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マグナスの追憶



27歳。まだ若いマグナスが当主として就任した。

戦闘能力こそあれど、その他の面は凡才。

軍事の知識、領地経営の経験。何もかもが足りなかった。


周囲の期待と己の不安に押しつぶされながらも、マグナスは己を分を弁え、可能な限りの精進を続けた。


書類を精査し、他家と交流し、人材を探させ。

自己鍛錬も禄に出来ず、彼は多忙を極めた。


そして、スタンピード。

日々の激務に憔悴する中、それは起きた。


彼は直ちに軍の準備を整え、マリアナとともに戦場に向かおうとした。

だが。


「嫌よ!あんな危険で汚い森になんて行かないわ。

何が嬉しくて血なまぐさい場所に向かわなくてはいけないのよ。私は公爵夫人よ?」


マリアナは生粋の貴族令嬢であった。

そう教育されていた。


「私はこの屋敷と街を結界で守ってあげるから気にしないで。

え、他の村?そんなの潰れたらまた作ればいいじゃない。それくらいならパパがお金出してくれるわよ?」


彼女に領民を憂う心は欠片もなかった。

自分の立場、最低限の体裁さえ繕えればよかったのだ。


マグナスは彼女を必死に説得した。

光の御子。

攻撃力もある上、光を操り魔物を寄せ付けない広範囲結界を張る事ができる。


マリアナさえいれば。魔の森の砦に構えてその力を示してくれれば、防衛は間違いなく成功する。

万一に失敗したとしても、兵の死だけで済ませられるのだ。


しかし彼女は暖簾に袖だった。

交渉材料は存在せず、自分の真心を伝えても何一つ響かない。

失望したマグナスは彼女の説得を断念し、これ以上時間を無駄にしない為に出軍した。


そうして、砦の崩壊に加えて、魔の森周囲の村が全滅という大敗を喫したのだった。




マグナスは前回の失敗を糧に、軍事面をあらゆる角度で見直し、防衛計画を練った。


まずは砦を再建、いやより強固なものを立てる必要がある。普通の石材ではあの魔物達に到底太刀打ち出来ない。


兵力も心許ない。前回の直接の敗因は兵士不足であった。援軍が間に合わなかった面もあるが。


武器や防具も、贅沢な事は言わないが最低限の品質は確保する必要がある。

銅製の武器や低レベルの魔物の革を使った防具では、兵が無駄死にしてしまう。

いないほうがマシなくらいだ。

しかし兵数を減らす事も出来ないので、全員分の装備を用意しなければならない。


さらには教育。有能な兵だけでも精鋭へと育てる必要がある。

その為には高レベルの技術を持った指導者を雇う事が必要だ。

それで形が整ったら、剣士、弓師、盾士、魔法使いと部隊を分けて連携を強化するべきだろう。


あとは忘れてはいけないのが冒険者ギルド。

氾濫の予兆を察知する為には、普段から魔の森を調査してくれている彼らが不可欠だ。

氾濫による被害が大きればギルドも多少責任を問われる為、最低限魔の森に冒険者を派遣し、内情を見てくれている。


しかしこちらからのアプローチ、つまり調査依頼がなければギルドも冒険者へ報酬をほとんど渡せない為、どうしても調査が滞る。

なので予兆を確実に、せめて2日前に察知するには高い金を支払ってでも依頼を出すべきなのだ。

一度氾濫が起きればその跡は最低でも1年は安心していいだろうが、それから先はギルドに依頼をしなければならない。


また調査だけでなく実際の氾濫が起きた際には、冒険者達にも協力を要請している。

ただ、彼らの中には強者もいるが、所詮は烏合の衆。連携も何もないのだ。

下手に戦場に入れると、むしろこちらの邪魔をし兼ねない。

彼らを真に戦力として扱うためには、冒険者ギルドのほうでバックアップし、有力なパーティーと打ち合わせして予め戦術等を練る必要がある。


そうやって動かすだけでも金がかかる。

そう、金だ。


砦の再建費、兵士の給料、武器・防具や備蓄の購入費、指導者を雇う高額な費用、ギルドへの依頼金まで。


何をするにも、莫大な費用が発生する。


昔の公爵領ならなんとかなった。だが今はお世辞にも豊かではない。

栄えているのは街ばかりで、少し郊外に出ればどの村も最低限の暮らししか出来ていない。

むしろ街から得た税金を使って維持に回しているので、軍備には余分に回せる金がないのだ。



どうにもならなかったマグナスは、マリアナに相談した。

彼女は快く受けてくれて、モンベリアル伯爵家との橋渡しを行った。

伯爵家にお金を借りに向かったのだ。


「魔の森の脅威に対抗する為には、より強固な対策が必要だ。半端な対策では年々と軍事面が劣化していき、いずれ潰えてしまうのだ。

だが、その為に必要な費用を考えると防衛予算では全く足らない。

この防衛線が崩れれば国は乱れ、他国にまで目を付けられてしまう。

伯爵には国の未来の為、どうかご助力願いたい」


マグナスは格下の伯爵に対して頭を下げた。

しかしモンベリアル伯爵家当主、ギュンターは首を縦に振らない。


「ふむ…ご立派な事ですな。公爵様に置かれましてはまこと英雄の資質がお有りなようです。

しかし困りましたな。お金をお貸しするのは結構ですが、それをいかに返済されるお積もりでしょうか?

