第1章 不穏な空気 3 天
「やっと参加者たちの情報が集まった」
お父様が紙束を手に話し始める。
私も傍らのソファーに座り、メイドが持ってきた紅茶をいただく。
お父様好みの渋みの薄い紅茶だった。砂糖なしでも十分に美味しいのでそのままいただく。
「3人、要注意の者がいたよ」
お父様が紙束の上の3枚のを私に渡してきた。
この世界で普通に流通している物で、屋敷で使っている物より質が悪い。文官が書いたものではなく調べた人間が身近で手に入る紙に書いたものだろう。
正規ルートじゃなくお父様が個人的に調査させたのかな?
そもそも調べて問題がある人間がいたとしても、神殿のチェックを抜けた人間だからそう簡単に争奪大会から排除できるわけじゃないのに……。
やっぱり気になるのかな。
「1人目はエイブ。一枚目のやつだよ」
私は紙に目を落とす。
今日試合をしたようだけど印象には残ってない男だった。
「表向きは護衛専門に依頼を受けている冒険者で護衛団のリーダーらしいが、実質は強盗団のリーダーらしい。表と裏を使い分けてるわけだな。
かなり頭が切れる男で今までどの国も強盗団のリーダーという明確な証拠がつかめていない。
セシリーの……人昇精霊の力を手に入れてもおまえが犯罪行為に協力するはずがないのは分っていると思うのだが、なにかよからぬ計画があるのだろう」
人質をとって言うことをきかせるとかね。
人昇精霊自身にパートナーを選ぶことはできないけど、その力を使うかどうかは人昇精霊自身の判断による。
従属や奴隷化じゃないからね。神々の制約はあくまで対等なパートナーとしての存在になることだけ。
簡単にパートナーの解消はできないけど、協力しないという消極的な抵抗は許されている。
でも私の家族は公爵家なわけだから人質として利用するのは不可能に近い。
人質の線はないかな?人質だと長期間にわたって色々管理しないといけないから現実的じゃないかー?
それ以外だと、人昇精霊も隷属できる強力な隷属魔法か魔道具でも手に入れたのかな?
神々の戦いのときに今の神々と敵対していた神々が多数の陰湿な魔法を作り出していた記録があるし、私自身も超級が使用できる状態になったら使えないこともない。
そういった魔法があるということは同様の効果の魔道具が存在していてもおかしくないしね。
ちょっと注意はしておこう。
「まあ、なんとかなると思いますよ。もしその男が優勝したとしても、私がちょこちょこっとやって捕まえるのを促して死刑になるようにしたり、殺されやすい状況を作ったりすれば。
『試しの旅』の間であれば誰かが人昇精霊のパートナーを殺しても無罪ですからね。大会の時と同じく」
パートナーが死ねば当然パートナーを解消され、殺したものがパートナーの権利を得る。それがルール。
殺したのがパートナーの権利を得られない立場の場合は、その者が所属する国で再び争奪大会が開かれることになる。
『試しの旅』というのは大会で得たパートナーと共に7柱の神々の本神殿がそろっている、この世界の中心ともいうべき神々のおひざ元の国『央国』に行って神々の承認を受ける旅だ。
その旅は最低でも1年かけることが決められていて、その期間が信頼関係で結ばれた本当のパートナーになるための『試練の期間』になる。
そしてその期間中はパートナーを殺しても無罪となっていて、命を狙われ続けることでより大きな試練となる。
……などと言われているけど、実質は神々がその旅を面白おかしく観察して楽しむために作られたルールだと私は考えてる。神々は絶対自白しないけど間違いない。
そもそも人昇精霊自体が神々が楽しむためのシステムなんだしね。
神々は絶対その事実を自分たちからは認めないけど。
ちなみに神々は人昇精霊が犯罪行為をしても罰したりはしない。
そっちの方が面白いからだろう。
過去にはパートナーと一緒に殺戮を繰り返す大盗賊団をしていた者もいたらしい。
世界の基盤を揺るがすほどの大量虐殺だとさすがに神々も干渉するかもしれないけど。
この大会に犯罪者が参加していても神々も、その意向を汲むことに全力を注いでいる神殿も何も言わないだろう。実のところタグには犯罪歴なんかも記録されていて神々や神殿には筒抜けなんだけどね。
ただ、パートナーが建国したりどこかの国に仕えたり、王族貴族がパートナーになったりして人昇精霊が政治に力を貸したりするのはダメ。
それをすると人昇精霊の力のほとんどをはく奪されると神々が釘を刺していた。
『あなたたちの魂の資質のままに誰に利用されることなく人間らしく生きなさい』と、良いこと言った!と言いたげなドヤ顔で言ってのけた神もいたなー。
本音バレバレで適当なことを言うのが好きなんだよね、神々って。
