1歳の誕生日
アルフが生まれて来て、もうじき1年が経つ。
最近ようやく、言葉を喋るイベントを済ませた。
まだ早いかもと思っていたが、
「あー!」
「まあ!今日も元気ねー?」
「だぁー!」
「はーい、ママですよー」
「ままぁー!」
「そうママ…ええぇぇぇえ!!りゅ、リューネちゃん!ほっぺたつねってくれる!?あ、アルがしゃべったのぉぉぉ!!!」
何も考えずに釣られ、ノリで発してしまっていた。
エリザは仰天。
その日は一日中ママと呼ばせようとリクエストしてきた。20回くらいまで答えてあげた。
リューネが捨てられた子犬のような目で見てきた。
翌日、翌々日と表情の悲壮さが増していく。
さすがのアルフも限界なので、もう1日粘った末に「りぅーねー」と呼んであげた。
メイドで遊びすぎである。
リューネはパァァッと笑顔を取り戻し「わーい!!」と喜んでいた。
いつにも増して言動に幼さが増している。
いじめすぎたのかとアルフは反省した。
諸手を上げて単語を口にするようになったアルフは、エリザとリューネに言葉を教わっているふりをして、日々を楽しく過ごしていた。
今はリューネに坊ちゃま呼びを止めさせる遊びをしている。
リューネに顔を近づけ、視線をあわせる。
「あるぅ〜」
「あのー、坊ちゃま?」
彼女が疑問に思うと、アルフは首をする。
そしてペシペシと彼女の頬を叩く。
「んー。あるぅ」
「え、え…坊ちゃま?」
「め!うー、あるぅー」
「あ、ある…」
「あるぅー あるぅー あるぅー」
「あ、アル…様…」
頬をずっと叩きながら、畳み掛けるように自分の名を繰り返す。
リューネはいつの間にかアル様と呼んでいた。
押しに弱いようだ。
どことなくぼんやりと、恍惚そうな顔を浮かべている。
あとひと押し。
そんな時普段見かけない使用人がノックして部屋に入る。
リューネも思考を取り戻し、慌てて何やら退出した。
しばらくし、彼女が戻って来るや否や、アルフは服を着せれれていた。
ゆったりとしているが高級そうだ。
「うー?りぅー」
リューネが彼を抱っこして部屋を出たので、これから何処かに向かうようだ。
アルフは手を伸ばし尋ねた。
「これからですね、坊ちゃまは本館に行くんですよ?目的は…ふふ、秘密でーす!」
彼女は茶目っ気たっぷりに答えた。
0歳児にも秘密にするメイド。流石である。
どうも彼女は、アルフが言葉を理解していると当然のように考えている節がある。
付き合いが長いだけはあるが、おかしいと思わないのだろうか。
アルフはしかしそんな彼女の顔にイラッとして、再び彼女をペシペシ叩いた。
「ああっ、ダメですちょっ、ご、ごめんなさい〜!?うう、着けば分かりますからぁ〜!もうちょっと、もうちょっとです」
赤子にしては強すぎる、しかし跡に残らない程度の絶妙なビンタにリューネは日和った。
だが本気で秘密だったのか、着くまでは教えてくれないようだ。
アルフの住む別館は、これ以上ないくらいの豪邸である。
シンプルでいて荘厳さを感じさせる。いずれ世界遺産に登録されそう。
リューネが50人は住めそうな広さがある。
そんな別館から、しばらく歩く。
初めてのプチ遠出に、アルフはキョロキョロと周りの景色を楽しんだ。
やがて目的の場所に到着した。
ここは確か、以前に窓から眺めていて「お城みたいだなあ」と思っていた場所である。
「坊ちゃま、着きました」
「う〜?」
「はい、お考えの通り、ここがブロンベルク公爵家の本館です。初めて来ましたのに分かるなんて、さすがアルフ坊ちゃまです!」
いや、知らんのだが。
リューネはノリだけでアルフと会話している風潮がある。
噛み合うときもあるが、そうでない事のほうが多い。
この城が本館か。やっぱり公爵家ってすごいんだなー。
リューネが400人はいけるか?