氾濫で楽した魔物の素材ですかな?成る程高ランクの魔物素材であれば相当に高価となるでしょうが、この希望額を見た限りではとても足りるとは思えませんがね…」


「む、それは次回の防衛さえ成功すれば、その被害が少ない程次の防衛費に余裕が出来る。そうなれば予算を使い切らずに余剰分を返済に回せる筈だ」


「うーん、見通しが甘いですね〜。過去を見ても防衛予算が余った事がないのに次は出来るという保証が果たしてあるのですか?とてもそうは思えませんね。

いえ、私もリスクを犯したくないというわけではないんですよ?しかし、いくらなんでも希望的観測に過ぎませんかねぇ」


ギュンター伯爵は、相当にガメつい。

いかに娘の嫁いだ公爵家といえ、利益の見込みもなしに投資はしない。


最も、これだけの希望額になったのは、砦の再建費用が大半を占めている。

つまり砦が崩壊さえしなければ。そう、マリアナさえ戦場に出ていれば必要のなかった話なのである。


マグナスが伯爵に対してその娘の責任を追求すれば、金を借りるどころか賠償金として請求する事も不可能ではない。

しかしマグナスにそれを言う事は出来なかった。


あの日失意を覚えたマグナスだが、それを理由に彼はマリアナを責めなかった。

彼は彼女の事を嫌ってはいない。むしろ愛そうと努力している。


か弱い女性であれば、魔の森に行く事など考える事すら悍ましいのだろう。

ユニークスキルについても、本人の意思に関わらず神から与えられただけ。

その力を理由に戦う事を強いるというのは、マグナスには出来なかった。


少し悪い風に貴族として染まっているだけで、有事の際には公爵家と隣接する街に結界を張ってくれている。

気立てが良く、普段も妻として貴族の顔つなぎをしてくれる。

夫婦仲は良好だ。彼女に不満はない。


伯爵も口には出さないがそこのところを把握しており、マグナスに対して強くは非難しない。

本来の彼であればここぞとばかりに口撃するところだ。


そこで交渉の末、今回ギュンター伯爵が融資を行い、またその利息を大幅に減額する事を条件に、伯爵家の推奨する人材を公爵家の重鎮に数名加える事となった。


要するに親類を含め伯爵の息のかかった人間を送り込み、公爵に対し影響力を増やす事を求められたのだ。


程度は低いが乗っ取りに近い行為である。

しかし、マグナスは金を得る為背に腹は代えられず、これを飲まざるを得なかった。


せめて借りた資金を無駄にしない為に、彼は防衛計画を強化した。

次のスタンピードまでに、万全の大勢を整えるべく。




そうして、2年と半年が経過した。

マグナスは激務の中でも妻を大事にし、マリアナは子宝に恵まれた。


生まれて来る子を待ち遠しく思いながらも、マグナスの頭には常に不安が残った。

いつ、次の氾濫が来てもおかしくないと。



果たして氾濫の予兆が確認された。

しかし、その予想日は翌日。いや、本日中に襲われる可能性があるという。

あれだけ準備したにも関わらず、予見がうまくいかなかったのだ。


「なぜだ!なぜもっと早く確認できなかったのだ!」


マグナスは憤った。


「それが…どうやら予見自体は2日前の夜に確認されたようです。昨日早朝に冒険者ギルドからも書状を送ったとの事です。

しかし、連絡や動きも無い為に不審に思ったギルドの職員が直接面会を求めた事で、書状が届いていなかった事が発覚しました。原因を調べてみると、その書状を預かったとされる者達が失踪していたとの事です……」


「馬鹿な…。この日の為にどれだけ苦心したと…。それが伝わらなかったで済ませられるものか」


マグナスは呆然とした。

公爵家への書状を届けられない等、通常であればあり得ない事だ。門で受け取り、公爵へ渡すだけなのだから。


書状を受け取ったはずの使用人は、いつ外出したのかも分からず、証拠も残さずに忽然と姿を消していた。


他国からのスパイだったのか。今はそれを考える時間がない。


マグナスは絶望を抱え、フラつきながらも大急ぎで軍を動かし、己も出陣の準備を整えに向かった。





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