私が神々のザンネンぷりを思い出していると、私のさっきの発言のせいで私が黒い考えに耽ってると勝手な想像をしてか、お父様の顔色が悪くなっていく。
「この大会の期間中にお父様がその者の犯罪を証明してくださって、捕まえて拘束してくだされば楽なんですけどね。大会に参加できなければパートナーになることもありませんから」
「ぜ……善処させていただこう。……おまえ……いや、なんでもない」
お父様はなにか言いたそうだったけど、口ごもった。
ろくなことじゃないだろうから、私は追及しない。
「それで二人目。ルシンダ。魔法師だな。
彼女は秘術研究と称してかなり悪質な魔法研究をしているらしい。純粋な魔法師だから勝ち残りはしないだろうが、要注意だ」
魔法のみの戦闘となると、戦士相手では近距離で所定位置についてから戦いを始める戦闘ではかなり不利。
魔法は発動までどうしても時間がかかってしまうのが普通なので、近距離での1対1の戦闘には向かない。
詠唱短縮でも無詠唱でも難しいだろう。大会に参加しているのは高位の戦士ばかりだから、反応速度が間に合わない。
「それは、終わってからの方が厄介かもしれませんね」
魔法師はなぜか粘着質な性格の人が多いから、大会が終わってから闇討ち的な手段で狙ってくる可能性がある。
でもパートナーができれば制限が緩むから、常時展開できる魔法も増えるからそれほど警戒する必要はないかもしれない。
「そうかもしれんな。心には留めておいてくれ。
最後がアマデウス。元ミリアム国の騎士で赤竜騎士を自称していた。
彼は素行は悪くないらしいが……赤竜騎士というのが問題でな……」
お父様は微妙な困ったような顔をしている。
「赤竜を使役してるのですか?でも大会には使役している魔獣は使えませんし…」
使役魔法はかなり高度な魔法で、並みの魔法師では使えない。
さらに赤竜だとすると力が強いから使役し続けるだけでもバカみたいな魔力を消費していく。
それなのに赤竜は低すぎる知能しかないから命令を的確に判断して行動するということができず、戦闘で有効に使おうと思ったら凄腕使役術師でも難しいだろう。
赤竜ほど使役に向かない魔獣も珍しい。
「いや、そうじゃない。
彼は低級の風魔法が使える程度で、ミリアム国に仕えていたときも魔法騎士とさえ呼べないレベルだったそうだ。あちらでその程度の能力ならこちらではただの戦士と言っていいだろう」
妖精に愛された国ミリアム。妖精国とも言われるくらいで、あの国では魔力量が底上げされる。
「それでは?」
「彼は自分が窮地に陥ると赤竜が助けに来ると言っているそうなのだ」
「え?」
使役していないものが助けに来る?お友達とか?いや、赤竜にはそんな知能はない。
同種どころか環境が悪ければ親子で共食いすらする生き物らしいし。
火竜なら人間並みの知能があって長命なことから賢者レベルのものもいるからありえない話じゃないけど、赤竜?
お父様が紅茶をすする。お父様も苦笑している。言っていて自分でも信じていないというのがありありと分かる。
「よくわかりませんが、ホラ話じゃありませんか?そういう人はよくいるようですよ?」
「そう思いたいのだが、実際に彼が配置された戦場で敵味方全滅し彼一人が生き残ったことが有ったらしくてな、戦場の状況から赤竜があらわれたのではないかと言われているそうなのだ」
敵側の魔法師が召喚魔法に失敗して暴走させたのかな?
召喚されたものは一時的に使役状態になるけど、魔力不足や術式の失敗で暴走状態になることはよくある。
「赤竜が偶然現れて、それを自らの力のように曲解させるように言いふらしているだけじゃないかと?
よくわかりませんが、注意だけはしておきます」
注意はしていても、できることなんてありそうもないけどね。
私はお父様とお互いに困った笑みを交わした。
「あらあら。竜だなんてやけに物騒ね」
お母様、楽しそう。
この人、トラブルは大好物だからなー。
それにこの人、昔にサイラスたちと組んで竜退治したことがあるらしいんだよね。
「それで報告は終わりね?それでね、あのね、私もひとつ言っておくことがあるの」
グッとワインを飲み干すと下品に、淫靡に口元を舐め微笑む。
悪戯を思いついたような悪い笑み。
あ。これは爆弾発言の前触れだ。
「もし変な人物が優勝したら、私、公爵家の姓を捨て、実家の王家の姓も捨てて、ただの一人の聖騎士、ヘンリエッタ・クッコロになるわ。
そして、私が優勝者を倒してセシリーちゃんをもらうわ。
そのときはセシリーちゃん一生よろしくね」
やっぱり爆弾発言だった。
読んでいただきありがとうございます。
火の神の女性聖騎士にはクッコロの神託名を持つ人が多数います。




