鎖の不思議
1歳になったアルフは、屋敷中を自由に歩き回るようになった。
許可をとる必要はない。リューネも既に諦めている。
エリザは出産に集中する為か、顔を出す頻度が減った。
言葉を解禁したので、今まで会話に飢えていた分、彼は積極的に話しかけた。
あれ何これ何?と質問し、使用人とも仲良くなった。
今一番仲が良いのは、庭師のマイク。
腕が傷だらけの、歴戦の風格を持ったコワモテの彼だが、アルフはチョコチョコと近寄って話しかけると破顔して応じてくれるのだ。
彼は屋敷に来る前は、そこそこ名の知れた冒険者だったらしい。
調子に乗ってドラゴンに挑んだが、返り討ちに合い指を落としたらしい。
剣を握れなくなり、こうして庭師兼屋敷の護衛として雇われている
との事だ。
一応ホラ吹きの可能性もあるので、アルフは容赦なく鑑定したが、LV34だった。エリザより強い。
彼は中々経験が豊富なようで、自分の冒険知識を勿体つけずにアルフに聞かせてくれる。
旅がしたいアルフには役立つ話ばかりで、何より面白い。
目をキラキラ輝かせて聞いている。
さすがのマイクも1歳児が理解できるとは思っていないのだが、アルフの相槌や合いの手が的確な為、ついついプロの心構えまで教えてしまう。
偶々彼が武勇伝を語るときに、庭で破断した木の枝を以て振り回していたので、アルフも小さい枝を探し、少し離れた場所で振り回してみた。
「お、筋がいいじゃねーか。幼児の癖に堂に入ってやがる。ああ、でももっと脇を固めたほうがいいな。んで、その振りはもうちょっと為を無くして」
段々マイクは1歳児の異常に流され、調子に乗って指導する。
この日だけでアルフにはスキル『棒術』が増えた。
また、兄フリードも偶に、週に1度程度だが別館へ遊びに来るようになった。
フリードには去年から家庭教師がついており、中々多忙らしい。
勉強が嫌で抜け出して来ているのだと堂々と語った。
でも表情を見るに、なんだかんだ弟が可愛くなってしまったのだろう。
「そこで、ペイルウルフが飛びかかって来たところを父上がこう、切飛ばしたんだ!」
ブォンブォン!
先日、フリードはマグナスの出席する夜会に連れて行ってもらったらしく、その帰り道に出会った魔物との戦闘について熱く語っていた。
「やー、俺だってやっつけられたのによぉー。父上がな、お前が出るまでないっつーからさ、へへ。あんなんスパークで一撃だったのにな!」
ちなみにその戦闘中に、フリードは腰を抜かした挙句にお漏らしした事をアルフは知っていた。
先程延々と同じセリフを語る間に、彼の側付のメイドからうまい事聞き出していたのだ。
彼の側付のメイドの名前はグレース。
没落貴族の家系らしい。18歳。
青髪の一部を三つ編みにしているとても可愛い子なのだが、無表情なので、冷たい印象を受ける。
フリードは弟の元へ訪れたはいいもののほとんど一人語りをしているので、聞き流している間にアルフは彼女に話しかけ、今では随分仲良くなったものだ。
最近は何も聞かなくてもフリードの弱点や恥ずかしいエピソードを提供してくれるようになった。
どうやら彼のネタを聞いた時にアルフが「ニヤッ」とするニヒルな顔ががツボで、また見たくて教えてくれるらしい。
そういったお茶目な面もある彼女は仕事面でも優秀だ。
2手3手先まで読み、フリードだけではなくアルフまで甲斐甲斐しく世話してくれる。
アルフはそのとき横ででスルメをかじりながら平然と恋愛小説を読むリューネをチラッと見て、
「るーね、ぐえーす、交換〜?」と首を傾げながら言った。
グレースはそれを聞き、「…考えておきましょう」と返してくれた。
