甲』の強度を物ともせずに。


戦鬼と呼ばれ、久しく自分以上の強敵に巡り合わなかったマグナス。


ここに来て、初めて自分が敵わないかも知れない敵に邂逅した。




ブロンベルク公爵家別館。

空は闇が支配し、少し欠けた二重の月が輝いている。


その屋上には小さな影が佇んでいた。


全長70cm程度の布に包まった物体。

つぶらな瞳に愛らしい小さなお手々。

色彩のない灰色の髪は、未だ産毛が大半を占めている。

アルフである。


屋敷は静寂に満ちている。

ただでさえ人気が少なく、残っている人間も寝静まっている。


リューネは『鎖』で寝かしつけた。

他の空き部屋から拝借した枕を布団の中に入れてアルフが寝ているように見せかける。偽装工作は万全だ。


何故アルフが屋上にいるのか。

それは今から『魔の森』に向かうつもりだからである。


彼は正直、暇を持て余していた。


エリザの目もないので魔法の訓練がし放題ではあったが、スタンピードという一大イベントを前にそわそわしてしまったのだ。


時間が経つに連れて行ってみたい気持ちが高まったが、何せ1才児。

リューネ達を説得出来るわけがないし、勝手にいなくなれば心配をかける。


そこで彼は思いついた。

要はバレなければいいのだと。


皆が寝ている夜のうちに向かい、朝までに帰ってくればいいのだ。

尤も、実際の移動時間の現場の状況次第ではどうなるか分からないが…。

最悪、ずっと隠れんぼしていた事にしよう。


彼は両親が心配だから仕方ない、と尤もらしく内心で言い訳しながら遠目にも広大に広がる魔の森へと体勢を整える。


「まずは『気配遮断』『身体強化』っと。

そして《生活魔法+》で移動用に作った『なんちゃって飛行』魔法!…うまく行くといいなぁ〜」


アルフは屋上の柵の外側に出ると。

足に結び付けた布の角を両手ともに掴み、勢いよく飛び降りた。


同時に彼の魔法で発生する突風。ただの強風である。


簡単な魔法、だがその威力と巧みな魔力操作により、体重の軽い1才児が身につけた布が膨らむ。


そのままアルフはモモンガのように滑空し、屋敷から見える姿が小さくなっていった。




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