「アルフ〜、いらっしゃい、よく来たわね。知らないところでも泣かなくて偉いわ。では、ママとリューネと一緒に向かいましょうねー」
「あぃー、まま」
門の前には母が待っていて、アルフを抱きかかえた。
彼は門番に手を振って見送られる。ドナドナ。
城のような屋敷に入り、ロビーを抜けると、広大な部屋が登場した。
如何にも貴族って感じの大きな長机に、様々な料理が並ぶ。
使用人が何人も控えている。
これから食事のだろうが、簡素だが豪華すぎる飾りが、祝い事のような空気を醸し出していた。
「あぅー…?」
こんな俺が食べたくても食べられない料理を見せつけるなんて、新手の拷問だろうか?とアルフが眉を潜めて母を見上げると、
「ふふ〜、今日はね「お誕生日おめでとうございます!アルフ坊ちゃま!!」えっ リューネちゃん!?どうしてママより先に言っちゃうの?なんで?」
驚愕し、真顔になるエリザ。リューネを詰問しながらも、同じようにおめでとうと言ってくれた。
成る程、誕生日か。
暇を持て余して生まれてからの日数を数えていたけど、確か今日で360日。
若干の誤差はあれど1年の長さは地球と変わりないんだな。
「おめでとー!おめでとー!立派よ〜アルちゃーん!!」
「あーい!」
いつまでも母の調子が止まらないので、アルフは満面の笑みを浮かべて喜びを表現した。
どうもエリザはテンションが上がると、名前にちゃん付けする癖があるようだ。
ともかくもこの豪華な食事会は、アルフの誕生日会だったようだ。
エリザがアルフを抱いたまま席に着き、リューネが後ろに控える。
リューネにしては珍しく、表情が固くなっていた。
数分して、ほとんどの使用人が一斉に部屋の外へ出た。
かと思うと、扉の前で並びだした。
エリザもその場で立ち上がる。
そこには2人の男女と子供が一人、優雅な動作でこちらに向かって歩いて来た。
メイドが後ろから影を消してついて来ている。
どうやらその内の男は、アルフの父マグナスであった。
銀髪で精悍な顔付きの彼は、プライベートでさえも厳格さを醸し出していた。
するとあのちいさい男の子は誰だろうか。
まあ誕生日会に来るくらいだから、少し前に4歳になったらしき、兄フリードリヒなのだろう。
彼は父親と同じく、しかしやや明るい白銀の髪を靡かせている。
鋭い目つきをしているが、愛らしさもある。
相当に美男子だ。
ややぽっちゃりなのが残念だな、とアルフは思った。
ちなみにアルフの髪の色は、灰色である。
白よりのグレー。
光沢はない。艶消しなのである。
父や兄の銀髪が少し羨ましい。
そうなると気になるのは、フリードを挟んで横にいる美女だ。
金髪にウェーブがかかっていて、人当たりの良さそうな表情をしている。
スタイルはいいが、胸はエリザに負けている。
あと化粧濃いのが減点だな。
アルフはそう思った。
エリザが笑顔で彼らと挨拶する中、3人は席に着く。
お誕生日席というのはないらしく父親がそこに座り、何故か金髪の美女と兄フリードがアルフ達の向かいに座る。
乳母なのだろうか。
「誕生日おめでとう、アルフ。元気に育ってくれて嬉しいよ。エリーも慣れない中よく頑張ったね」
「いえいえ、むしろ毎日が幸せですわ。アルフはとてもかわいいし、手間もかからないの。貴方様、それよりマリアナ様とフリードにも紹介してあげませんと。まだ面識がないのですから」
「ああ、そうだったね。マリー、フリードリヒ。この子が今日で1歳になった息子、アルフレートだ。そう頻繁には会わないだろうが、よろしく頼むぞ」
ん?何か言ったほうがいいのか?
「あぃ〜!あぅふ〜!」
「な!もう喋れるのかっ」
「ふふ、そうなの、ひと月くらい前かしらね。真っ先に「ママ」と言ってくれたのよ〜」
エリザが親バカモードになり、貴族然としていた態度が崩れた。
「お、おお。アルフレートな。俺は兄であるフリードリヒだ。覚えておけよ」
フリードは何故かビクつきながらも、虚勢を保ち挨拶した。
生意気そうな物言いだが、それでも不思議な可愛さがある。
そして、金髪美女も挨拶した。感情の見えない微笑で。
「お初にお目にかかりますわ。ブロンベルク公爵第一夫人、マリアナですわ。
息子のフリードリヒとともによろしくお願いしますね」
…へ?