ノリがいい。
「おし、見てろよー!いくぜぇぇえ、〜〜〜〜、ショックボルトォォオ!!!」
そのとき放置していたフリードが、何を血迷ったかいきなり魔法を唱え出した。
アルフは既にフリードから漏れ出る魔力を感知していた。
正直まったくといって良いほどコントロールが出来ていない。このままでは暴発とまではいかなくても、メイド達の方向に向かう可能性がある。
緊急措置として、アルフは咄嗟にフリードに対して『鎖』を巻き付けてしまった。
フリードが鎖に囚われた途端、その漏れ出る魔力が拡散した。
そしてすぐに筋力が低下したのかその場に倒れた。
怪しまれないように直ぐ様鎖を解放すると、フリードは不思議そうな顔をしていた。
「イテテ…ん?俺のショックボルトはどこ行ったんだ?うーん、まあいいか。なんか疲れたし」
欠片も気付かれなかったようだ。さすがフリード。
今回は事故で使ってしまったが、不幸中の幸いだ。
俺はこの『鎖』の能力を初めて人に使うなら、偉大なる兄上フリードと心の中で決めていたのだ。
この鎖の能力が自分以外の人にも作用するなら、この上なく強力だ。
例えば的に対して魔力すら見えない回避不能の弱体化を及ぼせる事になる。
捕縛任務に大活躍するだろう。
なので一番バレなそうなこのおバカな兄を、人体実験の標的として定めていたのである。ふふふ。
こうしてフリードを見ると、大して体に違和感を感じていなそうだ。
俺と同じようにステータスが1割まで落ち込んでしまえば、すぐに悲鳴をあげた事だろう。
そうでないという事は、そこまで大きな弱体化はしなかった。
だが人に対して効果があるとわかっただけでも僥倖だった。
それにこの程度の弱体化なら躊躇わずに使える。
あとは何度も繰り返しデータをとって、何がどこまで作用するのか検証だな。楽しくなってきたぜ。
グレースが目を見開いてフリードに駆け寄ったあと、何故か俺を見つめてきた。
何か感づいたか?
いやいや、バレてないはず…。でもカンが良さそうだからなぁ。
とりあえず首は傾げておいた。
※
翌日。
フリードが次に訪問するまで鎖の検証を待つのも馬鹿らしくなったので、結局リューネで試す事にした。
ピタ。
「ひぅっ!?」
…。
ピタピタ。
「ひゃぅぅん!?え、なになに!?」
「あぅー、どしたん、るー?」
「あ、坊ちゃま?いえ…なんでもありません」
「ふぅん?」
ピタピタ。グルッ
「あひぃぃいん!?あ、違うんですよ、坊ちゃまこれは…」
「んー?なにぁちがうー?」
「い、いえ。なんだか痛いというか…。気持ちいいというか」
「へ?」
思わず真顔でマジなトーンを出してしまった。
なんだこいつ。
別に変なとこ触ってないぞ。鎖の先端を何度か方に触れて、最後に首に巻き付けただけだ。
痛いだけならともかく、気持ちいいってなんだよ。
絶対鎖にそんな能力ついてないだろ。
モジモジと体をくねらせるリューネ。
薄黄緑色の髪を靡かせるショートヘアの美少女メイド。
そのやや垂れた目は今や潤んでおり、頬は心なしか赤い。
息遣いも乱れている。
改めてリューネのヤバさを思い知るアルフだった。
「るー、どこ、きもちぃー?」
「へ…あ、いえさっきのは忘れてもらえると…あ!!そこダメです!あふぅぅっ!!?」
そんな可愛そうな彼女でも、彼にとっては世話になっている大切なメイド。
これも主の務めだ。
仕方ないのでこれでもかとサービスしてあげた。
後日。
リューネはよほど満足したみたいで、アルフをチラチラ見ては顔を赤らめて目を反らしているが、夢の中の出来事だとでも思っているのか特に追求されなかった。
また時々やってあげよう。




